第8話


 注文した二食分の定食を運び、テーブル席に向かい合って座る。女子と二人きりで食事をするのは初めてだ、などとどうでもいい感想が浮かんでくる。

 正面の間宮は丁寧ていねいに箸を扱っており、美味しそうに肉を頬張ほおばっている。頭が悪いと本人は語っていたが食事の姿勢からして育ちは良さそうだ。教育の賜物たまものが見て取れる。

 会話はなく黙々と箸を進める。出会ったばかりで共通の話題も少ない。俺自身コミュニケーション能力に乏しいのも拍車をかけているだろう。

 出口の見えぬ静寂に耐えられなかったらしい。尻込みしながら間宮が口を開く。


「あの、ずっと気になっていたんですけど」

「何がだ?」

「どうして、あたしを助けてくれたのかな……って」

「別に間宮のためじゃない。あいつらの愚行に腹が立った。それだけだ」


 理不尽な暴力。俺が〈鉄檻〉に収監されるきっかけとなった、あの一件と何も変わらぬ醜悪な行為。吹き荒れる怒りと瘴気で自制心はどこへやら。日和見な選択肢はどこかへ消え失せていた。

 結局のところ、単なる自己満足である。

 間宮を助けたというのは副次的効果であり、勝手に介入して勝手に成敗したに過ぎない。ただそれだけだ。


「実はあたし、〈怪異能力〉が凄く弱いんです。それでいじめ……みたいなことされていて」


 みたいな、ではなくそれそのものだろう。否、いじめという言葉で矮小わいしょうに表現しているが、れっきとした犯罪だ。マンホールの蓋で殴るなんて、殺人未遂に問われてもおかしくない。いくら人権がなきに等しい〈怪異持ち〉の巣窟そうくつとはいえ、幾ばくかの秩序ちつじょという手心がほしいところだ。


「あたしの能力、“隙魔ジ・イントルージョン”って言うんですけど」


 曰く、彼女が宿す怪異は隙間女とのこと。

 隙間女とは、家具と壁の僅かな隙間に潜む怪異だ。家主をじっと見つめ続けるだけとされているが、時に異空間に引きずり込むとする説もある。

 そして、彼女が発現させた〈怪異能力〉は、あらゆる隙間に入り込むことが可能、という淡白な能力らしい。そういえば、二時間目の実技授業でも発揮していた。能力名があっさりしているのは、彼女の引っ込み思案もとい奥ゆかしさ故だろうか。

 ちなみに、人智を超えた〈怪異能力〉をコントロールをする上で重要になるのが、各々の趣味趣向で付けられた能力名だ。発動時に呪文として口にし、言霊ことだまの力をもって制御する。もっとも、俺の場合〈怪異能力〉ではないので名前はない。ネーミングセンスのなさを露呈ろていさせずに済む、と前向きに捉えるべきだろうか。


「〈怪異能力〉の詳細を、初対面相手に話してよかったのか?」

「いいんです。クラスのみんなには弱さも含めてバレバレですから」


 どこでも侵入可能というのは万能そうに聞こえるが、ネックなのはそれしかできないということ。対怪異の戦闘において使用機会に乏しく、同様に〈怪異持ち〉戦でも活かせる場面は少ないだろう。

 つまるところ、落ちこぼれのクラスの更に最下層、というのが間宮の現状である。


「昔からこうなんです。いつも独りぼっちで、誰かにいじめられて……あたしがいけないんです。あたしがみんなのことをイライラさせて……」


 己の弱さがきっかけか、それとも他に原因があったのか。ともかく不良達に絡まれ続けてきたのだろう。

 自分を責める必要などないというのに、全て自分のせいだと縮こまる。その卑屈さがかんに障り、新たな悪意を招く負のスパイラル。

 まるで鏡写しの自分だ。

 俺の場合、誰からも忌避きひされる身。どこに行こうとも居場所はなく、孤独の日々を過ごすばかり。今日こんにちに至るまで友人はおろか、まともに話す相手すらいない。

 どことなく、シンパシーを感じてしまう。

 だが、かけるべき言葉は見つからない。

 再び沈黙の時間が訪れて、テーブル席には陰鬱いんうつな空気が垂れこめていた。





「ごめんなさい、つまらない話を聞かせちゃって」


 昼食後、昼休み時間いっぱいまで校内を散策することになった。

 現在地は校舎一階から伸びる連絡通路だ。扉を開けて外に出た瞬間、花嵐が吹き抜けていった。桜の花びらが伏魔殿ふくまでんに迷い込んでいく。

 間宮は未だ頭を下げている。食事中に気分を害する話をした自分が許せないらしい。冷遇ばかりの成育歴が一因だろうか。俺のように歪な性格が形成されたのかもしれない。


「えーと。気を取り直して、学校案内しますね。次は体育館ですっ」


 無理して朗らかに振る舞い、間宮は体育館の引き戸を開ける。重苦しい鉄の扉が滑っていくと、そこには先客の男子生徒が二人いた。知らない顔だ。梅組所属ではないらしい。腹ごなしに食後の運動中なのか。すぐ授業に参加できるよう、制服のままフットサルに興じている。


「あ……」


 途端、間宮の様子が一変した。まるで犬のふんを踏んでしまったような、不快感入り混じる恐怖に顔を歪めている。


「巴坂君。も、戻ろうか」


 機械音声みたいなぎこちない声色だ。

 一秒でも早く体育館を離れたいらしい。原因は間違いなく二人の男子生徒にある。何を恐れているのだろうか。その答えは次の瞬間訪れた。


「伏せてっ!」


 前触れもなく間宮に突き飛ばされた。とはいえ非力な一押しだ。僅かに蹈鞴たたらを踏むだけで倒れることはない。

 まったく、突然どうしたのか。

 半眼で顔を上げると、そこには間宮が水平に吹っ飛んでいく光景があった。

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