第28話 魔豊王国

 リセッタの愛馬の陰で着替えを済ませた二人。ためらいながらも陰から顔を出した。


「か、か、か———」

「か?」

「かわ……いや、お綺麗ですお嬢様、、、‼︎」


 兜を外したリセッタが口元に手を当てながら叫んだ。


「リセッタさん⁈」

「おじょ……リラ殿!」

「——っな⁈」


 興奮した様子のリセッタが、ガシッとリラの肩を掴んだ。


「ディレに……お嬢様と呼ばせてみてはいかがくさださいでしょうか!!」

「……はい?」


 興奮しすぎて文法が散らかっているリセッタ、鼻息荒く目を輝かせている姿からは、とても剣を握っていた時の鋭さは想像できない。


「あ、アル! どうにかして!」

「あ〜、そうなるとどうしようもない。済まないが願いを聞いてやってくれ」

「え……」


 あからさまに面倒くさそうな顔でリセッタを見るアルバーン。まあ、彼女のこの変貌っぷりを見て、動じずに目を逸らすところを見れば、これが初めてではないのだろう。


 誰だってこれには対処に困る。


「リラ殿!!」

「……わかりました。……わかりましたから放してください!!」


 流石に鬱陶しい、見ているディレですらそう思うのだ。……何か言えといわなかったか?

 興奮の矛先がなぜディレに向かうのかわからない。しかし、リラが耳元に顔を近づけてくるのだから仕方ない、やるしかないのか。


「お嬢様って呼んでほしいって、私のこと。一回でいいからね? お願い」

「………」


 何が面白いのか理解できない。とはいえ、リラに言われれば有無はない。「おじょうさま」だったか?


 仕方なくディレはリラの方に身体を向け、支給服のスカートを持ち上げながら一礼した。


「お帰りなさいませ、おじょうさま」


 たしか、あの人が読み聞かせてくれた物語に、そんなセリフがあったはずだ。


「〜〜〜〜!」


 刺さったのか、顔を赤くして悶えている副騎士団長。


「メイドと主人。いや、お嬢様と従者? 良い……」


 何やらぶつぶつと言っている。


「困ったな、ここまでになると僕には本当に手がつけられない。彼女を同行させて良かった」


 1人の世界に入っているリセッタを横目で見て、アルバーンが呟いた。


「彼女?」


 リラが首を傾げる。


「リセッタの率いている女騎士隊だ。騎士団には女性が少ない、そのため彼女にまとめ役を頼んでいるんだが……」


 当の本人がこれではどうしようもない、と言うことだろう。


「『鋼の乙女』来てくれるか?」

「はっ!」


 騎士団長の呼びかけに答えて、凛と鋭い返事が返った。すかさず騎士達が道を開ける。


 奥から姿を現したのは、ブロンドの髪を兜から覗かせた女騎士だった。腰に提げているのは、優美に刀身を反らせたサーベルだ。


「『鋼の乙女』五人が一人、セイリン・クルスであります!」


 ビシッと素早い動きで敬礼をしたセイリン。

 その指先は、微かに震えていた。


「そう畏まらなくて良い。それより、リセッタを何とかしてくれ」

「はっ、ただちに!」


 一礼をしてリセッタのもとに駆け寄った。彼女の癖を理解しているらしく、優しく声をかけ始めた。


「副団長、皆様の前です、謹んだ行動をお願いします」

「……それも良いな、いや……ん? セイリン? なぜお前がここに?」

「ですから、騎士団長に頼まれて同行していたのです。宿屋でこちらの制服に着替えるまで、他の騎士と同じ格好をしていたのでお気づきにならなかったのでしょう」


 そう言えばそうだ、宿屋を立つとき女騎士が1人増えていて疑問に思ったのだ。しかし、リラも触れないので忘れていた。


「……き、騎士団長」


 我に返ったのか、申し訳なさそうに顔を俯けるリセッタ。


「……リセッタ、僕は構わないがリラとディレに迷惑をかけるな」

「……返す言葉もありません」


 意外にも厳しい言葉をかけるアルバーン。騎士として、先刻の行動の悪しは理解しているだろう。しかしアルバーンは、叱るだけではなかった。


「まあ、君のソレは仕方ない。今後気をつければいい」

「……自制します」

「うん、それでセイリン」


 リセッタに向かって微笑みかけたアルバーンが、次にその部下に声をかけた。


「はっ」

「君は、王宮に戻るといい。付き合わせてすまなかった」

「いえ、私は任務を務めたまでです。……お言葉ですが騎士団長、私も共に向かいます」


 謙遜して上司の謝罪を気にしないセイリン。その双眸は、確固たる意志を讃えていた。


「しかし、僕たちは任務に違反している。それどころか処罰対象を匿っているんだ。このことが知れれば、国家反逆……いや、それですめばいいが、恐らく無理だろう」

「では、ノクトルナ殿をお助けになるのは、団長の意思ではないと?」

「……セイリン、君は良いかも知れないが『鋼の乙女』全員にも迷惑がかかる可能性がある……それでもか?」


 部下の意思を聞き、そして加味する。しかしそれでも団長という立場、素直によしとは言えない。


 本来なら、部下の勝手は止めるべきだ。しかし、彼は王国の騎士。決して衛兵隊のような、だけの剣ではない。


「それに、他の四人から申し出です。副騎士団長をお守りする、そう約束しましたから」


 腰の剣に手をかけて、片時も目を逸らさず騎士は言う。


「……分かった。リセッタ、良い育て方をしたな」

「いえ、彼女らの成長です。私は何も」


 謙遜、それでも嬉しそうに口角を上げた。静かなる騎士の覚悟が全員へ伝搬する。気を引き締めた一向はそれ以上何も語らずに、試練の門へと足を向けた。

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