第10話 束の間の

「ふう、時間が立つのが早いね」

「……」

「ディレが居たからかな?」

「……え?」


 それは、どういう意味だろうか? 自分が居ると時間を浪費するということの比喩? それとも、今すぐ立ち去れとでもいうのだろうか?


「あの……卑屈すぎるよディレ。私はそんなこと思ってないよ? ディレと居ると楽しいって意味」

「……! どうして……」

「ふふ、顔に書いてあるよ。それに、私は私がディレの主人マスターとか関係なく、一緒に居たいの。そんなこと気にしないで」


 そんなこと、と一蹴されるのは腑に落ちないが、事実気にしすぎではあるのだろう。


 ……顔に書いてある? そんなことがあり得るのだろうか。言葉の真意が読めず、小首をかしげると


「……今のは言葉の綾だよ……もう、可愛いなぁ」

「……?」

「まあ、それは置いておいて。ディレは、好きな食べ物とかある?」

「好きな……食べ物?」

「うん、夜ご飯、何作ろうかなと思って」


 後ろ手に腕を組み、屈みこんでディレの顔を伺う。そんなに期待されても困るのだが、何より、好きな食べ物というものが、ディレには存在しなかった。


「無い……」

「えぇ、嫌いなものは?」

「……無い、」

「うぇぇ、もしかして、食べたこととか、無い?」


 眉を顰めて、困惑を隠さずに首を傾げる。今しがたの問いは、おそらくはディレ以外に投げられる者はいないだろう。普通は侮辱にしか聞こえない。しかし、自動人形オートマタという特性上、疑問に持たれることはあるだろう。


「有る」

「有るんだ」

「あの人が時々……」

「そっか」


 ディレを創った、かの大魔法使い。多趣味だった彼女は、稀に自身で料理したものを食べさせてくることがあった。自分ではどれほどの出来かわからない、という理由らしい。とはいえ、ディレに聞かれても詳しく伝えられるはずもなく、大抵彼女の期待には応えられなかった。


 強いていうのなら、彼女の料理は味が極端だった。塩が効きすぎてもはや辛かったり、砂糖と間違えてそのものですらなくなったり、材料はあっているのに適量が適当だったりと、お世辞でも褒められはしなかった。


「なら無難に、スープにでもするね」

「……うん」


 それから二人は、特に会話をすることもなく、リラの家に向かった。おそらく、リラが気を使ってくれたのだろう。正直、ありがたかった。彼女との会話は嫌いではない、しかし、何も応えられない自分に呆れてしまう。


「ここが私の家だよ」


 不意に彼女が歩みを止め、口を開いた。何も考えず足を動かしていたため、顔を上げると、そこは村の入口付近とではだいぶ様子が違うことに、今更ながらに気づいた。


「やっぱり、気になる? こんなところにあるの」


 気にならない、と言えば嘘にはなる。気にならないでいられる人間がどれほどいるのかにも寄るが。しかし、仕方ないだろう、何せ彼女の家は、村の最奥、とりわけ暗い場所にあるのだから。


「……なんで?」

「う~ん、暗いところが好きだから?」


 冗談だろう、仮にそうならもう少しマシな場所がいくらでもあったはずだ。ただでさえ、森の中にある村なのだ、普通の場所でも十分に影になっている。


「まあ、冗談だよ。う~ん、また今度教えてあげる」

「……え?」

「ふふ、ほら入って入って、おばあさんの家ほど広くはないけど」


 リラが扉の取手に手をかけた。古ぼけた木製の扉は、蔦が絡みついていて開くと同時に蔦が千切れ落ちた。


「じゃあ、私は作ってるから、適当に座って置いて」

「……」


 軽く首肯すると、リラは部屋の隅にあるキッチンへと入っていった。中は実に簡素なもので、木製の小さな丸テーブルが中央に佇んでいて、同じく木製の椅子が二脚つけてあった。


 壁には備え付けの暖炉もあったが、火はついていなかった。一応今は冬なのだが、つける気はないのだろうか?


「適当に座っておけ」と言われたので、取り敢えず背中の大鎌を壁に立てかけ、椅子に腰掛ける。することもないので、リラを眺めていることにした。


 スープを作ると言っていたが、火はどうするのだろうか? 普通、火を起こすには魔法が必要なのだが、いや、それは遥か昔の常識か。


「〜〜〜〜♪」


 思った通り、リラは魔法を使う様子もなく、キッチンの端にある魔導器に手を伸ばした。何やら下の方で手を動かすと、ぼっと火が点いた。


 なるほど、おそらく先ほどリラが言っていた魔晶石とやらの応用品なのだろう。確かに、魔法を普段使わない一般の人間は、道具を使うのが普通か。それに、リラは魔法が使えない、気づくべきことだったか。


「あの……ディレ? そんなに見ないで欲しいんだけど」

「あ、いや……」


 視線に気づいたリラが、照れくさそうに首筋を掻いた。確かに、人に見つめられていてはやりにくいか。


「いいけどね、それとも一緒に作る?」

「いや……」


 ふるふると首をふる。流石に、料理は無理だ。あの人の作っているところは、何度か見たことがあるが、あれは参考にはならない。それに一度もしたことがない。


「ほら、おいで? 食材切るだけでいいから」


 ちょいちょいと手招きをして、料理に参加させようとする。そこまでして一緒にしたいのか……? 仕方ない、ここまで言われてしまえば、自動人形としても逆らうわけにはいかない。


「……これ?」


 重い足取りでリラの隣にたち、まな板の上に並ぶ食材を見やる。艶々としている食材たちは、そのまま齧っても十分に味がしそうだった。


「そのまま齧ってみたい……とか思ってる?」

「……! 違っ……」

「いいよ、どれがいいの?」


 すっと、紫と緑の野菜を一つずつ手にとると、自身の顔の前に持ってきて、ふりふりと揺らす。


「……ん」


 自分でもわからないが、自然に右側の野菜を指さしていた。

「はい」と、ためらうことなく渡して来る。そのまま受け取るのも少し癪で、握られた野菜に齧りついた。


「あぐ……」

「なっ……?」


 もぐもぐと咀嚼する。みずみずしい新鮮な味が口に広がる。正直、自分はこのままでいいと思ってしまった。


「ふふ、ちょっとディレ、動物みたいだよ?」

「ん……」


 動物とは失礼な、何より、人間も動物ではないか。


「ごめんね、ちょっとからかっただけだよ。ほら、作ろう」

「……」


 結局、ディレの齧り付いた野菜も、そのまま使用されることになった。完全な調理は確実に失敗するのが目に見えているディレは、言われた通り包丁で野菜を切ることにした。




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