第9話 2匹のリカオンと遊ぶ1人の少年。
抉れた大地に溶けた雪。快晴の空は雲ひとつない。
毛皮と牙と爪、そして肉。それらを袋に詰めて背負う。アリスと男は帰路を行っていた。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかった」
アリスがふと気づく。男は若干表情が歪む。
「お前、忘れちまったのか?オレはガラティーン、偉大なる騎士ガラハッドの息子だ」
まだ、名前を聞いてないにもかかわらず誇らしげに語る巨漢。たくましい髭と背負う大剣に映える筋肉、名をガラティーン。アリスはその名に聞き覚えがあった。と言うより、その声にずっと聞き覚えがあった。その姿に見覚えも。
「なぁ、もしかしてアンタ俺と会ったことある?」
ガラティーンはキョトンとした。
「お前覚えてねェのか!?オレァてっきり知ってて着いてきてんのかと思ってたぜ」
そう、笑いながら話すガラティーン。先の戦いの表情と気迫。豪快な笑い方。やっと思い出した。
「アンタあん時の狩人か!!」
やっと思い出したか、と言ったふうな顔をするガラティーン。アリスの言うあん時とは、およそ8年前アリスの手首に消えることの無い傷を残した事件を指す。
───────8年前・精霊の森
2匹の
「スコル!ハティ!タンマタンマ!10秒待って!」
毎日のように行われる競走で未だアリスは勝ったことがない。ルールはシンプル。スタートとゴールを決め、先に着いた方の勝ち。木の根で入り組んだ森の中を、どれだけ早く進めるかの勝負。同時に訓練でもある。
「たはー、また負けた」
悠々とゴールの木で待つ2匹にやっとの思いで追いついたアリス。木に触れ、ゴールの意を示しそのまま寝転んだ。
「いやはや、ふたりには勝てる気がしないよ」
ふん、と鼻息を鳴らしぺろぺろと前足を舐める兄のスコル。くぁ、とあくびで返す弟のハティ。
「さっ、ウォーミングアップも終わったし。昼にしようぜ」
「そらっ、1匹、2匹、3匹!」
今日のアリスは絶好調で、次々にその目立つ角を掴んでいく。掴んでは
「今日は大漁だな...これならジャーキーも相当数作れるぞ...」
今日の成果に満足しスコルハティ兄弟を探しに行く。これだけの成果を見せてやるんだ、と自慢しに、意気揚々と。
察知。自身の領域。この森でのみ発揮される勘。ハティを見つけ全速で走る。背中のカゴを放り出し、誰よりも何よりも速く。
「ハティ!!」
全力の声に気づきこちらを向くハティ。だが、間に合わない。手を伸ばし飛びつくアリス、伸ばした手首にはちょうどハティの首に刺さる予定だった矢が突き刺さる。ドサッ、と地面に転がるアリス。
「何やってんだボウズ!!おい!止血剤を早く!」
矢を放った大柄な男。彼こそがガラティーンである。
「大、丈夫...です...」
『これは...!』
ガラティーンが目にしたのは、手首に魔力を集中させ止血しているアリスの姿。
『このガキいくつだ?難しくはねェ技術だが、どう考えてもこの歳でできることじゃねェだろ!?』
ガラティーンの驚愕、だがそれを置き去りに時間は進む。矢を放置すれば傷は酷くなるばかりだ。
「ボウズ、矢ァ抜くぞ。アロンダイト、お前は手当だ。」
ガラティーンはやじりを折り、アリスの手首から矢を引き抜いた。すぐにアロンダイトが手当をし事なきを得た。
「なァボウズ。なぜこんなところに1人でいる?親はどうした。」
アリスは一瞬考える。その瞬間をガラティーンは見逃さなかった。
「今は秘密の特訓中なんだ。だから誰にも言わないで欲しい。」
アロンダイトは訝しむ。口を出そうとするが、すぐにガラティーンに静止された。
「コイツはボウズのペットか?」
「親友だ。」
そうか、とガラティーンは微笑む。
「だがな、オレたちもこれが仕事だ。次は保証できねェ。いいな。」
「その時はまた俺が止めます。今度は無傷で。」
ガハハと豪快に笑うガラティーン。
「言うぜ!!オイ、アロンダイト今日は帰るぞ。」
アロンダイトはまだ納得いかない様子だが、2人はそのまま去っていった。
「ホントに置いてくんスか!?ガキンチョですよ!?」
帰路、アロンダイトは進言する。常識で言えば正しいのはアロンダイトである。その言葉を聞いてなお、ガラティーンは直進し続ける。
「しかもあの技術。そこらのガキに使えるようなもんじゃない...それこそ魔法学校に行くような貴族の可能性も...」
そんな言葉を無視してガラティーンは語り始めた。
「最後に見たのは何年前だったか...前に1度だけ見たことがある。ほぼ死んだ概念だが...あのボウズ────」
───────
「あんた、あん時の狩人じゃねぇか!!?弓矢はどうしたんだよ!?」
「あん時はアロンの特訓中だったからな!本職はコレよ」
そう言って抜いたのは【
「オレはコイツで冒険者クランのクラン長まで上り詰めた!!」
ほんのひと
「クラン長!?!?!?!?」
アリスの声が森をつんざく。空はまだ快晴。
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