第030話 お礼(如月美遊視点)

■如月美遊視点


 先生が問題ないと言ったけど、ヒロのことが心配で彼が寝かされたベッドの隣でその顔を見つめる。


 本当に大丈夫かな……。


 保健室の先生が診てくれたとはいえ、不安でその判断を信じ切ることができない。


「ちょっと、用事があるから暫く見ていてくれる?」

「分かりました」


 保健室の先生が部屋を出ていく。


 ただ、先生はすっかり問題ないと思っているみたい。


「ヒロ……」


 私は中学時代の呼び名を呟く。ヒロの顔は以前よりスッキリしていた。


 最近ヒロは少しずつ変わってきている。


 徐々に痩せ始めていた。多分、体力テストの後からだと思う。それに勉強もさらに熱心に取り組んでいる気がする。


 自惚れじゃなければ、多分どっちも私のためだと思う。


 それは何より嬉しい。


「ちょっと、ごめんね」


 私は布団の中に手を入れて、ヒロの手首をつかんで脈を図る。


「暖かい……」


 ――トクンットクンッ


 指を通じて彼が生きている証が私に伝わってくる。


 そのおかげでさっきよりも少しだけ不安が消えた。


「全く人の気も知らないで穏やかな顔で眠ってるんだから……」


 私は眠っているヒロの前髪を避けるように撫でてその顔を覗く。

 

 なんだかその顔が少し憎らしいので、起きた時に少し困らせてやりたくなった。


「そうだ。助けてもらったお礼をしないと。先生は……まだ戻ってこないよね?」


 私は誰ともなく言い訳をすると、彼を少しだけ下の方に引っ張り、靴を脱いでベッドに上がる。


 そして、ヒロの頭をゆっくりと持ち上げて枕をずらし、自分の膝を滑り込ませた。


 それは所謂ひざまくらだった。


「は、恥ずかしい……何やってんだろ……」


 そこまでやっておいて私は自分の行動を省みて顔を熱くする。


「そういえば、昔にもこんなことがあったな……」


 私は中学時代にヒロの家に遊びに行っていたときのことを思い出す。


 あの頃は家にいる時以外、本当に毎日ヒロと一緒に居た。


 本当に楽しかったなぁ。また、あの時みたいな関係になりたい。心からそう思う。


 でも、今日は本当に心の底から怖かった。


 思い出してもらう前にがいなくなってしまうことを。

 仲良くなれないままヒロがいなくなってしまうことを。


 このままだと後悔するかもしれない。


「ミュー?」


 そんなことを考えていると、ヒロが目をうっすらと開けて私の中学時代の呼び名を呼んだ。


 ちゃんと起きた。本当に良かった。


 ――ドクンッ


「え……」


 心臓が大きく跳ねて、私は思わず声を漏らした。


 もしかして、私の正体に気が付いた? ヒロが意識を失う時も昔の呼び名で呼んだし、私がヒロを知っている人物だとは気づかれている可能性はある。


「え? なにこれ、どうなって?」


 でも、それは思い違いだったらしく、ヒロは突然あちこちを見回し始める。


「ねぇ、大丈夫?」


 私は一気に安心してヒロの顔を覗き込むようにして声を掛ける。


「ひょわああああああっ」

「動かないで」


 ヒロは飛び起きようとしたけど、私が肩を押さえつけてそのまま寝かせる。


 人を心配させたんだから、その分しっかりドキドキしてもらわないとね。で、でも意外と膝枕って相手が起きていると、ドキドキしてくる。


 それに、ちゃんと生きている安堵で思わず涙が出そうになる。


 悟られないように気を付けないと。


 私はグッと堪えた。


「えっと、足が痛いのでは?」

「いいの。そのまま寝ててよ」


 申し訳なさげに呟くヒロに、私は頭を撫でながら返事をした。


「ど、どどどど、どうして膝枕を?」

「だって私を庇ってくれたでしょ? ちょっとくらいお礼したかったの」

「こ、これはちょっとではないような気がするのですが……」


 困惑顔のヒロも可愛い。


「いいの。私がこうしたかったの。それに眞白君、倒れた後、凄かったんだからね」

「どういうことですか?」


 ヒロは私の言葉を聞いてきょとんとした顔をする。


 自分の状態が全然分かっていなかったみたい。


「鼻血が止まらなくて、血だらけになっちゃったんだから……」

「それは申し訳ありません……」


 その光景を思い浮かべたのか、彼は悲し気に謝った。


「死んじゃうかと思った」


 目を覚ましたから心配していないけど、思い出すと今でも震えが止まらない。


「このくらいで死んだりしませんよ」

「そう思うくらい血が出てたんだよ」

「そ、そうですか」


 そんな顔をさせたいわけじゃない。


 だから話題を変える。


「ありがとね。庇ってくれて……」

「い、いえ、咄嗟に体が動いただけなので……」


 ヒロは頭も碌に動かせないので目を逸らす。


 顔を赤くして照れているのが分かる。


 可愛い。


「それだけじゃなくて、柳君からも守ってくれてたでしょ?」

「柳君?」

「バスケで戦った相手チームで最初に私を止めようとしていた人」


 あの男子はいつも私を厭らしい目で見てくるから苦手。


 それにたまに私の気を引こうと絡んでくる。正直、困る。


 でも、今日の体育ではヒロが、私と彼の間に入ってくれて少しでも触れられないように守ってくれた。


 チームとしては間違っていたかもしれないし、事実彼はボールそっちのけだった。


 でも、その事実がたまらなく嬉しい。


「あぁ~、いや、気のせいじゃないですかね」


 ヒロはバツが悪そうな顔で頬を掻く。


 バレてないと思っていたみたい。でもそれくらい私にはお見通し。


 ヒロは気づいていないかもしれないけど、私はそれだけ彼を見ている。


「分かってるよ。眞白君は優しいもんね。だから、こうしてお礼してるんだよ」


 私は嬉しさを現すようにヒロの頭を撫でる。


「そ、それはありがとうございます?」

「うふふっ。どういたしまして。もう大丈夫みたいだね」


 恥ずかしいのか顔を赤くするヒロ。


 もうそろそろ許してあげようか。


「は、はい。多分」

「先生呼んでくるから待っててね」

「分かりました」

「頭、上げてくれる?」

「あ、す、すみません」


 ヒロが頭を上げたので、そこから抜け出して枕を差し込んだ。


「それじゃあ、ゆっくり休んでてね」

「わ、分かりました」


 ベッドを降りて靴を履き、振り返ると、彼は恥ずかしそうに返事をした。


 チラチラと視線が私の太ももに行っている。


 膝枕のことを思い出しているに違いない。


「あっ」


 そこで彼をドキドキさせる言葉を思いつく。


「どうかしましたか?」

「私の膝枕、きもちよかった?」

「//////////」


 不思議そうに見つめる彼の耳元に顔を寄せて囁いた。


 顔を話すと、彼は今まで以上に顔を真っ赤にしていた。


 大成功。でも、めちゃくちゃ恥ずかしい……。


「うふふふっ。それじゃあ、また後でね」


 恥ずかしさを隠して入り口に歩いていく。


 私は保健室を出て扉を閉めた後、背中を預けて大きくため息を吐いた。


「良かった……本当に良かった……」


 ヒロが目を覚まさないのでとても不安だった。

 でも、ちゃんと起きたし、元気そうだったので本当に良かったと思う。


「先生、呼んでこなきゃ……」


 私はフゥーっと息を吐き、気持ちを落ち着けると先生を探しに職員室に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る