第011話 やりたいこと

「それでね、今週のクラシナって控えめに言っても神回じゃなかった?」

「そうですね。ヒロインの明日香ちゃんが覚醒するシーン最高でした」

「だよね、だよね、もう私涙出てきたもん」


 僕は今日も如月さんと並んで帰っている。


 如月さんの横顔はいつ見ても尊い。


 学校からの帰り道は、推しと帰ることができるというまるで夢のような時間だ。


 勿論、毎日のように心臓は張り裂けそうなくらいバクバクと鳴っているし、緊張で手汗が凄い。


 でも、彼女が僕でも話せる話題を選んでくれるので、凄く、凄く楽しい。


「そういえば、もう決めた?」

「なんの話ですか?」


 急な話題転換についていけず、僕は聞き返す。


「部活だよ、部活」

「そういえば、そろそろ期限でしたね」


 僕は如月さんをモデルにした漫画を描くのに忙しくてすっかり忘れていた。


「そうだよ。それで、眞白君は何をやるか決めたの?」

「僕はやりたいことがあるので、部活には入らないと思います」

「そうなんだ。何がしたいの?」


 如月さんは興味津々なご様子。


「マギー、あっ、真木総一郎しか知りませんが、僕はイラストを描いておりまして。仕事の真似事のようなこともしているので、部活をしている時間がとれないかと」


 まさか本人に、如月さんの布教です、とは言えないので当り障りのない返事をする。


 彼女は他人が黙っていることをわざわざ吹聴するような人でもないし、アニメやゲームにも理解があるので、バカにしたりするはずがない。


 僕は正直に答えた。


「えぇえええええ!? 凄いね、眞白君。絵が描けるの!?」

「は、はい。まだまだ拙いのですが、僕のイラストが良いと言ってくれる方が増えまして。ありがたい話なのですが」


 大袈裟に驚いてくれる如月さんに、僕は照れて頭を掻く。


「絵……んだ……」

「何か言いました?」

「んーん、何でもないよ。私も眞白君の絵、見てみたいなー」


 如月さんが何か言った気がしたけど、僕の勘違いだったらしい。


「え、あ、それは如月さんに見せるほどのものではないと言いますか。大したことがないので、見てもしょうがないと思います」

「私に見せるのは嫌?」

「そんな滅相もない。ちょ、ちょっと待ってください!!」


 いつもズルい!!


 そんな風に言われたら断れるはずもない。


 僕は如月さんのとの会話を止め、スマホを取り出してポートフォリオを如月さんに見せた。


「え……なにこれ……」

「すみません、大したことなくて……最近はAIイラストも出てきていて、あっちの方が上手くて可愛いですし……」


 僕のイラストを見て黙る如月さん。


 期待外れだったのだと思い、申し訳なくなって謝罪した。


「いや、違う、違うよ!! なにこれ、ちょー上手い!! 顔滅茶苦茶好みだし、色塗りも丁寧で綺麗だし。どうやったらこんなの描けるの!? 私は簡単なデザイン画しか描けないから絶対無理だよ」

「ほ、ホントですか? それは嬉しいです……」


 でも、それは僕の思い違いだった。


 如月さんはイラストを見て感動してくれていた。興奮して僕を褒めてくれる姿を見て、どうしても頬が緩んでしまう。


 推しに褒められるとかいうご褒美が嬉しくないはずがない。


「逆に、如月さんはどうするんですか?」

「私? どうしよっかなぁ。どうしてほしい?」


 少し考えるように空に視線を向けた後、僕の顔を覗き込むように笑みを向ける彼女。


 あぁ……浄化されそう……。


 僕の心臓がひと際大きく跳ねる。


 ただ、そんなことを言われても答えようがない。


「い、いやいや、なんで僕が?」

「冗談だよ、冗談。そうだなぁ、実は私もやりたいことあってね。帰宅部かなぁ」


 慌てる僕を見てクスクスと笑いながら答えた。


 揶揄われてしまった……ご褒美です!! ありがとうございます!!


「そうなんですか。ちなみに如月さんのやりたいことって?」

「そうだなぁ……なーいしょ」


 いたずらっ子のように口元に人差し指を宛てて笑う如月さん。


 そ、それは可愛すぎるし、いつも通りズル過ぎるでしょ……。


 その小悪魔的な笑みは、僕の心を掴んで離さない。


「ズ、ズルくないですか?」


 僕はそう口にするのが精一杯だった。


「眞白君、女の子はズルい生き物なんだよ?」


 そう言われてしまうと僕は何も言えない。


「あっ。もう家に着いちゃった」

「ホントですね……」


 彼女との時間は凄くドキドキして楽しくて、十五分はかかるはずの下校時間がまるで十秒くらいに感じられる。


 明日の放課後が待ち遠しい。


「それじゃあ、また明日ね」

「はい、また明日」


 名残惜しく思いながらも、ただ帰り道が同じだから一緒に帰ってくれる如月さんに何か言えるわけもない。


 僕は寂しさを抱えたままトボトボと歩いた。

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