reunion

『君』の残り香

僕は、橘哩玖たちばなりく、24歳。社会人2年目を、只、多忙に、せわしく、毎日を一生懸命……、でも、どこか抜け殻のように過ごしていた。


僕は、好きな人がいた。……好きな人がいる。その人……その子は、僕が高校生の時、僕の前に突然現れて、僕の今となっては、嘘になってしまった恋を、応援してくれた。精一杯。いつも笑顔で、いつも滅茶苦茶で、いつも僕を振り回しながら。


でも、僕は、あの頃、本当に、毎日楽しくて、好きだと思っていたその人の傍に近づけて行ってくれる、その子を、最初は全く恋とは違う感情だと思っていた。でも、その子は、本当に一生懸命僕の恋を応援してくれた。そして、その恋は実った。


でも……、僕は彼女の秘密を知った時、僕はどうする事も出来ず、只、どこまでも、どこまでも、走って、走って、彼女を追いかけた。見知らぬ男たちにさらわれてゆく、彼女を……。




何故、彼女を失ったのか……。それは……。






彼女は……、AIだったのだ。そんな事、信じられないほど、彼女は伸び伸びとした性格で、明るくて、ちょっと生意気で、凄く僕をからかうのが好きで……。


笑顔が、とっても、素敵な子だった。


その子の名前は、如月燈きさらぎあかりと言った。


燈は、『破棄』された――……。僕の、目の前で――……。






僕は、その時、本当に、燈を奴らを殺してやりたかった。でも、車の速さに追いつけるはずもなく、僕はずーっと走って、走って、遠くに、小さくなってゆく車に、手を伸ばし続けていた。




大学生になっても、僕の心の傷は癒えなかった。僕は、高校生の頃、本当にもやしみたいな男で、はっきりしなくて、勇気がなくて、自信もなくて、そんな僕に、燈は、沢山の勇気と、自信と、恋を教えてくれた。……愛を……僕にくれた。


そんな僕だったけど、大学に入ると、見た目だけは、結構格好よくなったみたいで、女の子に、結構モテた。でも、燈の事を忘れる事なんて、出来るはずもなかった。僕の事を好きなってくれる女の子に、『橘君』とか、『哩玖君』とか、呼ばれる度に、僕の胸は酷くえぐられた。


燈なら、そんな風に僕を呼んだりしない。燈は、燈は……、僕の事を、『君』と呼ぶ。その心地よさが、今も忘れられない。僕の事を、『君』と呼んで良いのは、燈だけだ。呼んでほしいのは、燈だけだ。そう。今でも――……。








社会人になっても、彼女も作らず、そんな、がらんどうの心で、毎日を過ごしていた。


そんなある日の会社からの帰路だった。コンビニのお弁当をぶら下げて、僕は、アパートに向かっていた。……燈と過ごしたアパートではない。もう、高校を卒業して、すぐあのアパートからは出た。いたたまれなかった。苦しくて……、逢いたくなって……、燈の匂いがして……、燈の想い出が詰まりすぎてて、本当なら、燈を失った後すぐにでも部屋を出たかったけれど、お金が、どうしてもなかった。


悔しいけど、燈を殺したあいつらの世話になるしかなかったんだ――……。


それが、余計、苦しかった。


大学に合格して、これも本当に悔しかったけれど、学費だけは、あいつらが負担してくれた。でも、アルバイトを始めて、アパート代くらいは払えるようになったから、一刻も早く、あのアパートを出た。


でも、燈の面影の無いはずの、なんの関りもないはずの、もう、何も残ってないはずの燈の笑顔が、違う部屋にいても、僕を、僕の頭を過る。眠っていても、ご飯を食べていても、朝、目が醒めても――……。



僕は、いつになったら、燈を、僕を『君』と呼ぶ唯一の人を、忘れられるんだろう?



苦しくて、悲しくて、切なくて、息が出来ない――……。

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