第2話 運命の出会い

 父と護衛府の長官である橘が、桜の下でこちらを見ていた。遊び疲れて、宴席にお菓子でも取りに行こうと思っていた花月は、父の姿に気づいて走り出した。着物の裾が邪魔で、両手でたくしあげる。すると、共に花びらを集めていた侍女のきりが、悲鳴を上げた。


「あっ! 花月様! いけません、一国の王女ともあろうお方が、そんなはしたない!」


 桐は、花月より7つ年上の17歳だ。長い髪をいつも綺麗に結い上げ、鼻筋の通った涼しい顔立ちをしている。背丈は高く細身で、性格もしっかり者だから、兄一人しかいない花月にとっては、実の姉のような存在だった。


「大丈夫よ、桐! 父上がいたの。ちょっとお話してくるわ」


「花月様あ! お御足みあしが、見えております! あたし達が、叱られちゃいますよう!」


 と言うのは、もう一人の侍女、牡丹ぼたんだ。彼女は花月の1つ年下で、侍女とは名ばかりの、花月の遊び相手として最近宮廷に上がってきた女の子だ。牡丹は、まん丸い頬にぽっちゃりした体形で、話し方にもどこか幼さが残っている。


「牡丹も、桐もいらっしゃいよ! 一緒に、桜のお菓子、食べましょう」


 花月が彼らを笑顔で手招きすると、二人は同時に「えっ」と言い、顔を見合わせたあと、喜んでついて来た。三人は、本当の姉妹のように仲がいい。父と橘の元までたどり着いた花月は、息を切らして言った。


「父上、こんなところで何をなさっていたのです? 花月は、遊び過ぎて、お腹が減ってしまいました。これから、桜のお菓子を頂きに参ります。父上も、橘も、ご一緒にいかがですか?」


 花月がきゃっきゃっとはしゃぎながら言うと、父王は優しい笑顔で彼女を見下ろした。


「そうか。可愛い花月の誘いなら、受けぬわけにはいかんな」


「はっ。僭越ながら、王女様のお申し出とあれば、わたくしめもお供させて頂きたく存じます」


 胸の前でびしっと右腕を真一文字にして礼をする橘に、花月は笑った。彼らは話しながら、桜舞い散る中を、宴席に向けて戻り始める。花月は、真顔で傍らを歩く、武骨な橘を見上げて言った。


「橘は、いつも真面目ね。そんなに真面目で、疲れちゃわないの?」


「いえ。これが私の性分ですので。ふざけていると、却って疲れるのでございます」


「ふうん。あっ、そうだ、橘! 今度また、私のお部屋に来て、歴史と兵法を教えてくれる? この前のお話、とっても面白かったの。次は、桐と牡丹も一緒に聞いてもいい?」


「私などで宜しければ、いつでも。花月様は物覚えも良く飲み込みも早いですから、話のしがいもあるというもの。しかし珍しいですな。王女様であらせられるのに、歴史や兵法などにご興味をお持ちとは。女子でしたら、詩歌しいかまりなどを楽しまれる方が多いでしょうに」


「うふふ。私はちょっと、変わっているのかもしれないわ。だって、父上も言っていたもの。『兄の中身がお前だったら、どれほど良かったか』って!」


 花月がひそひそ声で言うと、橘は苦笑した。花月は、兄のことはあまり好きではなかった。幼い頃から、ことあるごとに、花月に意地悪をするからである。彼に壊された毬や破られた巻物は、一つや二つではなかった。


 宴の卓に着いて、皆で桜の菓子を食べて談笑していると、宮廷の官吏が数人、急ぎ足でやってきた。


「国王陛下。こちらにいらっしゃいましたか。暁の新たな国王が、祝辞を述べにいらしております」


「おお、そうか! 通せ」


 慈円は嬉しそうに席を立つ。花月は不思議に思って父王に聞いた。


「父上? お客様ですか?」


「ああ。暁の国の新しい国王じゃ。ちょうど良い、花月も挨拶をするといい。これからも、暁の国とは親交を続けていきたいのでな」


 花月は「はい」と頷いて父王についていく。宮殿の庭園の入り口に、見覚えのない幾人かの男性が固まって立っていた。父王は、官吏に先導されて彼らの方へ歩いて行く。官吏が、父王の脇に身を引いて頭を下げ、父王を彼らに紹介する。


「暁の国王様。我が瑞の国王、慈円陛下をお連れ致しました」


 その言葉に、男性の中から、一人の背の高い若い男が前に進み出た。すらりとした体躯に、切れ長の目をした美しい顔立ち。黒い髪が、桜舞い散る風に靡いている。身に着けている立派な白金色の着物が、春の陽を受けて柔らかく輝いていた。花月は内心驚く。


(この人が……暁の新しい国王? 橘よりも、ずっと若そうに見えるけど)


 彼は慈円の前に出ると、優雅に腰を折って挨拶した。


「お初にお目にかかります、麗しき瑞の慈円国王陛下。この度は、ご在位35年、誠におめでとうございます。我が名は鬼羅きら。父・百鬼の後を継ぎ、暁の国王として即位した者にございます。若輩者ですので、どうぞご指導ご鞭撻のほどを」


 聞く者の心揺さぶる、不思議に魅力的な声だ。花月はじっと父と鬼羅とのやりとりを聞いていた。


「おお、鬼羅殿! どうぞ顔を上げよ。なんという凛々しいお顔立ち。百鬼国王の面影が、少しございますな。そなたの父である百鬼国王には、長きにわたり、随分と世話になった。此度の崩御、誠に残念な思いだ。心より、ご冥福をお祈り申し上げる」


 鬼羅は、顔を上げて微笑んだ。その美しい黒い瞳が、父王の着物にしがみついている花月を見下ろす。花月はドキッとして父王の体の影に隠れた。父王が笑った。


「花月。そんなところに隠れていないで、ご挨拶をせんか。……鬼羅殿。こちらはわしの娘の花月。瑞の第一王女である」


 花月は、そっと顔を覗かせた。鬼羅が、楽しそうにこちらを見下ろしている。


「初めまして、花月王女。私は鬼羅と申す者。これから、どうぞお見知りおきを」

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