2-11 恋人ごっこ、其の5

1月17日、午後4時

 私と佐野さんは観覧車に並び始め10分ほどで案内された。

 2人で一緒に乗りこむ。2人掛けの椅子が向かい合って置いてあるタイプで、佐野さんの横ではなく前に座った。


 観覧車が鈍い金属音を出しながら動き始めた。

「綺麗だね、茉莉啞ちゃんは高いところ平気?」

 それ今、言う事なのかと私は思ったが、とりあえず大人しく付き合った。

「大丈夫ですよぉ。佐野さんは好きそうですね」

「そうだね。さっきも言ったけどさ、思い出があるからね」

 動き始めて街を見下ろせる高さまで来た。

「景色、見えてきましたね。綺麗ですね」

 私は少し涙ぐんできてしまった。何をしているのだろうか。

 そんな話をしていたら、一番上までついた。


「すごーい、いい景色ですね」

 そういうと佐野さんが隣に移動してきた。

 こちらを言いたげな目で見てくる。この雰囲気は氷炭相愛ひょうたんそうあいと言った様子だった。


「ねえ茉莉啞ちゃん、付き合ってるって言ってたけどさ。改めてさ」

 何かを切り出そうと、じっとこちらを見てくる。

 案の定、何を言いたいかは察しつくが……

「茉莉啞ちゃん、俺と付き合ってください」

 夕日が差し込む、もうじき観覧車は元の位置へと戻る。

 時が止まったように感じた。私は殺意を押し殺し、篠宮茉莉花ではなく氷上茉莉啞として答えた。

「ぜひ、喜んで!」

 観覧車が一周回って元の位置に戻った。

 係の人に誘導され観覧車から私たちは降りた。


 少し気まずい雰囲気を醸し出しつつも私たちは解散することとなった。

 晴れて正式な恋人関係というわけだ。私ではあるけど別な私が。

 恋人ごっこはまだ続いていくことだろう。

 もう一つの復讐を果たすまでは。

 問題点はどう幸信仰会こうしんこうかいに佐野さんを戻すかだ。

 タネは撒いた。あとは蕾になるその時を待つほかにないだろう。


 ー都内、新宿某所、とあるセミナー会場ー

 勝己はセミナーに姿を現していた。幸信仰会の今後の方針会のようなものに参加していた。正直に言ってつまらないと感じていた。

 株式取引がどうだとか、マルチ商法で稼ぎましょう。的な内容がほとんどであった。

 学生らしい比較的、年齢層が若い者も多い印象であった。

 学生をカモにしているということだろうか。


 勝己は周りの参加者に話を聞いて回ってみた。勿論、怪しまれないようにだ。勝己は飯田という偽名を使っていた。

「初めまして、飯田です。何分、歴が浅いものでエアローショップでの会員の増やし方など教えていただけますか?」

 先ほどスピーチしていた、シンジと言ったかな。彼に話を聞いてみた。

「興味あるのかい。稼げるからね。特別に講義してあげるよ」

 そういい個室に案内され小一時間、謎の液晶画面を見せつけられながら話をきいた。勿論、眼鏡に仕込んだカメラとボイスレコーダーで一部始終を録画、録音していた。


「何となくイメージは掴めたかな?」

「はい、有意義なレクチャー、ありがとうございます」

「いいんだよ、私たちは同志だ。これからもよろしく。頑張りたまえ」


 勝己はこの日は一旦、切り上げる形になった。

 勝己自身、マルチ商法に手を出すわけにもいかずだが、何もしていないとそれはそれで怪しまれる。

 勝己は知人、と言ってもバーバラだが、彼女にお金を渡し、勝己自身の知り合いとして買ってもらうことにした。

 購入した商品は奥井雅道、ことテリアの店長に頼み、そのツテで解析をお願いしていた。

 そのうち、暴けるだろう。問題はそれをどう世に公表してダメージを与えられるかということだけであった。

 勝己の潜入操作はまだまだ終わりを見せなかった。

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