確保

さて、飛んできた羽虫を魔術で黙らせた後、私は大いに悩んだ。

結局この目の前で死にかけている、協力者候補への対処についてだ。


「――ひゅ~、ひゅ~……」


本来、このように別世界で現地民を協力者にする場合、私は事前にその個体について、そこそこの情報を集めてから協力を依頼することが多かった。

なぜなら、件の人探しの魔術で選出するのはあくまで最低限の条件で選出した人物に過ぎず、その品性までは、保証してないからだ。

むしろ、この世界から見たら外来生物である自分に、積極的に協力し、かつこちらを裏切らない人物など、おおよそまともな人間でないことには違いない。


「う……ああ……」


例えば、大きすぎる野望を持っている人物。

例えば、危なげなカルトを信仰している狂信者。

例えば、誤った倫理観と正義感を持っている勘違い野郎。

凡そそんな人物が、こちらの協力者になりやすくなることが多く、例えこちらに対して協力的ではあっても、その協力者自身が現地では厄介者である場合が多々あるからだ。


「……たくない……死にたくない……!!」


そして、今回の場合も、そのパターンが考えられるわけで。

地球っぽい現代日本的世界で、ピンポイントに外獣に襲われているなど、どう考えてももまともな経歴の人物ではない。

むしろ、現在進行形で、なにか厄介ごとに巻き込まれているのは確実だろう。


「……で、そこの君、ちょっといいかな?」


「……ひうっ、ひぅぅ……」


だからこそ私は、その死に掛けの彼女に、一つの問を投げかけることにした。


「……このままでは、君は死んでしまうだろう。

 が、君は幸運だ。君さえよければ、死ぬ間際の君の願い私がかなえてやることもできる。

 だからこそ聞こう、貴様の人生における最後の願い、それはいったいなんだ?」


質問の内容は、彼女の真の願いについて。

もちろん、死に掛けの時こそが人間の本性がでるという程私は浅慮ではない。

が、その一面はあるとは思っている。

だからこそ、この問いに対して、普通に傷の回復やら、死の原因を知りたい程度の願いを口にするならよし。

しかし、もしここで世界の破滅やら、もっとどす黒い何かを願うのなら、流石に協力者として不適だといえるだろう。


「あ……う……」


「さぁ、早く答えろ。

 このままだと願いを言う前に、死んでしまうぞ?」


だからこそ私は、彼女の返答を持って、彼女を本質を、判断するつもりであったのだが……。




「死ぬくらいなら、せめて最後に1000円以上のワインと1キロ牛肉ステーキを食べておくべきでした……!!」


「いや、そこはもう少し攻めてもいいと思うよ?」


いろんな意味で彼女の返答は予想外であったとさ。



★☆★☆



そんな騒動から数日後。


「うう、お、お腹が痛い!

 こ、これが願いを叶えたことに対する代償ですか!?

 こ、こんなことなら、デザートにアイスも頼んでおくべきでした……!!」


「単なる食べ過ぎだと思うよ?

 というか、流石に一食で2ポンドステーキに米2合も食べるのは、色々と加減したほうがいいよ」


あの後私は、いろんな意味で不安しかないが彼女を蘇生することに決定。

彼女相手にいくつかの魔法による契約を行い、そのまま彼女の住む自宅へと移動。

現在は彼女を協力者にして、この世界における仮拠点を手に入れたわけだ。


「で、本当にこの部屋は自由に使っていいんだな?」


「は、はい!問題ないでひゅ!

 魔法使いさんは、私の命の恩人ですし……。

 この部屋は、今は誰も使っていないので」


どうやらこの協力者である彼女は、若い独り身でありながら、すでに戸建て住まい。

なのに、別に金持ちではないという、なんともこちらにとって都合のいい身の上であった。


「じ、実は私は私立探偵をしていまして……。

 で、でも!全然素人で、あくまでおじさんの手伝い程度しかやったことなくて!

 おじさんがなくなってしまい、なんとか仕事を引き継いだと思ったら、あのよくわからない化け物に襲われて……」


もっとも、そんな都合の良すぎる身の上の都合上、どうやら彼女は少し特異な事情を持っているようだ。

彼女自身もつい先日死にかけたばかりであるため、彼女の身の上話や不安をこちらにぶちまけようとしてくる。


「いや、別にそういう詳細はいいから。

 むしろ知りたくない」


「えぇ~……」


が、こちらとしては、確かに彼女を助けたが、あまりそういう詳細を知りたいわけでもなかった。

あくまで彼女は一時的な協力関係程度でとどめておきたいのだ。

半端に情が移ると、別れるときにこじれるのは、いやというほど経験したことがあるからだ。


「で、でも魔法使いさんはこれから私と色々契約してくれるんですよね?

 ま、またの化け物が来た時に倒してくれたり、私を治してくれるんですよね!?」


「まぁ、あくまで契約の範囲内ならね。

 今のところ、契約は割と曖昧だけど」


「な、なら大丈夫です!

 お願いします!」


それでも、まぁ彼女はそこそこ賢く善良なのだろう。

此方が嫌がることはそこまで深く追求せず、お互いの領分を守っていくれる、そこそこ当たりな契約者のようだ。

こうして、こうしてこの世界において彼女と私は魔法による契約が結ばれたわけだ。

彼女は、こちらに願いを乞うことができ、対価さえ払えば願いが叶えら得るという権利を持つ。

そしてこちらは、その契約が有効な間、最低限の守秘や保護を手貰うという契約だ。


「それじゃ、どれだけお世話になるかわからないけど……。

 これからしばらく、よろしくね?」


「は、はい!

 ……と、ところで、さっそく契約?なんですがあのステーキみたいにコンビニの雑誌を出すことはできるでしょうか?

 あ、もちろん、対価は……なんかこう、あんまり困んない感じのをよろしくお願いします」


もっとも、あくまで大雑把な契約の上に、不安なことは多いが、それなりに幸先のいいスタートを切れた。

この時はそう思っていたのであった。




★☆★☆



「やっぱり、ここ、クソ立地だわ」


「えええええ!!」


が、残念ながら自分の幻想は粉々に打ち砕かれてしまったわけだ。

自分の発言に契約者が驚きの声を上げ、こちらはこめかみにしわが寄る。

別にこれは、この契約者が問題を起こしたとか、自分の身体に何かしら問題が起きたというわけではない。

或いはそちらの方がましであった、そう判断できるほどの問題があったのだ。


「まさかこの世界が、複数の【外獣】が存在するクソな世界だなんて……。

 しかも、それに関係してる魔術師や魔法使いの反応も複数存在しているし」


なぜなら、この地はおおよそかなりの危険地帯であり、それと同時にかなりの汚染世界であると判明したからだ。


「【外獣】?害獣とは別なんですか?」


「ん?【外獣】っていうのは、まぁ、単純に言えば、本来その世界にいるはずがない生き物の総称で……。

 おしゃれな言い方をすれば神話生物、わかりやすく言えば妖怪物怪、簡単に言えば邪神や化け物みたいな生き物の事だね」


「はぁ」


「もっとわかりやすく言えば、先日君が殺されかかった原因の化け物、その同類ってことだよ」


「ひゅっ……!!」


どうやら自分の言葉をある種正しく理解できたのか、彼女は突然驚き、そのままこちらに抱き着いてくる。

此方としては実験中なので引っ付かれるとうっとおしいのだが、払いのけるほどでもないので、なすがままになっておく。


「え、あの私や魔法使いさん以外に見えなくて、空をとんで、気持ち悪い見た目のあの化け物ですよね!?

 あの時の化け物ってあれ一匹だけじゃないんですか!?

 魔法使いさんが倒してくれた以外にも、まだいるんですか!?」


「まぁ、魔法の反応的に?

 一応隠形重視でやってるからまだ正確な場所や数はわからないけど……。

 空にも、海にも、地下にも、大体の場所に外獣やそれに関する魔法使いがいるのは確定だね」


「あううぅぅ……」


契約者である彼女は、自分が殺されかけた時の記憶や、化け物の恐怖を思い出し、がたがたとその身を痙攣させる。

それと同時に彼女につかまれている自分の体も全力でシェイクされる。

彼女が怖がったり混乱したりする分にはご勝手にといったところだが、さすがにこの状態を四六時中続けられるのはこちらとしても勘弁願いたい。


「ずいまぜん、終身雇用で一生私の護衛をして、くれませんか?

 あの、ばけもの、死、おぞましい化け物から、わたしを、いっしょう、守って……」


「いや無理。君の持っているもので釣り合う対価がない」


「はううぅぅ……あの、本当に、本当に何でも差し上げますから。

 家族も、妹以外なら、何でも差し上げますから、ね、ね?」


サラっと家族を売ろうとする彼女の態度はさておき、こちらとしても他のこの世界に住む魔法使いにばれた場合のリスクを考えて、あまり彼女から派手なものを取りたくないというのが混じりけのない本音だ。

もっとも、だからといって、彼女の与太話を無視し続けるのは、対価さえ払えば願いをかなえるという当初の契約を破ることになりかねない。

さらにいえば、このように恐怖により壊れたレコーダー状態になった彼女は、私がこの世界の情報を得るための協力者としても不適当だ。


「……まぁまぁ安心して。

 すくなくとも、いままでこの辺に住んでいて、今まで化け物に襲われたことは一回しかないんだろ?

 なら、そうやすやすと二回目が来るわけないでしょ。

 ほら、落ち着いて、特別に無料でチョコレートを上げるから」


「う、うう、でも、でも……。

 ……!!こ、このチョコレートすごくおいしいです!?

 こ、これは!?」


「私特製の魔法のチョコレートだ。

 今回は特別に2枚も上げちゃうから。

 一度落ち着いて、ゆっくり寝なさい」


だからこそ、私は、何とか無料の魔法なども行使して、彼女を慰安。

自分の情報収集のスピードを守るためにも、数日かけて彼女の心を癒し続けるのでした。



★☆★☆



もっとも、それからさらに数日後。


「あ……たす……け……」


―――ギキキキキキキキキ!


自分の努力とは裏腹に、まさかこの拠点に中に直接外獣が侵入。

その外獣は、ワープなんて派手な方法を使い、こちらが止める間もなく、わずか数秒の間に契約者の体を生きたまま半解剖。

もっと視界共有していたおかげで、1分もかからず治療も外獣退治も成功するが、協力者である彼女の心はあっという間に疲弊。


「やっぱりむりです!!

 魔法使いさん!!どうか、この化け物とその仲間を1匹残らずまとめて処理してください!

 なんでもしますから!なんでも……いや、今から私の命を捧げますので、それを対価にどうかお願いします」


「色々と落ち着け」


あっという間に彼女の正気は失われて、彼女は不定の狂気に。

こうして、私のここ数日の努力は、瞬く間に消えてしまったのでしたとさ。


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