第7話 忘れられた少女
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アイリside
目覚めると私はベッドの上で、薄い毛布の下は一糸纏わぬ姿だった。
眠る前、いや意識を失う前の事を思い出してしまい、顔が熱くなるのがわかった。
あんなに求められ、そして私もはしたなく求めた。
あんなに必要とされ、そして愛しているなんて言われたことは一度もなく、多幸感に包まれた。きっとホープさんと出会うために生まれてきたんだと理解できるほどに、私は幸せを感じられた。
ふと視線をずらすと、そこには書置きと少なくないお金が置いてあった。
内容は簡単で、先日言っていたように数日ダンジョンに潜る事になったから行ってくる、といったものだった。
困ったら置いてあるお金を自由に使うといいとも書いてあったけど、そんな事出来ない。
家の中にある食料は基本的にいつでも食べていいと言われていたし、廃棄寸前の物を食べるつもりだからお金は必要ない。娯楽に使うのだってもってのほかだ。
でも、私を信じてお金を置いて行ってくれた事はとても嬉しい。本当に私はホープさんの特別なんだなと感じられたからだ。
だから私はホープさんの信頼を裏切らないように、そして少しでも私の気持ちを伝えられるようにしたい。
「あまり必要なさそうだけど、ほこりがたまらないようにお掃除しよっと」
今の私に出来るのはこれくらいしか思いつかない。そうだ、ホープさんが帰ってきた時のために料理を作って振舞おう。きっと疲れて帰ってくるだろうから、体に優しくて栄養のある物がいいかもしれない。
その日の夜、何を作ればホープさんは喜ぶだろうと考えていた時だった。
いきなり黒い物体、何もかも呑み込んでしまいそうなほどに黒い魔物が私の目の前に現れた。
「ひっ!」
悲鳴を上げる事すら不可能で、その場から動けなくなり、腰が抜けその場に座りこんでしまった。
その姿を見た真っ黒な魔物は少しだけ笑っているように見え、私の頬をペロリと舐めた。
「た、助けて! お願い! 私は美味しくないから! ね? おねが――」
「グルルル! ワフ!」
「きゃっ!」
私の懇願むなしく、魔物に押し倒され、お前を今から殺すと殺気を込められる。
「え? な、何!? いや! やめて!」
「ワフ!」
「いや! いやいやいや! ホープさん助けて!! 入ってこないで! だめ、それ以上は! 痛い! 痛いの! ああぁあぁあぁぁぁあぁあ!!」
そんな……そこはホープさんだけしかダメなのに……。なんでこんなに恐ろしい魔物に……。助けて、ホープさん助けて……。
「え? いや! 待って! それだけはお願いだから! ダメダメダメ! お願い! 嘘! そんな……もういやぁぁあ……助けてホープさん……」
そんな……私の中に何かが流れ込んでくる……。魔物に出された……。穢されてしまった……。
ごめんなさい、ホープさんごめんなさい。ごめんなさい……。
「うぅ、もういいでしょう……お願いだからこれ以上はやめ――」
え……?
魔物は影から何かを出し、咥えたかと思ったときには私は声を出せなくなっていた。そして激痛が走った。
――魔物が何を咥えているのか、それは剣と呼ぶには小さく、ナイフと呼ぶには大きな刃物であった。それを理解した時にはもう少女は何もできず、ゆっくりと訪れる死を待つことしか出来ない。
そして少女は涙を流し、愛した男を思いながら息絶えるのだった。まさかその愛する男が自身をこの魔物に殺すよう頼んだとは知らずに。
■ □ ■ □ ■
ホープside
僕とエリーは町に帰ってきてそのまま冒険者ギルドに立ち寄る。依頼を完了したと報告するためだ。
「お前たち、今帰って来たのか?」
受付で報告をしていると、ギルドマスターが現れ聞いてきた。
「はい、帰ってきてそのまま立ち寄ったんですけど、どうされました?」
「そうか、依頼の報告は俺がやるから奥の部屋で話そう」
「はぁ、僕は構いませんが、エリーもいい?」
「私も構わん」
僕とエリーは何事かと思い、ギルドマスターの後をついて行き部屋へと通される。
「それでどうしたんだ? また面倒な依頼か?」
「違う。お前たちはアイリという冒険者を知っているな?」
「ああ、今私たちの家で留守番をさせているが、彼女がどうした?」
「一昨日、殺されているところを発見された」
あ、そういえばベンに頼んだんだった。完全に忘れてたよ。多分エリーも忘れてたな。
「どういうことか詳しく聞いてもいいですか?」
「お前たちの借りている家で首を切られている所が発見された。おそらく物取りと出くわしそのまま殺されたのだろうと報告があった。そしてこれはあまり口にしたくはないが、犯されていたそうだ。強盗強姦殺人だ」
「そんな、ひどい……犯人は? 犯人は捕まえたんでしょうね!?」
「落ち着けホープ。犯人は捕まっていない。一切証拠が無いそうだ。目撃情報も無いと聞いた。俺も冒険者達に聞いては見たが誰も知らないそうだ」
そりゃ目撃情報はないだろう。影を移動するベンが誰かに見られるはずはないし、証拠を残すようなヘマをするほどバカでもないからね。
「そう、ですか。もしも、もしも犯人が分かったら僕たちに依頼を下さい。絶対に討伐しますから。お願いします」
「私からも頼む。一応引率をして、数日だが世話もしたからな」
「分かった、その時は【
一生来ることの無い指名依頼の約束を取り付け、その後は今回の依頼の報告と生首の提出をして僕たちは家へと帰る。
発見されたアイリちゃんの遺体は既に燃やされ灰となっていたのでどこかに寄る必要もなかった。
「いやぁ、ギルマスに聞かされた時は焦ったよ。完全に忘れてたからね」
「私もだ。ベンも次の日には私たちの下へ戻ってきていたしな。しかしそうか、ここで死んだのか。縁起もよくなさそうだし引越すか?」
「賞金首の賞金も手に入ったことだしそれもいいかもね」
僕とエリーは新しく借りる家の条件を出し合い、次の日には商業ギルドで鍵を手に入れていた。
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