第10話 コラボ配信・教えてステラ先生!② それぞれの

『そういえば探索者になった理由とかって初めてだっけ?』

『初配信の時言ってなかった?』

『いや、何したいかみたいなのは言ってたけどなった理由は言ってなかった来たする』


 流れるコメントを前に、一つ二つと呼吸をおいて、注目が集まったことによる緊張をほぐそうとするリリ。

 そうしているうちに幾分か落ち着いたのか、口を開いて。


「私、いろんな景色を見るのが好きなんだ」


 白い少女は、その言葉を前置きに語り始める。


「小さい頃からね、お母さんにも呆れられるくらいずぅっと、旅番組とかそういう、いろんな場所のいろんな景色が映るような番組ばっかり見てて。それで見た場所に実際に行きたいなんてわがままも結構言ったりしてた。

 それでね、いつだったかな……ダンジョンの探索を中継してる番組を見たの」


 そこまで言って、リリはかつて見たそれを思い出すように、ほう、と一つ息をこぼす。


「衝撃だった」


 それは彼女にとってよほど心に残る物だったのだろう。焦がれるような彼女のその目に今もその映像が焼き付いていると言わんばかりに、彼女の言葉に熱がこもる。


「今もその映像はよく覚えてる。暗い洞窟の奥に広がる水晶に囲まれた光る湖、空に浮かぶ島、凍りついた森の中に突然現れた炎の大樹……絵本みたいに幻想的で、ダンジョンの外では決して見られないもの。

 私は、そこに自分の足で行って、自分の目で見たいと思った」


 「それが、私が探索者になりたいと思った理由だよ」と言葉を締めくくる彼女。

 彼女の語った内容について、『なるほどね』とか『そういう人もまあまあいるよね』といったコメントが流れるのを見ながら、ステラはコツコツと机を指で叩く。

 なるほど確かに、コメントでも言われている通りそういった理由で探索者を志す人間は、多いと言いはしないが決して少ないというわけでもない。ステラだってそういった探索者には何人か出会ったことはある。

 だが、だ。


「それでは、前回のように死にそうな目にあっても探索者を続けるのもそれが理由でして?」


 ステラは、そこが気にかかった。

 好奇心であったり、あるいは単純な憧れであったりで探索者になったような人は、往々にしてある程度以上の失敗をしたりすればそこで探索者を辞める傾向にある。恐怖心が好奇心を上回るからだ。それは特に元々気の弱い性質の人ほどそうであるだろう。

 そしてステラの見立てでは、このリリという少女はあまり気の強い方ではない。前回助けた時の印象でもそうだし、実際に彼女らの動画を見てみてもそう感じたのだ。

 なのに、言っている理由通りならば彼女はおそらく純粋な好奇心だけで探索者を続けようとしている。ワイバーンに殺されそうな目に遭ってもだ。

 それは、ステラとしては少し不思議なことだった。


「それは……まあ、そうなんだけど。……やっぱりちょっと変かな?」


 ステラの疑問に、すこし困ったように笑いながらそう言うリリ。

 だがその直後、真っ直ぐにステラの方へ向き直るとその表情を変えぬままに、しかし確たる意思を感じさせる目で言葉を続けた。


「でも、憧れは止められないから」

「────へえ」


 面白い、と、口の中でつぶやくステラ。

 なるほど、確かに好奇心で探索者を始めた多くの人は恐怖心によってその歩みを止める。

 だが、その恐怖心を克服するほどに強い好奇心──あるいは執着。それがある者ならば、その歩みを止めることはないだろう。そして、当然死ななければという前提ではあるが、そういった探索者は往々にして


「なるほど、この先いろいろなことがあるでしょうが……そういう理由であるならば、楽しみですわね?」

「え? えっと……えへへ、うん。きっといろんなところに行けるから、楽しみだね」


 はにかむリリとにこやかに笑うステラ。

 同じことを言っているようでどこかすれ違っている二人の言葉、ステラはその違いに気づきはしたが気にすることではないと切り捨て視線を残った二人に向ける。


「ええ、リリさんの理由はわかりました。ほかのお二人も聞いてもよろしくて?」

「そんじゃ次はウチがいくわ。いうてもそこまで面白い理由でもないけどな」


 それに応えたのは藍色がイメージカラーとなっている少女、関西弁が特徴的なハルカだった。


「ウチな、両親が探索者やねん。そんでまあちっこいころからなんとなーく自分も探索者なるんやろなぁって思っててな」

「それで、そのまま大きくなって探索者になろうと?」

「そそ。そういうこと。そんでダンジョンライバーのオーディションに受かって、ここでデビューしたってワケ」


『あー、親が探索者だったパターンね』

『結構聞くよね』

『俺の友達もそうだったわ』


 両親が探索者だったから自分も探索者になる。コメントでも言われているが、これも探索者を志す理由としてはかなりオーソドックスなものだ。親の職業に憧れる子というのはどのような職種であっても一定以上いるものだし、それは探索者であっても同じというのは言うまでもあるまい。

 そんな、言ってしまえばありふれた理由で探索者を志した彼女は「でもなー」とちょっと困ったように笑った。


「まさかなー、ダンジョンデビューであんなことなるとは思わんかったからなー。あれは困った困った、父ちゃんも母ちゃんもめっちゃくちゃ心配してくるしな。まあそうは言うてもウチ、初手で気絶してもーたから全然覚えてないんやけど」


 そういって彼女は「たはー」と笑う。

 彼女自身はあくまでも軽快に言っているが、彼女の両親はそれはもう気が気ではなかっただろうと思う。自分の娘が、それも初探索であんな状況に陥ったのだから心配してもし足りなかっただろう。

 娘のダンジョン配信を見ていないわけがなかったであろうし、さぞ画面の前は大騒ぎだったろうことを思いステラは苦笑いした。


「あー、まあだぁいぶ不幸ですわよね、あれは」


『本当にそう』

『これ本人もそうだけど、親御さんもよく探索者続けるの許したよな……』

『俺が親だったら耐えられない自信がある』


 流れてくるコメントに「いやまあ親にも止められたんやけどね」と返しながらも「でもな」と言葉を続ける。


「悔しいやろ。やられっぱなしで終わりってのは」


 ステラを真っ直ぐと見据えて発したその言葉。

 そういった彼女の目は、貪欲どんよくな光を宿していた。


「悔しい、でして?」

「せや。やってそうやろ、これから始めてくーってとこであんな横やりで全部おしまいになるなんて、そんなんありえへんわ。こちとらちっさいころから探索者なる思って練習とか勉強とかしとったんやで?」


 言いながら、「ハッ」と吐き捨てるように笑うハルカ。その笑みはひどく獰猛で、あるいは獲物を狩ろうとする猛獣のそれに似たその笑い方に、なるほどとステラは頷く。


「そのうちあのワイバーンも殴り倒したる。そのためにも探索者やめるってのは無しやった。これがウチが続ける理由や」


 「これ以外もなんかあった方がええか?」と締めくくった彼女に、「いえ、結構ですわ」と返すステラ。

 負けん気の強さ。それが彼女が探索者を続けようとしている理由で、きっとこれから彼女の武器となっていくものなのだろう。


「ま、理解はいたしましたわ。強い気持ちというのは苦難に相対したときに前に進むためのしるべとなるものですから、その思いを忘れぬように歩むことですわね」

「お、おお……なんかそれっぽいこと言うやん……」


『なんかよく聞く言葉だけど、Aランクの人が言うと説得力が違うな』

『やっぱステラさんもそういう強い気持ちでやってたんだろうしな』

『経験から来る言葉って感じするわ』


 ハルカとコメントの反応に満足そうに笑うステラ。ちなみに彼の言葉には深い意味とかそういうものは全くなく、口からパッと出た言葉をそのまま言っているだけだったりする。割と適当なのは彼自身も自覚しているところである。


「それで、最後ですが」

「あ、は、はい、私ですね!」


 ボロが出る前にステラが残った一人に視線を向けると、最後の一人である彼女、ヒナは先ほどまで完全に聞き手の体勢だったのを慌てて正す。

 そしてコホンと一つ咳払い。話始める準備を整えると、口を開いて。


「実は私……探索者になったの、なんか楽しそうだったからってだけで別に深い理由とかないです!」


 元気よく彼女の口から出たそんな言葉に、ステラは「あらま」と目を丸くした。


「いや、ないんかーい!」

「う、うーん……まあそういう人もいるとは思うけど、ヒナちゃん正直だぁ……」


 そしてヒナの言葉に思わず突っ込むハルカと、苦笑いするリリ。

 コメント欄の反応も『うーん正直でよろしい』『かわいい』『理由なくて草』『ないんかw』とまあ突っ込んだりなんだったりといろいろである。

 そんな、弛緩したと言えばいいか、どことなくアホの子を見るような空気になっていることに気づいたヒナが、わたわたと慌てたように言葉を付け足す。


「あ、いやいやいや、もちろん、もちろん続けていく方にはちゃーんとした理由はありますよ! そういうのを話す場ですもんね! はい!」


 ふんすと鼻息荒く、やたらに気合の入ったその言葉に「ほんまか~?」と茶々を入れるハルカ。それに対し「本当ですよっ!」と返したヒナは、輝く瞳をステラへと向けた。

 そして「あのですね」と一言クッションを置いて。


「私、ステラさんみたいになりたいんです!」


 きらきらと、憧憬に満ちた目を輝かせたままにそう言った。


「──それはつまり、貴女もゴスロリドレス姿でダンジョンに潜れるようになりたい、と」

「いやそっちじゃないですよ!?」


 その言葉を聞いたステラが真っ先に思い至ったその可能性を、慌ててヒナは否定する。「え、に、似合うと思うんだけど……」というリリの言葉にも「いや嬉しいけど違うからね!?」とツッコミを入れ、改めてステラに向き直る。


「えっとですね。ほら、小鬼の巣穴ゴブリンズネストでワイバーンに襲われたときに、ステラさんが間一髪で助けてくれたじゃないですか」

「ええ、そうですわね」

「あの時。助けに来てくれたステラさんが、とっても格好よく見えて」


 そこで一呼吸置き、「だから」とヒナは言葉を続ける。


「わたし、ステラさんみたいな、ヒーローみたいに人を助けられるような、そんな人になりたいんです!」


 「それが探索者を続けたいと思った理由です!」と締めくくる彼女。

 その言葉に『てぇてぇ』『タワー』『関係性……』となにやら見出しているコメントたちを、しかしステラは視界に入れることなく先ほどのヒナの言葉を反芻する。


「ヒーロー、か」


 そうだったらよかったのにな。口の中でだけそうつぶやいた彼は、しかしそれを目の前のじゃれ合う三人に気づかれる前に、にこやかに一つ笑って改めて口を開く。


「では、しっかり強くなりませんとね。力が無ければヒーローなんて夢のまた夢ですもの」

「はい! 頑張ります!」


 ステラのかけた言葉に、ニコニコと笑顔でそう答えるヒナ。

 その笑顔に頷いてステラが「さて」と話を切り替えようとすると、その前にリリがステラに声をかけた。


「ち、ちなみに、なんだけど。ステラさんが探索者になった理由って、聞いても良い……?」


 ステラが探索者になった理由。その言葉を聞いた瞬間、一つの光景が彼の脳裏に過ぎる。

 それは、まだ彼が幼かった昔の記憶。


──燃え盛る街の中を走る、二人の少年と一人の少女。

──街中を我が物顔で闊歩する怪物。

──何かの塊から滴り落ちる、赤黒い液体。


 幻視したそれを、しかし何事もなかったように振り払うとステラは肩をすくめる。


「ちょっとよく覚えてないですわね。なにせはるか昔のことですので!

 まあ、子供らしい理由だったような気はいたしますけれども」


 そうおどけたように言った彼に、リリは「そっかぁ」と少し残念そうに肩を落とした。見ればヒナとハルカも聞いてみたかったと顔に書いてあるような表情をしているが、そんな彼女たちに「忘れたものはもう仕方ないですわ!」と言い張ってステラはパン、と一つ手を叩く。


「さて、それでは良い感じにお互いのこともわかったところで!

 早速というには少々遅い気もいたしますが、授業の方を始めてまいりますわよ!」


 そして続けたその言葉に、三人は少々不満そうに「は~い」と答えた。

 

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