第8話 ライバー事務所と

前書き


一部キャラクターの名称を変更しました。

ご確認下さい。


『カリン』→『ヒナ』


以下本編です

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「……っていうわけで、向こうの出方次第ではマジでまた女装配信をすることになる……!」


 昨日のアメリアとの話し合いについて説明し終えたたソラは、自棄になったように「へへへ」と笑いながらそんなことを言う。

 そんなソラを見て、リクトはなるほどと頷くと一言。


「じゃ、またスミレにメイク頼まないとね!」

「お前よりによって真っ先に出る感想がそれ???」


 とても良い笑顔で死刑宣告に似たことをのたまうリクトに、呆れを多分に含んだ顔でソラが白い目を向ける。

 だがその視線に「え、それ以外なんかある?」と逆に不思議そうな顔を見せながら、リクトは端末でどこかにメッセージを送信しているようだった。


「いや待てお前、ノータイムでメッセ送ることあるか普通? まだやるって決まってないのに?」

「大丈夫、配信しなくても女装だけすれば良いから」

「正気???」


 そう言い合いながらソラがリクトを止めようとするもリクトの行動はソラが思ったよりもだいぶ早く、気がついた時にはもうメッセージの送信は終わっていた。

 しかも送った先の相手の確認も早い。小競り合いの末に奪った端末の画面にはメッセージを既読したマークと、そして「OK!」という文字を掲げた可愛らしいクマのスタンプが映っていた。

 それを見て「オッケーじゃねえよなぁこいつもさぁ!」となじるように吐き捨てるソラに、リクトはとても楽し気にグッとサムズアップする。


「やったねソラ、また女装できるよ!」

「よし分かったてめえもここで女装させてやる、そこに直れ」


 先ほどから、というより昨日からの一連の流れに我慢の限界が来たのだろう。あるいは自分ばかり女装するのが嫌になったか。据わった目でどこからともなく銀髪のウィッグ(昨日ソラが使ったもの)を取り出したソラは、それをリクトに被せようとする。

 しかしリクトも「僕がしたいとは言ってないんだよね!」などと反論しながらそのウィッグを避ける。だがそこへソラがさらに追撃し、そのまま熾烈な争いを繰り広げる二人。周りの生徒もなんだなんだとチラ見はしたものの、この二人がじゃれ合うのはいつものことなのか、誰も止めようとはせずすぐに日常へ戻っていく。

 そのままだれにも止められぬまま争うこと数分間。


「スッテラちゃーん、昨日は楽しかったっす……いや先輩ら、二人して何やってんすか?」


 昨日のことをからかいに来たミウが不思議そうな顔で二人にそう言った時には、見事銀髪ロングとなったリクトとなぜか制服が脱げかけ肩がはだけているソラの二人は、ぜーはーぜーはーと肩で息をしていた。ちなみに床には昨日ソラが来ていたゴスロリドレスも落ちている。なぜソラの制服が脱げかけなのか、それでなんとなく察するものもあるかもしれない。


「こいつも女装したいっていうからさぁ! させてやろうと思って協力してんだよな!」

「また女装ダンジョン配信したいって言ってたのはソラじゃん!」

「したいとは一言も言ってねえが!?」

「僕も女装したいとか言ってないけど!!?」


 そして相も変わらず言い争う二人に、ミウは一瞬ぽかんとした表情を見せるもすぐにポンと一つ手を叩いて。


「あっ、じゃあリクト先輩用の女装衣装も持ってきましょうか? ちょうどいいの用意してあるんすよ!」

「「なんだって????」」


 ニコニコとした笑顔で、二人には理解しがたいことを言った。


「いやーセンパイは確かに顔は美人系なんすけど、どうにも体全体が筋肉質なせいで露出の多い服だと女の子らしくするのはなかなか難しいなって思ってたんすよ。いろいろ着せたいのはあるんすけどねー……。でもその点リクト先輩は顔立ち私に似てるかわいい系ですし全体的に細身で肌も真っ白なんで、もっと露出していってもまあまあ行けそうだしなんで。こう、いろいろ着せてみたいなって」

「ひぇっ……」

「え、なにこいつ……」


 さらにつらつらとそんな言葉を並べるミウに、リクトとソラは戦慄を隠すことができない。

 前からずっと狙われていたのだ。それを今知ってしまった。というかこれ放っておいたら今すぐにでも女装させられるのではないだろうか。二人の直感は、このままこの話を続けていたら確実にそうなるだろうということを感じ取っていた。

 この話を長引かせるのはマズい。その認識を共通させた二人は、話を逸らすべく別の話題を持ち出す。


「あー、そういえばソラ? さっきの話の続きなんだけど、結局あっちはなんて言ってるの?」

「あーうん、それな。アメリアさん経由で向こうの事務所で話しましょうっつって連絡はしてて、それはまあそうなったんだけど日程については実はまだ返信待ちでさ。そろそろ来てもいいかなぁとは思ってんだけど」

「お? なになに、何の話っすか?」


 よし食いついた。

 二人はそう言わんばかりに目と目だけでお互いのファインプレーを称え合うと、先ほどソラが話していたアメリアとの会話について改めてミウにも話す。

 その話にミウは、あーそういえば、と軽く何かを思い出したような素振りを見せた。


「ここ最近アメリアさんがなんか忙しそうにしてた理由、それっすかね?」

治安維持隊うちの先輩たちも技研からの解析結果がどうのこうのみたいなこと言ってたし、多分そうじゃないかな」

「ってかミウはなんも聞いてなかったのか」

「いや、聞いてはみてたんすけどその時は『もうちょっと情報がまとまったら教えるわ』って言われて、そのまんまだったっすね」


 「つうかそのまま私が忘れてたんすけど!」と笑うミウ。

 それを呆れたような目で見るソラと仕方ないなと苦笑するリクトであったが、そこで突然ソラの携帯端末からメッセージの着信を知らせる音が鳴る。

 確認してみると、どうやら件のライバー事務所からのメッセージが届いたようであった。


「お、噂をすればってやつかな」

「さっき言ってた話し合いの日程の連絡っすか?」

「ああ、みたいだな。えーっと……」


 アプリを開いてメッセージを確認。

 そして「こんなすぐ都合つくのか、すげえな」とつぶやくと、ソラは二人にも見えるように端末の画面を向けて。


「今日の放課後、向こうの事務所行ってくるわ」


 そう言った。




 その日の放課後。

 ソラが約束通りにライバー事務所『アンサンブラーズ』のテナントのあるビルに着くと、助けた三人組のマネージャーであるアスカがソラのことを出迎えた。

 近寄ってくる時には笑顔だった彼女は、昨日とは打って変わって普通の男子高校生の制服を着たソラを見て、不思議なものを見たような、きょとんとした顔をする。


「アメリアさんからメッセージでうかがってはいましたけど、本当に男の子なんですねぇ。でもステラさんの面影もあります……人間の神秘を感じますね……」


 そして彼女はその顔のまましみじみとそう口にした。

 だがやっぱりなにか釈然としないのか、「うーん?」と首を捻ってアスカはソラに一つ質問をする。


「ちなみに実は昨日会ったステラさんは貴方のご家族か何かで、アメリアさんと口裏合わせ手ステラさんのふりをしてここに来てたりは……」

「しない、っすね。いやあれが俺じゃなかったならそれはそれでよかったんですけど。残念ながらステラは女装した俺だったんで……」

「あー、そうですかぁ……まあ、技研の支部長さんがそんなしょうもない嘘つかないですよね。そっか、アメリアさんの言う通りなのかぁ……えー、でもあんな美人な子が男の子、男の子だったかぁ……」


 ソラの答えに、アスカはとりあえず飲み込むことにしたものの、やはりどこか釈然としないようだった。

 だがその気持ちは理解できないものではないだろう。なにせ昨日出会ったとき、ソラは随分と気合の入った女装をしていた上に声も魔法道具で女性のそれにしていたせいで完全に女の人にしか見えなかったのだ。それが実は男です、などと言われては困惑するだろうし、実際に見ても納得するのはまあまあ難しいというものだ。

 だがいつまでもそうやって困惑したままでいても仕方がないだろう。アスカは切り替えるように少し首を振ると、最初に近寄って来た時と同じようににこりと笑ってみせる。


「とりあえず、移動しましょうか。応接室を押さえてあるので、詳しい話はそちらでしましょう」

「うす、わかりました」


 そう言った彼女が案内したのは、おそらく上質であろう木製の机を挟むように革張りのソファが二つ置かれた部屋。

 促されてソラがソファに座ると、その対面にアスカが腰を掛け頭を下げる。


「まず最初に。昨日は、うちに所属しているライバーたちを助けていただきありがとうございました。貴方がいなければどうなっていたことか……本当に、感謝の言葉しかありません」

「いやまあ、たまたま通りかかっただけなんでそれは本当にいいんすけど。俺としてもそんな手間だったわけでもないですし」

「いえ、そういうわけにはいきません。貴方がいなければあの四人は本当に死んでしまっていました。いくらお礼をしても足りないくらいです」


 言ってもう一度深々と頭を下げるアスカ。

 熱心に礼をするその姿に多少の照れが出たのか頬を少し赤くしたソラは、「それで本題なんですけど」と話を逸らすように話題を変える。


「えっと、一応アメリアさんの方からある程度の話は行ってると思うんですけど……」

「あ、はい。えーっと、アメリアさんからうかがった限りでは、弊社に所属する探索者兼ライバーのダンジョン探索に同行したい、という話でしたが」


 話題を変えたソラに乗って言葉を返すも、「実は詳しい話は全然聞いていなくて」と少し困ったようにするアスカ。

 それを聞いて、ソラは顔をしかめる。


「……ちなみに、どういう理由で同行する話になったかみたいなのって聞いてます?」

「いえ、そのあたりは本人から聞いてくれと……あとその、なんていうか、配信に入れるなら是非女装させて配信させてやってくれとかなんとか……」

「何言ってんだあの女????」


 彼女の答えに、ソラはとても渋い顔をした。

 「くそ、わざとめんどくさいことしやがったか」と、そう言って呟いたソラはため息を一つこぼして学生鞄の中から資料の束を取り出す。

 それは、昨日アメリアから受け取ったイレギュラー・エンカウント事件についての資料だった。


「とりあえず一旦これを見てみてほしいんですけど」

「これは?」

「技研が企業連の治安維持隊から解析依頼を受けてた、とある事件の調査報告書なんですけど。まあ詳しいことは一通り目を通してからってことで」


 そう言って手渡された資料にアスカは一通り目を通して、目を見開く。


「これ、もしかして昨日のワイバーンの件の?」

「ええ、あれも多分関係があるやつ、ってアメリアさんは言ってましたね」


 驚いている彼女にそう答えると、ソラは昨日アメリアから聞いた話をアスカにも説明する。

 その説明を聞いていたアスカは、最初はただ純粋に驚いていただけだったようだが人為的な事件である可能性についての話が出てきたあたりで顔をしかめ、すべてのすべての説明が終わったころには睨むように資料の内容を熟読していた。


「まあ、そういうわけでアメリアさんからこちらのライバーの方と一緒にダンジョンに潜るように、と、そういう話が出たわけです。もちろんそちらが良かったらの話なんですけど」

「なる、ほど」


 ソラの言葉になんとかという風に返事をするアスカ。彼女は眉間に寄ったしわをほぐすように揉みながら、「ふう」とため息をつき資料を閉じてソラの顔を正面から見る。


「それはつまり。うちのライバーを囮として使う、と、そういう理解でいいでしょうか」

「少なくともアメリアさんはそういう方向でも考えているとは思います。俺としては一人で調査する方が気軽ではあるんすけど……」


 そう答えはしたものの、ソラとしても自分だけで低ランクダンジョンに潜るよりも、ランクの低いの探索者が一緒にいた方が都合がいいことがあることはわかっている。少なくとも高位の探索者が一人で潜るよりも、一緒に新人がいた方が引率かなにかと思われるため低ランクダンジョンにいる理由を疑われる可能性が低く、もしいるとするならば犯人も油断はしやすいだろう。

 だからこそ新人と同行して事件の調査をする、という方法自体を彼は否定はしないのだ。

 だが、それに付き合わされる新人としては、必要のない危険に巻き込まれる可能性があるのだからたまったものではない、というのもソラはわかっているつもりだった。だからこそ、一人で動く方が気が楽だと言っているのである。

 そして新人、それも自分の事務所に所属するライバーを危険に巻き込みたくないというのは当然マネージャーである彼女も思っている。しかし、何か別にも思うところがあるのだろうか、即座に否定することもない。

 そのまま悩むアスカを待って沈黙すること数分。

 姿勢を正した彼女は、覚悟を決めたような顔で口を開いた。


「条件があります」

「条件?」


 そうして出たアスカのその言葉に、断るものだと思っていたソラは眉をひそめた。

 そんなソラを正面から見据えながら、彼女はそのまま言葉を続ける。


「まず一つ目。調査のためにダンジョンに侵入する際、その状況をうちのライバーのチャンネルで配信させてもらいます」

「配信、っすか」

「はい。……こう言っては不謹慎ですが、事件の調査であるならイレギュラー・エンカウントがまた起こるかもしれませんし……そうした状況を配信出来たのなら、それは再生数が伸びることにもつながるでしょう」


 その言葉にソラは「なるほど」と頷く。

 ダンジョン配信を見る人の中にはダンジョンの中のスリルを見たい、という層も確実にあるし、それは決して少なくない数であると言えるだろう。

 そんな中、危険度が非常に高いイレギュラー・エンカウントを映した動画があるのならそれは再生数が多くなるだろうし、配信者としてそれが旨味になるというのは当然わかることだ。


「二つ目。その配信の際、あなたには『ステラ』として出演してもらい、かつ本来の性別が男性であること……すなわち、女装してダンジョンに潜っているということを公表してもらいます」

「えっ」


 「アメリアさんにもあなたに女装をさせてくれと言われてますしね」なんて言葉を添えながら提示されたその二つ目の条件、特にその後半部分はソラにとっては少し理解の難しいものだった。

 ステラとして出演するのは……まあ、今の彼女というか彼というかの話題性から考えても妥当だろう。自分がマネージャーでもそれを条件に出すのは間違いない。ソラとしては非常に不服ではあるが。

 だが後半。男性であることを公表してしまうのは、女性ライバーとの共演ということを考えると炎上などのトラブルにつながるのではとソラは疑問に思ったのだ。


「あの、ステラとして出るのはまあわかるんすけど、性別を公表ってのはどういう理由で……? 女性ライバーと男が共演って、厄介ファンとかそういうのがうるさそうじゃないですか?」


 だからこそのその質問に、アスカは「まあ、そういう一面もありますが」と言ってそのまま答える。


「むしろ、女性として出演していた人間が本当は男だった、という方が炎上理由としては考えられますし……それに」


 そこで一拍間を置いたアスカはにっこりと笑って口を開く。


「あれほどの美人が女装男子であるという事実。正直、動画のネタとしてとても美味しいので、逃す手はないです」


 彼女の言ったその答えに、ソラは顔を引きつらせた。

 確かに彼自身も『ステラ』となったを見て美人だと思ったが、まさかそのことと自分が男であるという事実を合わせて利用されるとは思ってもみなかったのだ。

 だがしかし、言っていること自体は理解できるので「な、なるほどね……」と顔を引きつらせたまま無理矢理に自分を納得させたようだった。

 そんな彼を見て笑っていた顔を、再度引き締め真面目な表情となったアスカがもう一度口を開く。


「そして三つ目。これが最後の条件です」


 その言葉に、ソラの方も顔を引き締めて話を聞く姿勢を整える。

 それを確認したアスカは、その言葉の続きを口にした。


「うちのライバーを……絶対に、守ってください。貴方のできうる限りで、可能なら傷一つ付けずに」


 そうして出された三つ目の条件。

 その真摯な言葉にソラは頷くと、安心させるように笑って答えた。


「任せてください。俺、こう見えて結構強いんで!」

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