第5話 翼竜討伐

前書き


一部キャラクターの名称を変更しました。

ご確認下さい。


『カリン』→『ヒナ』


以下本編です

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「しかしそれにしても……洞窟にワイバーン、か」


 ステラは、今しがた自身が蹴り飛ばした相手を見据えてぽつりと呟く。完全にお嬢様風言葉が抜けてしまっているが、今自身が覚えている違和感もあってか現在配信をしているということは忘れてしまったのだろう。

 その声音には多分に疑問が含まれているが、しかし今はその疑問を深堀りする時ではない。彼もそう思いなおしたということは、一瞬後ろの少女たちの不安がる視線をちらりと確認してからすぐワイバーンに向き直ったことからもわかる。

 しかし、脅威となるモンスターたるワイバーンと対峙しているにも関わらず、ハルバードを持った手をだらりと下げつつワイバーンを遠巻きにしながら歩く彼からは一切の緊張が読み取れない。そのあり様は、ゴブリン達を相手にしていた時と同程度に自然体で、ある種隙だらけのように見えるかもしれない。

 だが、自然体でいるということと気を抜いているということはイコールではない。それどころか、この状態でこそ彼は完全な臨戦態勢となっているのである。

 歩いて移動するのは、後ろにいる傷ついた少女たちが万が一にも巻き込まれることが無いように射線から外すため。ワイバーンを見る目は一切逸らされることなくその一挙手一投足を見逃さない。だらりと下ろされたその腕は、しかしいざとなれば即座に反応できるように意識的に脱力されたものだ。

 彼の一目しただけでは構えているように見えないそれは、その実相手がどのように動こうとも即座に対応できるよう編み出した構えの一つだった。

 そんなステラに対して蹴り飛ばされたワイバーンの方はといえば、パラパラと壁から自身に落ちてくる石片を振り払い、その凶暴さを隠さない目でステラを睨みつけていた。


「GRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAHHHHHHHH!!!!!!」


 そして、その怪物は睨みつける目をそのままに咆哮を一つ上げる。


 ──竜の咆哮ドラゴンハウル


 一部のモンスターが使用する、マナの込められた音による魔法攻撃の中でも特に竜種、亜竜種が使用するものをそう呼ぶ。

 広い範囲に効果のある魔法で主に敵対する相手をひるませるために使用されるものであり、弱いものを相手に使えばそれだけで意識を失いかねないような攻撃手段でもある。

 蹴り飛ばされた恨みと怒りが込められているということがありありとわかるその咆哮を、しかしステラは少し鬱陶しそうに顔をしかめただけであまり効果があった様子もなく涼しい顔で流してしまった。

 そして、一瞬の静寂。

 緊張を孕んだそれは、直後に鳴った土を蹴る音によって破られる。


 先に動いたのは、ステラだ。


「シッ────!」


 鋭く息を吐いて、一息にワイバーンとの距離を詰めた彼は走る勢いをそのままに、掬い上げるようにハルバードを振り上げる。

 勢いよく振るわれたその斬撃は、突如として目の前に現れたステラに面食らっているワイバーンの脚部を切り裂きそのまま顔面まで迫っていく。

 だが、ワイバーンの方もそれをそのまま大人しく待っているはずもなく。


「ガァァアアアアアア!!!!」

「浅いっ……!」


 振りぬいたハルバードが敵の頬を掠めるも、翼を大きくはためかせて後ろに引いたワイバーンの鱗一枚削れる程度にしか当たらず血液一滴流れることはない。

 その事実に、ステラは舌打ちを一つ。だが勢いを殺すことなく追撃を仕掛けようと、もう一歩踏み込んでまたハルバードを打ち込もうとする。

 しかし、今度はワイバーンの方が早い。

 羽ばたいて上昇したワイバーンは大きく息を吸い、そして灼熱の炎を吐き出す。


 炎の吐息ファイアブレス

 自らめがけて襲い掛かってくる炎に、だがステラは慌てることはない。


「『炸裂explosion』」

「ガフッ!!?」


 彼の発した力ある言葉と共に、炎を吐くワイバーンの目の前で爆発が巻き起こる。

 その爆風はまき散らされるはずだった炎を霧散させ、同時にその閃光と衝撃はワイバーンにもダメージを与えた。

 眼前で閃光弾のように爆ぜたマナに目がくらみ、バタバタと翼をばたつかせてしまったワイバーンは飛行状態を維持できずにもんどりうって叩きつけられるように地面に落ちてゆく。

 そして、そうしてできた隙を彼は当然のように見逃さない。


「墜ちろ、トカゲェ!」


 強く地を蹴って跳躍しワイバーンの上を取ると、ステラは上から叩きつけるように大きくハルバードを振り下ろす。

 弧を描くハルバードは甲高い金属音をたてながらワイバーンの脳天へと落ち……しかし強固な鱗を貫くことができず、その刃は強い衝撃で砕け散ってしまう。


「って、やっぱ適当な安物じゃワイバーンの鱗はダメかいやそうだよな知ってた!!!!」


 それを見たステラは矛先の斧部分が砕け散ったハルバードを投げ捨て、大きく後ろへと飛び退く。

 瞬間、直前までステラがいた場所を、ブォンという鈍い風切り音を立てて太い何かが通り過ぎた。


「っぶねー……っていうか結構元気に動くなこいつ」


 ワイバーンの尾だ。

 頭を叩かれたことにとっさに反撃に出たのだろう戦槌のように振るったそれが、しかし空振ったことによってワイバーンはたたらを踏む。

 いや、それ以前に空中から地面に落ちた上に頭に強い衝撃を受けているのだ。ダメージが抜けきっていない今、そもそもまともな姿勢を取ることもおぼついていない。

 もうしばらくはまともに動くこともないだろう。そんなふらついているワイバーンに照準を合わせるように右手を突き出してワイバーンに手のひらを向け、ステラは不敵に笑った。


「まあ、どっちにしろこれで終いだ」


 そして口に出したのは、そんな自信に満ちた言葉。

 そう言った直後にステラの銀糸の髪がふわりと重力を失ったように浮かび上がる。

 彼からマナが放出されたことによって起きた現象だ。

 そうして浮かび上がる髪先が肩に届こうとした、その時。


「『収束convergence』『形成formation』」


 紡がれた言葉によって、放出されたマナが形を成す。

 それは光を押し固めたような刃となって、ステラの眼前に浮かび上がった。

 魔法剣マナ・ブレイド

 マナを集め、刃と成して敵を切り裂くための魔法。

 その切っ先が狙うのは目の前で体勢を立て直し今にもまた飛び上がろうとするワイバーンの、その首だ。

 狙われていることに気づいたのだろう。ワイバーンは勢いよく頭を振ると「グルルルル」と唸り声を上げながらそのまま姿勢を低く下げ、大きく翼を広げる。

 そして一つ二つ羽ばたいて、今まさにかの亜竜が飛び立とうとした瞬間。ステラはもう一度口を開いた。


「『射出shoot』」


 その言葉と共に、マナの刃が放たれた。

 その刃は、正確にワイバーンの首目掛けて飛んでいくが、だがワイバーンもそれが当たるまで大人しく待っているわけがない。自らに迫ってくるそれを避けようと、もう一つ大きく羽ばたいて横に退避しようとする。

 だが。


「させるかよ」


 ステラが、開いていた手をグッと握りしめる。

 そしてその動きに合わせるように、マナの刃もその軌道を変えた。首に直進していた刃が、その場で大きく弧を描くように回転したのだ。

 そしてその回転の軌道上には、ワイバーンの首。

 マナの刃はその鋭さをもって鱗を貫き、そのまま首を叩き落した。

 切り落とされた首はそのまま地面に落ち、首から先のなくなったその体はズシンという大きな音を立て、地面に崩れ落ちる。


 その、マナの刃によるその一撃でもって、ワイバーンは絶命した。


「っし、いっちょうあがりーっと……? ……あっ」


 そしてそれを成したステラは、言いながらグッと腕を掲げようとして、視界の端に映ったものに気づく。

 カメラ。

 そう、配信中のカメラだった。

 「あっ、やべっ」という呟きと共に冷や汗をかきながら、ステラはコホンと一つ咳払いをして。


「ワイバーン討伐、完了ですわ!」


 きらっ、という擬音でも聞こえてきそうなにこやかな笑顔で、誤魔化すようにそう言い直した。

 なお、多分というか確実に、もうかなり手遅れだった。





「すごい……」


 目の前で倒れ行くワイバーンを見て、ヒナはそう呟く。

 そこにあったのは、感嘆。

 そして、自分などよりはるかに頼りになる先輩が手も足も出なかった相手をいとも容易く倒してしまったその人物に対する、敬意の念だった。


「……あっ、そうだ先輩! 先輩は……よかった、息はあるみたい……」


 だが、今の状況を思えばいつまでも見とれてはいられないだろう。

 ハッと思い出したように彼女はシオンの容態を確認すると、命に別条がなさそうであると知ってホッと胸をなでおろした。

 次の瞬間。


「ひなぢゃ~ん!!!! ぶじでよがっだよお~~~~~!!!!」

「うわぶっ!!?」


 彼女は突如飛び込んできた柔らかい何かに押し倒されてしまう。

 それは、先ほどまでハルカの様子を見ていたリリであった。

 顔がべしゃべしゃになるくらい涙とかいろいろなものを垂れ流しながら泣いている彼女が、ヒナを抱きかかえるように飛びついてきたのだ。


「うぃ、いい!? むえ! むええおうう! おううえいあい!!」

「ひなぢゃんがぁ! どびごんでいっだがらじんじゃうがどおもっでぇ!! わだじ、わだじぃ……!!!」


 彼女自身は持ちえないなんかでかくて柔らかい何かに顔をロックされたヒナは、ぺしぺしとリリの肩を叩きながら何事かを訴える。だが、顔がその丸いでかい餅みたいな何かに埋もれている状態で発した彼女の言葉は理解できる発音になっていないし、そもそもその言葉自体リリが聞いている様子はなかった。

 リリの方はリリの方で大声で何か言っているものの、べしょべしょと泣きながらのその言葉はやはりちゃんとした発音になっておらず。結果としてなんかわからない発音で会話になっていない言葉を交わす二人がそこに存在した。


「あの、あなた方大丈夫……そうですわね、うん」


 そこに近づく銀色の人影。

 ワイバーンの遺体はとりあえず置いておくことにして、先に要救助者っぽかった少女たちの様子を確認しに来たステラだった。

 ステラは、べしょべしょと泣きながらなんかわめいている少女とその胸に埋もれながら抜け出そうとあがいている少女を見ながら苦笑する。

 そして、まあ放っておいても大丈夫そうだとジタバタと暴れる彼女たちから視線を外して、横の気絶している少女と、少し離れた場所にいるこれまた意識のない少女の姿を確認する。

 その両方の胸が上下している……すなわち、呼吸をちゃんとしているということを確認すると、とりあえず話を聞こうと視線を戻そうとして。

 ふと、落ちている板のような何かに気づいた。


「あら、これは何かし……わお」


 その板を拾いそれが何なのかを確認したステラは、驚いたように目を見開く。


『みんな無事っぽい!』

『よかった、助かった……』

『めちゃめちゃ事故るところだったじゃん!』

『てかこの人誰?』

『強すぎワロリンヌ』

『抱き合うヒナちゃんとリリちゃんてぇてぇ……』

『つかこの人なんでゴスロリドレスでダンジョン潜ってんだ……?』

『さっきこの人チンピラみたいな言葉遣いしてなかった????』

『ワイバーンを一人であんな簡単に倒せる人がなんでここにいるんだ』

『ありがとう、ありがとう謎のお嬢様……』

『ってかこの人も横にカメラとタブレットっぽいのあるし、配信者か?』


 その板は、配信画面を確認するための端末であり、そしてコメントを確認するためのものでもあった。

 画面をとても速い速度で流れるコメント欄から目を逸らして同時接続人数を確認してみたところ、その数字は五桁に上る。

 そして自分の顔の横にある端末の数字を確認すると、そっちの人数は相変わらず二桁行くか行かないか。

 そこまで自身の目で見て確認して、ステラは端末を持ったまま天を仰ぐ。

 つまり、このタブレット端末はヒナたちのものであり、それが何を指すかというと。


「こぉれぇはわたくしぃ……なんか有名な配信者さんっぽい人の配信に、映り込んでしまいましたわねぇ……???? やっ、ちまいましたかしら……???????」


 つまるところ、そういうことであった。

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