第7話 束の間の安息

 獲物の持ち帰りはかなりの重労働で、帰る頃には腹ペコになっていた。


「今日の夕食は楽しみだな」


「楽しみ、ですか。それならよいのですが」


 カナリアにしては煮え切らない反応だった。表情をよく観察するとなんだか解せないという面持ちのように見える。


 そこではたと気づく。


「そうか。カナリアは食事がいらないんだったか」


「そうですね。私にとって食事に該当するのは魔力の充填です。なので、それが楽しいという感覚は私には理解しかねます」


 時々カナリアがゴーレムであるということをつい忘れてしまいそうになる。


「一緒に食べたら分かるに違いないんだが、なんかもどかしいな」


 共に危険を乗り越えて手に入れた食材を一緒に食べれないのは、やはりちょっと寂しい。

 そんな俺の思いとは裏腹に、カナリアはさほど興味もなさそうな顔で振り返る。


「お気になさらず。では私は食事の準備をしますので、しばらく休んでいてください。できたらお呼びします」


 まてよ。一緒に食べれなくてもできることはあるじゃないか。


「カナリア、今日は俺も料理を手伝うよ。2人で取って来た食材なんだし、せっかくだから最高の料理に仕上げよう。それに、今まで作ってくれたお礼もしたいしな」


 カナリアは少し驚いたように目を見張った。


「……そうですか。でしたら、こちらへ来てください」



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 というわけで、2人で夕食の準備をすることになった。

 ただ正直俺は料理が得意ではないから、教わりながらおっかなびっくり下ごしらえをやっていく。


「こんな感じでいいか?」


 切った食材を見せてカナリアに問いかけると、彼女は少し思い迷うように間をおいて答えた。


「私は大きいと思います。ただ、1口で食べられないほどではないのでお好みでよろしいかと」


「分かった。じゃあこのままで行こう。多少でかい方が食べ応えありそうだしな」


「はい。では次の工程に移りましょう」


 続いて調理を俺が行い、カナリアが手早く味付けを進めていく。


「誰かと協力して作るのは初めてなので味付けに自信がありません。味見をしていただけると私としては助かります。私にはできないので」


 隣でカナリアが上目遣いでそう告げる。

 言われるまま、1口味見して思わず声を出す。


「うん、うまい!」


「そうですか。では、このまま仕上げましょう」


 カナリアはそっけなく答えるが、その横顔はどことなく嬉しそうにも見えた。


 こうしてできた夕食は、上質な肉が手に入ったおかげでとても豪華になった。


「最高だな。おいしいよ!」


 腹が減っていたこともあり、どんどん食が進む。


「それは良かったです」


「狩りと調理を2人で頑張ったからこそだよ。ありがとう」


「いえ、こちらこそ」


 あっという間に平らげて休憩していると、カナリアが食器を下げながら軽く頭を下げた。


「改めて、料理のお手伝いありがとうございました。それに……」


 カナリアは珍しく口ごもった。


「2人で調理をするという体験はしたことがなかったので、その……。気持ちが高揚したといいますか。上手く言葉にできないのですが、充実した時間を過ごすことができました。とても、感謝しています」


 俯き加減でそう語るカナリアを見て微笑ましい気分になる。


「そうか、俺も楽しかったからそう言ってもらえて嬉しいよ」


「……楽しい。そう、そうですか」


 カナリアは戸惑うように目を伏せているが、その顔は心なしかほころんでいるような気がした。


「さて、少し休憩できたし、片付けも手伝おうか」


 俺は立ち上がって食卓に残った皿に手を伸ばした。

 すると、カナリアがパッと顔を上げてそれを制止した。


「お気遣いありがとうございます。でも今日はお疲れでしょう。後は私がやりますので、ゆっくり休んでください」


 なんていい子なんだ。カナリアの労りが身に染みる。


「分かった。なら、お言葉に甘えさせてもらうよ」


 今日はよく動いたし、早めに寝た方が良いだろう。

 寝室に引っ込んで、ベッドに横たわる。


 いや待て。まだ寝ちゃダメだろう、俺。たしか考えなければならないことがあったはずだ。

 食後で眠くなり重くなった頭の中を無理やり引っ掻き回す。


 そうだった。脱出の算段を立てなければならないのだ。


 なんだか、だんだん思考がこの生活に馴染みつつあるような気がする。

 もうあまり悠長にしていられないかもしれない。


「これは良くないな。早く脱出しないと」


 隷属の首輪の制約。その穴を見つけてそこをつくしかない。

 とにかく脱出方法を思いつく限り列挙してみよう。


 前提として、この首輪をつけたままでは街には戻れない。

 だからまずは首輪を外さないといけないわけだ。


 しかし、この首輪は自力では外せない。


 ガレオを力ずくで脅して首輪を外させるのはどうか。いや、首輪のせいでガレオに反抗できない以上それは不可能だ。


 ダンジョンにいる冒険者に助けを求めて、首輪を外してもらうのはどうだろう。


 待て。この腕と足では通りすがりの人に会っても、化物扱いされて逃げられるのがオチだ。

 包帯とかで四肢を隠せればいいんだが、さすがにそんなあからさまなものをここで調達するのは無理だろう。


 カナリアを説得して外してもらうのも、さすがに厳しいか。少し打ち解けた気もするが、それとこれは話が別だ。すでに1回断られてるしな。


「うーーーん」


 協力者がいない現状、やはり首輪を外す方法はないように思える。

 ここまで考えて、ゴロリと寝返りを打つ。


「いたっ」


 鋭い痛みを感じて、その源を探る。

 これは、ワイルドボアに蹴られて擦りむいた右腕の傷か。


 帰ってきてからカナリアに手当てしてもらってはいたが、姿勢を変えたせいで痛んだようだった。


 ん、まてよ?


 あるじゃないか。協力者がいなくても首輪を外す方法が。


 まるで天啓のようにふと名案が思い浮かんだ。

 この方法なら首輪を外せるかもしれない。


 だが、おそらく相当なリスクを伴うだろう。

 それでも心はすでに決まっていた。


 少しでも脱出できる可能性があるなら、俺はそれに賭ける。

 このままここにいても、メアリの下には帰れない。


 それに、一度落としかけて拾った命だ。今更惜しくはない。

 多少の危険と引き換えに帰れるのなら、それくらいの代償は安いものだ。


 この手段を試すなら、できるだけ怪しまれないように外に出る必要がある。

 決行はそうだな。次に食料調達に行くタイミングを狙うべきだ。


 心残りがあるとすれば、カナリアを置いて行かねばならないということくらいか。

 ここに来てから、彼女には本当に色々と世話になった。今日1日で少し心を通わせることができたような気がするだけに、残して行くことが余計忍びない。


 しかし、こればかりは仕方がなかった。他に方法がないなら俺だけでここを逃げ出すしかない。

 計画は決まった。うまくいけば街に帰れる。メアリ、待っててくれよ。

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