第5話 自由の形

 外出の支度を一通り終えて休憩をしていると、カナリアが奥の部屋から姿を現した。


「それでは、食料の調達に向かいましょう」


 カナリアは緑を基調とした動きやすそうな服装に着替えていた。

 メイド服とのギャップも相まって一瞬見惚れてしまう。


 ゴーレムだと言われて戸惑いはしたが、今思えば確かに彼女の美しさは人間離れしている。

 破綻のない完璧な人形のような造形。彼女が人ではないというのも、なんとなく腑に落ちた気がした。


「どうしました?」


 不思議そうにこちらを見つめるカナリアを前にして、俺は首を横に振る。


「いや、なんでもない」


「そうですか」


 カナリアは足先を地面にトントンとついて靴を足に馴染ませる。


「そういえば、衣服の着心地はどうでしょう。不自由な点はありませんか?」


 俺は改めて用意してもらった服を見回す。

 四肢がかなり太いので、袖を捲ってなんとか着ている状態ではあるが一応動くのに支障はない。


 靴が履けないというのはまだちょっと慣れないが、足の裏の皮膚は分厚く、素足で外に出るのも問題はなさそうだった。


「ああ、大丈夫だ。ところで、これからなにを取りに行くんだ?」


 ダンジョンでの食料調達方法は様々だ。

 果実やキノコなども十分食用に使えるし、野生動物や小型の魔物も仕留めれば貴重な肉として食べられる。

 今回の目当てはなんなのだろう。


「今から行くのは第二階層の奥地にある湖です。その付近には休息を取りに魔物が多く集まります。それらを狩るのが目的です」


 なるほど、と頷いたところで疑問が浮かんだ。


「カナリアは武器を持たないのか?」


 狩りをするなら得物がいるはずだが、彼女はそれらしきものをなにも持っていない。

 まさか手ぶらで行くつもりなのだろうか。


「はい。武器を持つとかさばりますし、私には必要ありませんので」


 必要ないという言葉の意味はよく分からないが、どっちにしろ俺が戦えばいいだけの話だ。

 深くは考えないことにした。



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 ガレオの工房を出ると、そこには深い森が広がっていた。

 先陣を切るカナリアの後ろについて樹海の中をしばらく進む。


 ここで本来の目的を思い出した。カナリアに首輪のことをもっと聞かなければ。


 意識していないとすぐガレオの命令に思考が持っていかれる。

 かなり精神力を消耗している感覚もあった。


 これは良くない兆候だ。もっと急ぐ必要がありそうだな。


「カナリア。隷属の首輪は行動範囲も制限するとガレオから聞いたが、どこまで行けるのか知っておきたい。動きを縛られる感覚が嫌なんでな」


 カナリアが横目でこちらを見る。


「そうですか。であれば、お伝えしておきます。その首輪をつけた者は、このダンジョンの外には出ることができません。つまり、ダンジョン内であれば特に制限なく行動できます。覚えておいてください」


 首輪をつけたままではやはり街に戻ることはできないのか。


 となると、結局はなんとかしてこの首輪を外さなければならない。

 今まで何度か試したが、自力ではどうにもならなかった。他にいい方法を見つける必要があるな。


 俺が少しの間考え込んでいると、カナリアがさらに言葉を続けた。


「まだ脱走は諦めていないのですか?」


 俺は驚いた。


 逃げようとしているのがバレないようそれとなく聞き出すつもりだったのに、心の内を見抜かれている。俺は観念して正直に答えることにした。


「ああ。俺は街に大切なものを残してきてるんだ。だからなんとしても帰らなきゃならない」


「大切なものですか。だからと言って、マスターの下を去ってもらっては困ります。早く仕事に慣れていただかなくてはいけませんね」


 カナリアは前を向いてキビキビと先を行く。


「そいつは願い下げなんだがな」


 自嘲気味に呟きながら、俺はふと疑問に思う。


 彼女は終始一貫して、ガレオの命令に忠実に従っているように見える。

 だが、カナリアの言葉の中には薄っすらと彼女自身の感情が見え隠れしているような気がした。まるで自分の心を持っているみたいに。


 そう考えて、俺は彼女に問いかけたくなった。


「俺の話はまあ、置いておこう。君はガレオから自由になろうと思ったことはないのか?」


「自由、ですか。そもそも、私は自立思考の権限をマスターから与えられています。よって不自由であったことは1度もありません」


 やはりカナリアは明確な自我を持っているということか。なら、なおさら理解できなかった。

 

 これだけ人間のように振舞える彼女が、ガレオから解放されることを望んだことがないなんてあり得るのかと。


「この場所に縛り付けられてこき使われるのが不自由じゃないなんて、本当にそう思っているのか?」


 カナリアはほんの一瞬間をおいてから言葉を紡いだ。


「もちろんです。なぜなら、私を生み出してくれたマスターへの恩義に報いるのは私自身の意思だからです」


 しばらく一緒に過ごして、彼女に情が移ったのかもしれない。


 彼女だって誰にも縛られず思うままに生きたっていいんじゃないか?

 さっきの言葉にもわずかだが迷いのようなものが見えた気がする。


 君も俺と一緒にここを抜け出さないか。


 そう言いかけたが、グッと言葉を飲み込む。

 彼女が否定しているのに、俺の意見を押し付けるのはいささか強引過ぎる。


「そうか。君がまるで人間みたいだから、逃げたいのを我慢してるんじゃないかと思ったんだ。変なこと聞いて悪かったな」


「理解しました。お気遣いは無用です。私にそのような願望はありません」


 不意に振り返ったカナリアの顔からは感情が読み取れない。

 その言葉が本心かどうかは、判断がつかなかった。


「そろそろ目的地です。心の準備をしておいてください」


 すると、間もなく正面に大きな湖が見えてきた。

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