第7話 真実は闇の中


 不気味に笑う真那を前に朱莉は首を傾げた。唐突に提案された取引。内容は不明。訳が分からず真那に聞き返した。


「取引ですか?」

「そう、取引。応じてくれる?」


 しかし、帰って来たのは応じるかどうかの確認のみ。


 身構える。内容すら明かさずに応じるかどうかを聞く。絶対に何かあるだろう。秘密を握っている以上立場はこちらが上であるものの、変な方向に話が行く可能性も捨てきれない。


 了承の言葉を告げて仕舞えば終わり。何がなんでも内容を聞き出すべきだ。でも、九条さんにだったら別にいいかと思ってしまった。だから。


「わかりました。受け入れます。それで内容はどうしますか?」

「それは……」


 内容を聞き出すことなく受け入れた。覚悟を決めたように少々硬い表情を浮かべながら、朱莉は真那の目をじっと見つめる。二人が見つめ合う。


「それは?」


 真那の言葉を復唱するように聞き返す。しかし、最初の言葉以降、真那は口を少し開いたまま微動だにしなくなってしまった。浮かべていた仄かな笑みもぎこちなくなってきている。


 どうしたのかと思い、朱莉が声を掛ける。


「……………」

「あの、九条さん?」


 しかし、反応が返ってくることはなかった。何も語ってくれない。目を逸らしてしまい、こちらを見ないようにしてしまった。


「どうしたんですか?」

「えぇ、大丈夫よ。何も問題はないわ。何も……」


 心配になってきた朱莉は真那の肩に触れ軽く揺らす。ようやく反応が返って来たものの、どうにも様子がおかしい。先程まで妖艶な雰囲気は何処に行ったのやら。緊張し、怯えているようにも受け取れる程、勢いがなくなってしまっている。


「あの、今取引内容考えてます?」

「うっ……!」


 まさか流石にと思い、真那に聞いてみると勢いよく顔をそっぽに向けてしまった。図星だったんだなと悟った朱莉。恐らくこのまま真那が取引内容を考えていたら、いくら時間があっても足りない。


 真那も色々考えてはいる。一緒にご飯に行く? 一緒に勉強をする? それともお金を……? まさか身体をどうこうなんてことには……。などなど。少々おかしな方向に考えが行ってしまっているものの、ちゃんと今考えていた。


 しかし、どれが朱莉にとっていいものなのか。取引として成立させることができるものなのかが分からなかった。だから、何も言いだすことができず、だんまりを決め込むことしかなかった。もっとすぐに提案を出せば朱莉に悟られることもなかったのだが、今更だろう。


「えっ、あの? 篠原さん?」


 おもむろに朱莉が真那をそっと抱き締めた。真那の首筋辺りに顔を埋め、微かに体を動かしている。まるで感じられる柔らかな感触や優しい嗅ぎ心地のよい香りを楽しむように。


 真那は突然の出来事に動揺しつつも、朱莉の背中はゆっくりと撫でた。


「九条さん、わたしを鍛えてくれませんか? その代わりに九条さんの秘密は黙っていますから」

「んん……。そ、それってどういう?」


 首筋に顔を埋めたまま、朱莉が口を開く。暖かな吐息が首筋を撫で、真那はくすぐったそうに身悶えながら朱莉に聞き返す。


「駄目ですか?」

「そんなことでいいの?」


 朱莉が真那から少し離れて顔を上げる。期待するような視線を向けていた。その視線に思わず、頷きそうになる。しかし、再度確認をした。本当にこれでいいのかと。他の要求でもいいよと。


 朱莉の要求は面倒な内容ではない。むしろ、真那にとっては願ってもないものだった。そんなことでいいのかと思うぐらいに。


「それが良いんです」

「そっか……。分かった」


 しかし、朱莉は要求を変えなかった。真那はこくりと頷き、要求を呑んだ。


「篠原さん、これからビシバシ鍛えてあげるね」

「あ、はい」


 満面の笑みを浮かべる真那。だが、朱莉はその表情を見て嫌な予感がした。


 あれ? これ何か間違えたかな? そう思った。そして、その考えが正解であることを知るのはこの日から少し経った頃。


 ダンジョンに一人で潜るのにつまらなさを感じていた真那は出来れば自分と同じ程度の強さを持った人と一緒に潜ってみたいと思い始めていた。しかし、そんな相手は世界中を探したって見つからない。


 いつかは現れるかもしれないが、正直それまで待っていられなかった。だから、誰かを自分で鍛える。これで自分の望みを自分で叶えられる。後はその対象を見つけるだけだったところに朱莉が飛び込んできたのだった。






 一緒にダンジョンに潜る日を決め、少し落ち着いた頃。朱莉は少し気になっていたことを聞いてみることにした。


「そう言えば、さっきまでの九条さんはどういうことなんですか? いつもと全然違う雰囲気でしたし」


 いつもの真那は穏やかで清楚な雰囲気を纏っている。話していると落ち着く。そんな感じだ。先程纏っていた妖艶な雰囲気を出すような感じは微塵もない。どうしてそうなっているのか。訳が分からなかった。


「えっと、その……。昔、幼馴染と色々あったんだけど。どうにかしようとして悩んだ末にあんな感じで話したら、何か上手くいって……」


 なんかその色々がすごく気になるんですけど。そんな言葉が漏れ出そうになるが何とか押しとどめた。上手くいった後も何かあったのではと一瞬思ったものの、その思考はすぐに放棄した。


 二人がイチャイチャした話だった場合、聞かされるこっちがもたないから。まだ続きそうだった話を朱莉は無理やりぶった切った。


「だから、わたしにもしたという訳ですか?」

「うん」

「そうですか……」


 けろりとした様子で即答されてしまった。朱莉は悩ましそうにこめかみを抑える。


「ところで、あれって……素じゃないですよね」


 流石に演じているだけだ。そう思いつつ、確認してみると。


「さぁ? どう思う?」


 はぐらかされてしまった。舌で唇を濡らす仕草はやはりどこか妖艶だった。


 結果的にどれが素なのか分からなくなってしまい、悶々とする朱莉だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る