第36話

「はえ……」


「うっそーん!」


 ハヴェットは間抜けな声を、背後の悪魔は驚いたような声を出す。


 たかだか剣を拳と拳で挟み込むようにして——ようは真剣白刃取りの要領で——砕き折っただけだと言うのに何をそんなに驚くことがあるのだろうか。


「おっと、この大きさは危ないですね」


 剣の破片の中でも一番大きい剣先部分を壁に向けて弾き飛ばす。


 下に村人たちがいるのを決して、忘れていた訳では無いからだ。


 高速で回転しながら飛んで行った破片は綺麗に天井板に刺さった。


 あそこから雨漏りしないか少し心配になる。


 それはさておくとして、自分は右腕に力を込める。

 

 砕けた剣を見ながら呆然としているのであろう天使を無力化してハヴェットの体から追い出す好機だからだ。


「歯を食いしばりなさい! 吐きでもしたら下にいる村人たちに迷惑が掛かりますから」


 そう言いながらも、相手が歯を食いしばったか確かめる前にハヴェットの腹に目掛けて拳を打ち込んだ。


 自分の放った拳は唸りを上げてハヴェットの鳩尾に食い込み、彼を吹き飛ばした。


 絶叫しながら彼は、ステンドグラスをぶち割り教会の外へと飛んで行ってしまった。


(イージス様、あれって本当に手加減したんですよね)


「……もう少し手加減すべきでしたかね」


 少しばかり拳に怒りが籠ったせいか、手加減が足りなかったようだ。


 急ぎ、自分も飛んで行ってしまったハヴェットを追いかけ、生死を確かめようとしたが、悪魔に止めれらてしまう。


「先に村人たちどうにかしないとやばいって。あーしに考えあっからとりまアンタならここにいる全員眠らすくらいは出来るっしょ」


「わ、分かりました」


 相手が見せてしまったのだから仕方が無いと、自分も好き放題に力を使ってしまったが、悪魔の言う通り見られたままと言う訳にも行かない。


 自分は急ぎ手を組み合わせて教会全てを包み込める程に巨大な聖法陣を発現させ、一瞬のうちに礼拝堂にいた全員を夢の世界へと誘った。


「今更だけど、それ最初にやっとけし」


「五月蠅いですね。敵が目の前にいたのですからそんな余裕が無かったんです」


 悪魔とまた言い合いの喧嘩を始めてしまいそうになるが、今はそんな場合では無いと、彼女を放って今度こそ教会の外へと吹き飛んで行ったハヴェットを追う。


 あの一撃を食らって真面に動けるはずが無いので、逃亡している可能性は低い。


 ならば飛んで行った方向をそのまま真っすぐに追跡すればどこかに墜落でもして伸びているだろう。


 正確にハヴェットが吹き飛んで行った方向通りに進むために自分も割れて大きく穴の空いたステングラスから出ると、少し離れた所にある畑の地面が一直線に抉られているのを発見した。


「多分あれですね。良かった、あの様子では逃亡してはいないでしょう」


「……逃亡するどうこう以前にさ、あれじゃあ神父の体、バラバラになってんじゃないの」


「生きてさえいればどうにでもなります」


(イージス様って凄いですね)


「いやいやキュエルっち、感心しちゃダメだから。そもそも生きてるかどうかって状況にしてる時点でアンタとの約束守れてないのと一緒だからね」


 同じくステンドグラスの穴から出てきた悪魔が余計な口を挟んでくる。

 

「ここでうだうだ言っていても仕方が無いのですからさっさと追いますよ」


 これ以上悪魔に余計なことを言われる前に自分は大きく羽ばたき、一気に加速して飛ぶ。


 案の定地面が抉れ始めた場所から少し行ったところで、ハヴェットはおかしな体勢で倒れていた。


 警戒しながら近づくと、胸が上下しているのが分かったのでどうやら生きてはいるようだが気を失っているらしい。


 これでキュエルに誓ったことは守れているのが証明された。


 腕や足が曲がってはいけない方向に曲がっているようだが、それくらいは別に構わないだろう。


 生きているのだからいくらでも治せる。


 気配からしてまだ天使は中にいるようだ。


「ハヴェットの体を治す前に、同胞を天界に送り返すとしましょうか」


 キュエルの体を癒した時のように、聖法陣がハヴェットの体を通り抜ける。


 すると、ハヴェットの体に入っていた天使が、聖法陣に磔にされた状態で現れた。


「や、止めなさい! 私はまだ人間界に留まって成さねばならぬことがあるのです! 解放しなさい!」


 ハヴェットの体から出たことで意識を取り戻したらしい同胞が喚き散らしているが、当然解放する訳が無い。


「貴方、みっともないにも程がありますよ。大人しく天界に帰って処罰を受けなさい。その方が余程主の為になるというものです」


 目の前で醜態を晒す同胞の姿をキュエルも見ているのかと思うと嫌になる。


 彼女の信仰心に支障が出なければいいのだが。


「アンタの送り返し方ってこの後どうなんの?」


 興味津々に悪魔が聞いてくるが、別に何かこの後特別なことが起きる訳でも面白ことが起きる訳でもない。


「どうも何もこのまま普通に送り返すだけですよ」


 これ以上の醜態をキュエルに見せぬよう、自分は直ぐに同胞を天界に送り返す。


 彼を張り付けた聖法陣が徐々に空へ向かって登り始めた。


 同胞は必死に逃れようと暴れているようだが、ここまでくればもう手遅れであり、逃れる術など無い。


 ある程度まで上昇した同胞に、雲一つない晴天にも関わらず突如雷が堕ち、彼は人間界から消え去ってしまった。


「あーしのより派手じゃね。何かずっごいわー」


「それはどうも。とりあえず彼を治してから教会に戻るとしましょうか。後始末しないと」


 今度こそハヴェットの体を治した自分は、首根っこを持って教会へと飛んで戻るのであった。


 途中キュエルに、息が出来なくて死んでしまうのではと言われたので、持つ場所をズボンの腰部分に変えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る