第26話

「ちょっとアンタ大丈夫なのかい。女の子がこんな怪我して可哀そうに。傷が残らいないと良いんだけどねえ」


「イレイナさんがまた迷ったの? でも、この辺じゃ迷わないはずだし何があったの?」


 ガデンの荷馬車で教会に到着し、ようやく体を休めることが出来ると思った矢先、自分は村人たちに囲まれて質問攻めにされた。


 どうやらガデンが出発前に自分とイレイナが戻って来ないことを村中に吹聴していたらしく、心配した村人たちの何人かが深夜にも関わらず教会で自分たちの帰りを待っていてくれようだ。


 そこでさらにガデンがイレイナから聞いた話に尾ひれ羽ひれに胸びれを付けて話したものだからさらに騒ぎが大きくなり、どんどん人が集まってくる。


「あのイノシベアをお嬢ちゃん一人で倒したってのかい。そんな馬鹿な話があるかよ。俺たちが束になったって餌になるのがオチだってのに」


「でもこんだけ大怪我してたんだし、イレイナさんが嘘つくわけがないんだから本当じゃないのか」


「それだったら死骸を回収しに行かねえか? 肉が傷んでなかったら塩漬けにでもしときゃ祭りの宴会で良いツマミになるぜ。肉が駄目でも毛皮やらを帝都に持ってきゃ結構な金になるんだし。あ、もちろん嬢ちゃんにもちゃんと分け前は渡すからな」


「皆さん落ち着いて。まずはキュエルさんの手当が先でしょう。話はその後で」


 問いかけてくる割りには答える間も無く口々に好き放題言う村人たちであったが、ハヴェットに窘められるとすごすごと自分を囲むのを止めて静かになってくれた。


「キュエルさん、シスターを守って頂き何とお礼を言えば良いか。ともかく、お二人が生きて帰られて本当に良かった」


 礼を言いながらも、ハヴェットは慣れた手つきで怪我の手当てをしてくれた。


 どうも農作業や林業などでよく怪我をする者が出るらしく、傷の手当てには慣れているのだと言う。


 そうこうする内に傷の手当てが終わると、また村人たちからの質問攻めが始まってしまった。


 流石に不味いと思ったのか質問ごとに悪魔が適切な回答を耳元で囁いてくれたお陰でどうにかこうにかボロを出さずに答えられたが、段々と疲労が原因であろう睡魔に襲われ、きちんと喋れているか怪しくなり始める。

 

 そんな自分を見て気を使ってくれたのか、興奮冷めやらぬ村人たちをハヴェットが必死に宥めすかす。


 流石は村人たちから頼りにされているだけあってか、まだまだ聞きたいことは山積みなのにと言いたげな顔をしながらも村人たちはハヴェットに従い、ようやく自分を解放してくれた。


 やんわりとだが、堪え切れずにまた質問し始める前に村人たちを教会から追い出したハヴェットは、自分にとにかく傷に障っていはいけないから休むように促してくる。


 確かに彼の言う通りなのだが、少しばかり気になることがあるので素直に休んでいる訳にはいかない。


 さて、どうしたものかと考える自分に悪魔が一言。


「何かやりたそうだけど、物に触ったりする必要無いならキュエルっちから出てやればよくね」


 悪魔に気付かされるなど屈辱ではあるが、全くもってその通りである。


 素直に部屋に向かってベッドに横になった自分は、キュエルの体から出た。


 途端、全身の痛みと疲労感が一気に消え去った。


 一方のキュエルは辛そうにベッドで呻いている。


「やはり傷を治してあげた方が……」


「気持ちは分かっけどダメ。この村からおさらばしてからじゃないと不味いのはアンタだって分かってっしょ」


 悪魔の最もながらも薄情な言い分に思わず睨んでしまう。


「そんな怖い顔で見んなし。あーしだってキュエルっちが可哀そうで辛いんだから」


 態度は飄々としてはいるが、確かにいつもとは違って浮かない顔をしている。


 流石に演技には見えないので、信用して良さそうだ。


「せめて痛みを和らげるくらいは構いませんよね」


 有無を言わせる気がなど無いが、念の為に悪魔に問うと頷く。


 傷を治す時と同じように力を使う。


 すると、キュエルの顔は少し穏やかになり、スースーと寝息を立て始めた。


「天使の力ってのも便利だよね。代行者なんかしないでそれで稼いだ方が楽だし困ってる人間も助けられっから一石二鳥ってヤツじゃね」


「それ、本気で言ってます?」


「冗談に決まってんじゃん。とりまキュエルっちはあーしが見てるからさ、やりたいことあんなら行っといでよ」


 どうにも悪魔との会話は色々と疲れる。


 しかし、この場は彼女に任せることにして自分は部屋から出た。


 気配は全く感じないが、万が一の場合もあるので教会中、隅から隅まで調べる為に。

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