第22話 初めてのデート
「ランディ……さっきのは」
店に飛び込んできて、真っ先にリリベラの安否を確認したランドルフは、特にリリベラの着衣に乱れもないことにホッと息を吐いた。
「またあいつか?!」
「そうかそうじゃないかって言えば、シモンズ男爵令息なんだけど、私が脚立から落ちたのを助けてくれたんです」
「……(またラッキースケベか!)」
ランドルフは、ガックリと膝から崩れ落ちそうになる。スチュワートはこの世界の主人公で、リリベラは攻略対象なんだから、イベントが生じてしまうのはしょうがないのかもしれないが、しょうがないですませないのが男心だ。せっかくリリベラに渡した防御魔法満載のペンダントも、効果半減されてしまえば、そこまで抑止力にもならないようだし。
この際、即死効果でも付与するか……などと不穏なことを考えたランドルフであった。
「今回は大したことはなくて……。わざわざ来てくれたのよね?ごめんなさいね、寮でお夕飯の最中だったんじゃない?」
「いや、学園にいたから大丈夫だ」
「今日も?お休みですのに」
「図書館が開いてるからな。リリベラは買い物か?ビビアンは?」
「ビビアンは今日は実家に帰っているんですの」
「共もつけないで外出するなんて危ないじゃないか。家まで送るよ」
「表に馬車を待たせてますから」
ランドルフは、リリベラの横にある髪飾りにふと目を向けて手に取った。
この髪飾り、『インラン』の第一シーズンにのみにあるアイテムで、ランドルフはこれがリリベラの好感度を上げるアイテムだとは知らなかった。しかし、リリベラによく似合いそうだと、純粋に思ったから手に取ったのだ。
「これ、リリベラに似合いそうだな」
「はい、こういうの好きですわ」
「よし」
「よし?」
ランドルフはその髪飾りを手に店主のところまで行くと、紙袋を手に戻ってきた。
「これ、リリベラに」
「私に?!」
そうじゃないかとは思ったが、実際に手渡されると凄く嬉しくて、リリベラは紙袋から髪飾りを取り出すと、髪の毛をハーフアップにして貰った髪飾りでとめた。
「似合うよ」
ランドルフがくれた髪飾り。素直に付けることができたことが嬉しく、現金なものでスチュワートのことなど頭からスッポリ抜け落ちる。
「ランディ、ありがとうございます」
「どういたしまして。そうだ、ここからリリベラの屋敷まで遠くはないし、馬車を返して一緒に歩かないか?」
「歩きたいですわ!」
(それって、お散歩デートでは?!)
リリベラは、さっそく買った物だけ馬車に乗せ、御者に先に帰るように伝えた。
「行こうか」
「はひ」
二人っきりで街を歩くとか、ランドルフと知り合って十年になるが、初めてかもしれない。ビビアンはいつも一緒にいるし、クリフォードもお忍びだと言って邪魔しにくるからだ。
リリベラは横を歩くのが恥ずかしく、ランドルフの少し後ろを歩く。
「リリ」
ランドルフが立ち止まり、リリベラに手を差し出す。しかも「リリ」呼び!
赤紫色の空をバックに、ランドルフに後光がさしているようにキラキラして見えるのは、リリベラのランドルフへの好感度が爆上がりした結果だろうか。ビビアンならば、「尊いですーッ!」と叫ぶ(もちろん尊い相手はリリベラ限定だが)シチュエーションだろう。
「歩き辛いんだろう?ほら、転ばないように手を繋ごう」
歩き辛いということは全く持ってなかった。ヒールは低めだったし、街で買い物をする仕様の控えめなワンピースだったからだ。
だからといって、断るなんてもったいないことはしたくないが、恥ずかしくて手を差し出すことも難しい。
そんなリリベラの心情を正しく理解しているランドルフは、リリベラが素直に一歩歩み寄ってくるのを、ただ待つのではなく、ランドルフから一歩距離を詰めた。リリベラの右手にあと一ミリくらいの所に手を置くと、最後の一ミリはリリベラからランドルフに触れた。
「転ぶと危ないからな」
ランドルフは、小指を繋いだくらいのリリベラの手をしっかりと繋ぎ直し、指まで絡める恋人繋ぎにする。
(……鼻血出そうです)
「文化祭、リリベラのクラスは何をやるんだ?」
「うちのクラスは、喫茶店だそうですわ」
「え?クリフやリリベラが給仕をするの?」
「いえ、私達とお茶会ができる喫茶店らしいですわ。座っていれば良いと言われましたけど」
クリフォードやリリベラと懇意になりたい貴族達で大盛況だろうと、容易に想像できた。二人共婚約者候補ではあったが、あくまでも候補で決定ではなかったから、クリフォードの妃候補になりたい女子はもちろん、リリベラの夫になって公爵家と懇意になりたい男子も沢山いた。
「ふーん。クリフはどうでもいいけれど、リリベラが男子生徒とお茶会をするのはあまりいい気分じゃないな」
「まあ、そう何回もお茶も飲めませんから、午前一回、午後一回くらいにしてもらいますわ。私よりも、クリフの方が需要も多いでしょうし」
「じゃあ、その時は僕もお茶会に参加するよ」
「優先チケットを作りますわ」
そんなものは存在しないが、リリベラがサインをして一筆書けば、誰もそれを拒否することはないだろう。
「ランディ、文化祭は係はありますの?」
「いや、魔術科も経済学科も展示がメインだから、ほぼないかな。魔術科で一時間だけ、展示の説明に入らないといけないようだが」
「じゃあ、文化祭で空いた時間は、私と文化祭を回ってくださる?」
「それ、僕も誘おうとしていたよ」
やはり、これは両想いでいいのよね?!まだ決定的な告白はないけれど、キスもしましたし、手を繋いで歩いてますもの。さらには、文化祭の約束まで!
リリベラは浮かれていた。ついでにランドルフも浮かれていた。そのせいでリリベラ達に注がれる視線には気が付かなかった。
★★★
「ニナリアお嬢様、いきなり隠れてなんですか?」
「シッ!静かに」
侍女と二人、お忍びで人気の雑貨屋にきたニナリア・マイヤー侯爵令嬢は、雑貨屋から出てくるリリベラを見て、慌てて侍女を路地に引っ張り込んで身を隠した。
この雑貨屋で好きな人にプレゼントを買うと、恋が叶うというジンクスを聞いたニナリアは、クリフォードにカフスボタンでも買ってプレゼントしようかと、侍女を引き連れてやってきたのだ。
リリベラが雑貨屋に入って行くのを見たニナリアは、リリベラが何をクリフォードに買う(ニナリアの勘違い)つもりなのか、隠れて観察することにしたのだ。どうせなら、リリベラが買うものよりも立派なプレゼントを買おうとしたのだ。
しばらく観察していると、女性との噂が絶えない男子生徒が雑貨屋に入って行くのが見えた。スチュワートは凛々しい顔立ちをしており、見た目だけならばニナリアのタイプど真ん中なんだが、男爵家令息では家格が釣り合わないため、泣く泣く諦めた(別にスチュワートからアプローチされた訳ではないが)のだ。
そんな男子生徒が雑貨屋に入って行ったかと思うと、リリベラがスチュワートにダイブして飛びついたではないか。
(なんて大胆な?!)
二人はしばらく店中で抱き合っていたが、少し話した後、スチュワートは店から出て行ってしまった。
スチュワートと数分入れ違いに、今度はランドルフが雑貨屋に飛び込んでいった。
ランドルフは、学園初の天才と名高い優秀な人物だ。しかも、王族に匹敵するくらいの凄まじい魔力量を持っていることも、この間の魔法祭で目の当たりにした。第三王子の側近で、将来有望。子爵家次男だが、結婚市場で赤丸急上昇している注目株である。
実は隠れイケメンなのだが、ボサボサヘアで猫背なのが通常スタイルの為、いつも夜会の時のように身嗜みを整えてくれさえすれば、お付き合いしても良いわと、ニナリアは勝手に恋人候補に上げていたりする。まぁ、クリフォードの婚約者になれなかった時の次点ではあるが(ニナリアの勝手な思い込み)
そんなニナリアが勝手に恋人候補にしているランドルフが、リリベラと揃って雑貨屋から出てくると、馬車を返して二人で歩き出したではないか。
しかも、恋人同士のように手を繋いで!
「よっしゃ!きましたわ!」
「ニナリアお嬢様、ガッツポーズなど品がないですよ」
「これが喜ばないでいられて?!リリベラったら、クリフォード様の婚約者候補筆頭の癖に、他に恋人が多数いるのよ。しかも、女ったらしで有名なスチュワート・シモンズと、クリフォード様の側近のランドルフ・アーガイルよ。人は見かけ通りね。男好きしそうな見た目をしているもの。リリベラにクリフォード様の婚約者候補を名乗る資格はないのよ。きっと、もっと男がいる筈よ。二人だけだとしても、男好きだって噂が広まれば……、私がクリフォード様の婚約者候補筆頭になれますわ!」
ニナリアは、腰に手を当てて高笑いをしだす。
『インコウ』の攻略対象者同士、ニナリアもリリベラ同様男好きしそうなナイスなバディーをしているのだが、自分のことは棚に上げている。
「お嬢様、確かに爵位的にはお嬢様がリリベラ様の次点で間違いはなさそうですが、誰がそんな噂を広げるんですか」
「あなたよ、スージー。侍女仲間に広まれば、ご主人様にも伝わるでしょ。お喋りな貴族子女が知れば、後は黙っていてもスキャンダルは広まるわ」
ニナリアは、笑顔で侍女を指差した。
たかが平民の侍女が、公爵令嬢の名誉を傷つけるようなことを言ったことがばれれば、侍女の職を失うだけでなく、不敬罪で捕まることは確実だ。それがわかっていてそんな指示を出してくるニナリアは、侍女のことを使い捨ての駒くらいにしか考えていない。
「わ……私なんかが言っても、誰も信用しませんよ。お嬢様がお茶会などで実際に噂を広められた方が……」
ニナリアは腕を組んで考えた。確かに、自分が話した方が噂が広まりやすいかもしれない。都合が良いことに、明日学園の女子とお茶会を開く予定まであったりする。
「そうね……。ウフフ、明日皆様に私が見たままをお話しましょう」
ニナリアの高笑いが響き渡った。
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