第18話 サマーキャンプ二日目(浜辺)
サマーキャンプ二日目の朝は早い。
貴族の精神として求められるノブレスオブリージュ、それを体現する為に朝の奉仕活動を行うのが、サマーキャンプの目的の一つだった。生徒達は太陽が登るとともに起床し、浜辺の清掃活動を行う。
と言っても、プライベートビーチにゴミは落ちておらず、浜辺の清掃活動≒朝のお散歩のようなものだ。自炊させるのも、掃除のふりをさせるのも、貴族でも庶民と同じ生活を体験してみました……という体をアピールしているに過ぎない。
「見事に何もありませんね」
ゴミ拾いを念頭に置いたファッション、麦わら帽子が飛ばないようにリボンで首の下に括り付け、汚れてもよいシャツにもんぺのようなズボン、手には軍手をはめて足はロングブーツという出で立ちのビビアンは、同じような格好をしたリリベラと二人、ゴミ一つ落ちていない浜辺で、所在なく佇んでいた。
なるほど、上級生達はこの状況がわかっていたからか、浜辺に敷物を敷いてくつろいでいたり、波打ち際でキャッキャしていたりする。
「完全装備だな」
「ランディ」
リリベラの後ろからやってきたのはクリフォードとランドルフだった。彼らは白いシャツに黒いズボンにブーツというラフな格好をしており、ランドルフは暑いからか、髪の毛を一つ結びにしていた。
(か……可愛い)
いつもよりは顔がスッキリ見え、首の後ろなどの短い髪は垂れたままだから、ハーフアップのようになっていて、後れ毛が妙にセクシーに思えた。また、前髪は長く目にかかっているが、煉瓦色の瞳がチラチラと見えており、その瞳がリリベラを見つめていると意識してしまうと、リリベラの心拍数は爆上がりしてしまう。
「二手に別れて清掃活動しないか?どっちがよりゴミを集められるか競争しよう」
「面白いですね。じゃあ私はお嬢様と……」
リリベラの手を引いて行ってしまいそうになるビビアンを、クリフォードは慌てて呼び止める。
「ちょっと待った!男女ペアの方がいいだろう。岩場とか人があまりいないところで、変な奴に襲われないとも限らないから」
「まぁ、お嬢様の素晴らしいプロポーションならば、襲いたくなるのはわからなくはないですね。では、クリフォード様まいりましょうか?暴漢が現れたら、私がお守りいたします」
「え?僕が守られる方?」
クリフォードが「僕、そんなに弱くはないんだけどな」と言いながらビビアンの後について行く。
「相変わらず、ビビアンはクリフのことは眼中にない感じだな」
「まぁビビアンですから」
「じゃあ僕達も行こうか」
ランドルフが腕を差し出し、リリベラは頬を染めながらその腕に手を添える。
「もっとしっかりつかまっていいよ。砂浜は歩きにくいから。あー、手を繋いだ方がいいかな?砂に足をとられて転ばないように」
ランドルフの腕にのせた手をとられ、しっかりと繋ぎ直される。
(浜辺デートみたいですわ!)
ドキドキしているのがランドルフに気づかれないように、リリベラは澄ました顔で歩きにくい砂浜を歩く。
砂浜デート、実はこれも『インコウ』第二シーズンの中にあるイベントの一つだった。
エスコートの仕方にも選択肢があり、一番リリベラをドキドキさせるのが「手を繋ぐ」だった。
腕を組むと、リリベラの胸が腕に当たるというラッキースケベが発生するが、あまりに胸に当たり過ぎて、リリベラが不快に感じて好感度が下がる。腕に手を置く普通のエスコートだと、リリベラが盛大に転んでしまい捻挫させてしまうのだ。もちろん好感度はダダ下がりだ。
ビビアンは第一シーズンだと言うが、ランドルフは第二シーズンにしか思えなかった。それとも、主人公はスチュワートだから、ランドルフにリリベラの攻略イベントが起こるのはおかしくて、ランドルフがイベントだと思っているけとは、ただの偶然でしかないのか?
そんなことを漠然と考えていたら、いつしかプライベートビーチ外れの岩場まで来ていた。
「岩場の向こう側ならばゴミが落ちているかもしれませんわ」
「しかし、岩場の向こうは学園の所有地から外れるんじゃないか」
「あら、ゴミ拾いの奉仕活動ですもの。学園内の土地に限定しなくても良いのではなくて」
岩場にさらに近づくと、誰がいるのか声が聞こえてきた。
「あら、ビビアン達かしら」
男女の声が聞こえてきたような気がして、岩場から覗くと……。
「スチュー、もっとォッ!」
半裸の女子、モブ三人娘の一人が岩場に手をつき、ズボンを膝までずり下ろしたスチュワートがその後ろから……。
リリベラとランドルフは手を握ったまま、硬直して動けなくなった。先に動いたのはランドルフで、リリベラを抱きしめて視界からスチュワート達を消し、リリベラの両耳を大きな手でしっかりと覆った。
「おまえら!外でなんてことをしてるんだ!」
ランドルフが視線を横にずらして叫ぶと、ランドルフ達の存在に気がついたモブ娘が、悲鳴を上げてスチュワートを突き飛ばした。スチュワートは、下半身丸出しで海の中にダイブし、モブ娘はずり下がったワンピースで胸を隠しながら、ランドルフ達の横を悲鳴を上げて駆け抜けていく。
「マジで洒落にならねぇ。髪の毛がびしょ濡れだ」
海から這い上がったスチュワートは、濡れて張り付いた前髪を片手でオールバックにする。
「気にするのは髪型じゃなくて下半身だろう!ズボンを履け!」
リリベラはランドルフの胸に顔を押し付けられているから、スチュワートの下半身を見ることはなかった。しかし、以前体育倉庫で見た光景と同じなんだろうとは予測がついたから、リリベラは自分からもランドルフにしっかり抱きついて視界を完全に塞ぐ。
「あれ、またリリベラちゃんに見られちゃったか」
「見……見てませんわ!」
「クソッ、またあとちょっとってところで……。あんたも男ならこの辛さわかるだろ?」
ゴソゴソと音がするから、スチュワートはズボンを履いているに違いない。ランドルフの腕の力が弱まったと同時に、リリベラはランドルフの胸から顔を起こした。
ランドルフとは手が離れてしまっていたから、今度はリリベラからランドルフの手を握った。すると、力強い力で手を握り返してくれ、リリベラは安心感に包まれた。
「なんだよ。おまえらのせいで女子に逃げられたのに、見せつけるようなことすんな。あー、リリベラちゃん……一応聞いとくけど、俺とさっきの続きする?」
「絶対にしません!!!」
スチュワートは、「しゃあないじゃん。選択肢選ばないと先に進まないんだから」と、意味不明なことをつぶやきながら、ビチャビチャと濡れた音をさせて去って行った。
「……びっくりした」
びっくりしたが、今回は何事も起こらなくて本当に良かった。毎回変なモノを見せられたり、変なところを触られたりするのはたまったものではない。
今回のサマーキャンプでのイベント、これで回避できたのではないだろうか?
初めての完全回避に、リリベラは浮かれていた。そして、いつもは冷静で周りの注意を怠らないランドルフもまた、思ってもみなかった光景を目撃した戸惑いで、動揺していたに違いない。
岩場に押し寄せた波が弾けてリリベラ達を遅った。
頭から海水をかぶってしまったリリベラとランドルフは、さっきのスチュワートと変わらないくらいずぶ濡れに……。
「リリベラ!大丈夫か?!」
「び……っくりしましたわ。もう、ずぶ濡れ……」
ランドルフを見上げたリリベラは、目の前の光景にクラリとしてよろけそうになった。
白いシャツは濡れて身体に張り付き、透けて肌の色まであらわになっているし、顎から垂れる水滴はセクシーで、髪をかき上げたことで前髪は後ろに流れて、いつもは前髪で隠されているランドルフの端正な顔が丸見えになっている。
(……かっこいい)
この姿を目に焼き付けておにたいとばかりに、リリベラはランドルフをガン見する。
ランドルフが濡れて洋服が透けているということは、自分も同じ状態であるということに、リリベラはまったく気がついていない。
髪の毛を滴る水滴は色っぽく、身体に張り付きボディーラインをくっきりて見せるシャツからは、ピンク色の下着のレースの柄までくっきり見えていた。
ランドルフはリリベラの胸元に視線が釘付けになり、思わず喉が鳴ってしまう。
「こ……これを羽織って。下着が……」
ランドルフは、自分の濡れたシャツを脱いでリリベラの肩にかけた。
リリベラは、初めて自分の姿を見下ろして、下着が透けて見えてしまっていることに気がついた。慌ててランドルフのシャツで胸元を隠すが、ランドルフのシャツも濡れているからやはり透けてしまう。
「ここでちょっと待ってて。すぐにタオルを持ってくるから。魔法で水分を蒸発させたら、それこそ塩まみれになってしまうからな」
「ランディ、それだとあなたが裸で人前に出ることになってしまうわ」
「僕は男だから大丈夫。リリベラはここで誰にも見られないように隠れてて」
ランドルフは、上半身半裸のままリリベラを岩場に置いて走って行ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます