第42話 それぞれの立場、その思惑

 新顔のお尋ね者が市井を騒がし始めて10日ほどが経った。


 公式には――というわけでもないが――例の人物・・・・に関わらない方針の俺たち衛兵隊だが、完全に無関係というわけでもない。むしろ、普段よりも忙しくさえある。

 なにしろ、この街始まって以来に類を見ない、そういっていいほどのペースで、ならず者たちが捕らえられているからだ。

 ここだけでは捕らえきれない可能性すらあって、今から近隣の牢獄への移送等も始まっている。そうでなくても、聴取だの事後処理だの書類仕事だの――

 まぁ、喜ばしい忙しさではあった。


 今日も一日、デスクワークにかかりきりになっていた。ふと外を見ると、夕焼けの空から星空へと変わりかけている。そろそろ帰るか。

 そう思った矢先、同僚から力ない笑みで肩を叩かれた。

 曰く、上司から呼び出しがあるのだと。

 近頃はこうした呼び出しを受けることが多く、その内容は決まりきったものだった。彼女・・らに関わって以来、隊内では俺が一番近しい立場にあるということで、そういう係になっているからだ。


 呼び出し自体は、別にどうということもないものの……この時間帯に、帰り支度を始めたところで、これだ。

 同僚たちの、同情するような目線を浴び、俺は軽くため息をついた。


 俺たちの上官――この街の衛兵隊を取り仕切る方――は、白髪交じりで結構なお年だ。彫りの深い顔は、ここ数年ですっかりシワが増えている。

 眉間のシワなんかは、また別の理由なんだろうが。


 話の通じるお方ではあるが、居間の街の状況にはかなり悩まされている様子で、平素なら柔和な顔も最近は険しい。

 今日も厳めしい顔の上官に促され、俺は向かい合う形で着席した。

 用件は、言うまでもなく例の人物について。事前に出してあった報告書と、他の同僚から出てる書類をもとに話が進んでいく。


 彼女らが捕らえた反社会的集団は、これで4グルーブ目になった。最初の盗賊団に続き、傭兵崩れの山賊、詐欺師の一味、馬泥棒――と。

 規模や危険度お構いなしに、目についたものから手を付けていっているのかもしれない。


 このこだわりのなさは、まだ・・狙われていない賊にとっては、恐ろしくて仕方ないように思える。


「今日も一人、出頭する奴がいたようですが」


「ああ」


 あのティアマリーナについては、賊たちも、詳細までは知らすとも俺たちとは違った形で存在を認識している。

――同業者・・・を消して回っている危険人物がいる、と。


 短期間で消されて回っている現状に怯え、多分ついでに減刑を期待する意図もあるだろうが、下っ端が血相を変えてここへ保護を求めに来ている、というわけだ。

 向こう側からの動きに加え、こちら側からの変化というものもある。


「例の人物が厄介になっている酒場とは別に、他の酒場を拠点とするグループで、『仕事』に出ようという動きがある様子です」


「それも把握している」


 新顔の、詳細不明で、妙に腕は立つらしい、若い女――

 そうした要素のひとつひとつが、この街に滞在する既存の旅人や武芸者の意気を触発しているようだ。

 これでますます、悪党の包囲網が狭まっている、とも言える。これら変化を総合すれば……


「我々としては大助かりだな」


 というわけだ。


 もっとも、上官が放った言葉に込められた皮肉の響きは、俺にも理解できるものではあった。

 近年は国軍のリクルート攻勢により、衛兵隊に入るものが減ってきている。

 というより、めぼしい人材の引き抜きさえもある。俺もそういう話はあって――

 仲間が置かれている現状への後ろめたさから、栄誉ある話もさすがに蹴った。


 ともあれ、このところ平和な国だとは思うが、何かきな臭い動きはあるようだ。その余波がここにまで押し寄せて……

 本来俺たちの手で片付けるべき仕事を、人任せにしてしまっている。


 そこへ来て、あのティアマリーナの存在は……かなり難しいものだった。

 衛兵隊と国軍の間の摩擦には、もちろん行政側も関与している。かねてより足並みそろわない部分は、確かにあった。

 そうした経緯があっての、今回の手配書。行政や教会の思惑は知れたものではなく……しかし、広い意味での身内ではある。

 一方、彼らが付け狙うお尋ね者は、そもそもの罪状不明だ。そして、彼女なりの意図があるにせよ、その仕事ぶりは俺たちの助けになっているのは確か。

……表沙汰にはできないものの、隠れて感謝する声は、同僚の間にもある。


 実のところ、日ごとに移り変わりゆく街中のパワーバランスは、権力側に付く者にとっても悩みのタネになっている。

 役所に勤める幼馴染の話では、そうはっきりと「例の人物」について話題に上がるわけではないが、日に日に空気がピリつく嫌な感じはあるらしい。

 現場の要員として、職員が遣わされているという事実は確認できていないようで、動かしているのは別口だろうという話だ。これは、彼女と周囲にも話していないことだが……

 ともあれ、手配書を公布したお役所の職員も、実際にはこの騒動そのものから距離を置きたいというのが本音だそうだ。

 そうした「温度差」を気取られれば、また面倒になりかねないとして、どうにか鉄面皮を意識して宮仕えしている、とも。


 こうした微妙なバランスの中、俺たち衛兵にできることといったら、そう多くはない。


「とりあえず、様子見だな」


「はい」


 わかり切っていた言葉に続き、上官が自嘲気味に笑った。


「まったく、『とりあえず』だの『様子見』だのと、すっかり板についてしまったよ」と。


 もっとも、俺を使ってあの娘を捕えるという選択肢だって、お考えにはなったはずだ。

 そのようにしてまで、行政や教会に取り入ろうとはしなかったのも、重要な「選択」だとは思うが。

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