第38話 布告

 街へ入り、困惑の渦とともに歩を進めた私たちは、街の中心部にある大広場へに着いた。

 この街は交通の要所だけあって、夕方になっても大勢いらっしゃるのだけど……

 物々しい行列を目にするなり、活気ある噎騒が一気に沈黙していく。

 この大勢の中には、私に敵対的な立場の人も相当いるでしょう。大広場で何かしているとなれば、他から足を運んでくる人もいるはず。


 私の思考も感覚も、ここを戦場と認識した。

 ピリッとした雰囲気、かすかな痺れのようなものが体中を駆け巡る。

 それでも落ち着き払って、私は仕事仲間の皆さんに指示を出していく。


「捕虜を腹ばいになるように寝かせていってください。ひとりずつ、それなりの距離を開けて、捕り物の規模がわかるように」


 この指示は、大広場のかなりの面積を占有するものだったけど……今や衆目は、この「見世物」に注がれていて、誰も文句なんて言わなかった。

 ただでさえ距離を開ける見物客ばかりだし。


 隊長さんも、ここまでは不問でいてくださる。見守る衛兵さんたちの前で事は進み、捕らわれた盗賊たちが、ひとりずつ腹ばいになって寝かされていく。

 やがて、無抵抗の賊たちがうつ伏せに転がる奇妙な光景ができあがった。衛兵の方々からすれば、少しは胸がすく状況かもしれない。


――ただ、私の装いを別にすれば、だけど。


 戦いの中で、それなりに痛めつけた賊も何人かいるのだけど、概ね無傷と言ってよかった。うつ伏せに寝かされて、強くうめくような重傷者なんて一人もいない。

 方や私の方はというと、まとった衣服が、無視できないぐらいの傷や血で彩られている。私自身の負傷は、すでに自力で癒えた傷ではあるのだけど……

 それなりに痛い目を見たのだから、こうして使わせてもらっても、別にズルくはないと思う。


 ともあれ、私の装いは、傍から見れば嘘くさくはあるかもしれないけども、無傷で寝かされる賊たちの中にあっては強い印象を観衆に与えている。

 私に対して協力的に動く仲間の皆さんの存在と、ここまで黙認してくださっている衛兵隊の方々の存在もまた、この「仕事」における私の貢献や存在感を、無言でほのめかす一因となっているように思う。

 おかげで、いずれの立場・・・・・・の人々も、この場においては私に目が釘付けになっている。


 状況が整うと、誰もが言葉ひとつ発せない静寂が訪れた。大勢が固唾を呑んで視線を注いでくる。

 そうした中、私は動き出した。意図したわけではないけど、私の足音を耳にして、かすかに震える賊も少なくない。

 別に、彼らに危害を加えようというわけではないけど、演出・・のために役立ってもらうつもり。

 私はカバンから小さなものを取り出し、ひとりにひとつずつ、賊たちの背に置いていった。


 どこにでもありそうな、ただの小石を。


 やがて、賊全員の背に小石が行き渡ったところで、私は周囲の観衆――と、人混みに紛れているであろう尖兵・・を見まわした。


 ここから、私なりの「戦い」が始まる。


 高鳴る鼓動を胸に、私は高らかに声を放った。


「善男善女の皆さん、お忙しい中お邪魔いたしまして、誠に申し訳ありません!」


 声は、身動き一つできないでいる人々の間を通り抜けていった。帰ってくる反応がない中、私は言葉を続けていく。


わたくし、ティアマリーナのことは、ご存じの方も多数おられることでしょう。その私が、この場を借りて宣誓いたします! 石を投げつけられたなら、私はその数だけ、このように『悪人』を捕らえてご覧に入れましょう!」


 ここまで大それた宣告をすると、さすがに黙っていられない立場の人もいるようで。群衆の中から声が響く。


「黙れ! お前もその悪人なんだろ、このお尋ね者が!」


 でも、この声に続く賛同は、かなりまばらなものでしかない。

 この場では、彼らについていかない・・・・・・・のが大勢というのは明白だった。


「隠れてないで、堂々とお声を上げてはいかがですか? ご心配なさらなくても、私石なんて投げませんから」


 焚きつけるつもりの挑発を口にすると――動きがあった。顔を紅潮させた若い男がひとり、群衆をかき分けて前に躍り出て、構えを取る。

 に対して、負の感情は湧いてこなかった。何らかの事情があって、ああいう振る舞いをせざるを得ない、そういう立場の人なのだと思う。

 本当に改めさせる・・・・・べきは、この場にいない。


 石を手にせず、ただ投げさせるだけの者たちこそ、私の本当の敵だ。


 やがて、ひとつの石が放たれた。

 それは結局、ひとつの石でしかなかった。

 悠々とこの手に捕らえ、ほんの少し待ってみても、誰も続かない。


 昨日とは違う。なんとも言えない、煮えきらない空気。

 たとえ一過性のものに過ぎないとしても、これは私が出した成果。状況を好転させていくための、取っ掛かりの兆しを感じながら、私はダメ押しした。


 勝ち気に笑って「毎度!」って。

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