第19話 イヴの初デート

  帝国の中枢であるラーハは、言うまでもなく人で溢れている。

 そうなると騒がしいのは常であるが、今日に限ってはある目の前の光景に対しての話題がほとんどであった。

 便利屋として噂の二人が有名なファウゼン家の四男であるマイストスと共に街中を歩いている。

 それもイヴを真ん中にして男二人が挟んでいれば、騒ぎ立てるのも無理はない。

 そして市民の想像どうり一対二の変則デートなのであるが、内容はとてもそう呼べるものでは無かった。


「つまり僕の家はそうして大きくなった訳で」


 マイストスは舞い上がっているのか素なのかは不明であるが、とにかく家の自慢しかしてこない。


「なるほど」


 一方でイヴも聞いているのかいないのか、微妙な相槌をするだけで話を振るような事もしない。

 結果、マイストスの自慢話を永遠と聞かされているレーヴに至っては。


「……」


 仏頂面でただ歩いているという姿を他の方々に見られる結果であった。

 そもそも、何故イヴはレーヴをこのデートに参加させたか。

 その真意は少し前の便利屋で語られていた。



「何で人を巻き込むんだよ、まったく」


 二人が外に出る以上、店を開ける訳にはいかず、便利屋を緊急休業する事を並んでいるお客さんに伝えたあと。

 外出用の服に着替えながらレーヴはイヴに文句を言う。


「申し訳ありません。ですがこれは一応当機にとっての初デートとなりますので」


 そう言いながらイヴはレーヴが脱いだ服を洗濯用のカゴに放り込む。

 イヴの服装は基本メイド服しかなく、後は工房を手伝うための作業服しかないため着替える事はしない。


「なおさら俺がいない方が経験になるだろ」

「ですが、当機の知識にはデートのやり方はありません。断る事が前提とは言えデートが不十分ではそれも不可能かと」


 そう言われてレーヴは店の前で待たせているマイストスの性格を考える。

 根は悪人ではないだろうが、諦めの悪い貴族。

 確かに上手く行かなければ何度でも来る可能性は十二分にある。


「そ、それはまあ……そうだが」

「それに」


 そう言うとイヴはレーヴの顔を正面から見て真顔で断言する。


「レーヴが居れば、何があろうと安心できますので」

「……そう言う事を真顔で言うのは反則だろ、まったく」

「?」


 レーヴは服を着替え終えるとスタスタと入り口へと向かう。


「さっさと行って終わらせるぞ。サポートぐらいはしてやる」

「了解」


 こうして二人はマイストスとのデートを決行した。



 までは良かったが。


(来るんじゃなかった)


 レーヴは開始数分で同行した事を後悔し始めていた。

 彼自身、デートをした事は数える程しかした事はない。

 だがそんなレーヴでも分かるほどこの二人のデートは酷かった。

 マイストスはただ自分の家の事を話すだけ、どうやら行先も決めていないようでただ歩いているだけであった。


(言い出したからには目的地ぐらいは決めておけよ)


 レーヴは心の中でそう愚痴る。

 そしてイヴはイヴでただ話に頷くのみでただ歩いているのと変わらなかった。

 何かアドバイスしようにもマイストスが常に話しかけているためタイミングが掴めないでいた。

 結果としてレーヴは周囲の視線に晒されんがら、聞きたくもない自慢を聞かされる事となった。


(はぁ。誰でもいいからこの状況を打破してくれ)


 最早他力を願うしか無いレーヴを天が哀れに思ったのか、救いの手が差し伸べられる。


「……何やってるのよ二人とも」

「! アーシャ」


 そこにいたのはいつもの戦闘服を着こんでいたアーシャであった。

 依頼終わりなのか僅かであるがモンスターの血の匂いが香よっていた。


「アーシャ様。お久しぶりです」

「知り合いのようだねぇ。 なら僕は! 空気を読んで! 黙っている! 事にしよう!」

「何これ?」

「指さすな。アレでも一応貴族だぞ」


 何気にひどい会話ではあったが当のマイストスはポーズに夢中で聞いていなかった。


「で? 繰り返すけど何でその貴族様と二人が一緒に歩いている訳? 今の時間なら営業中のはずでしょ?」

「デートです」

「……は?」

「いわゆる保護者同伴デートです」

「……ゴメン。言ってる意味は分かるけど、何言ってるか分からない」


 イヴの発言に混乱しているのか頭を抱えるアーシャを見てレーヴは何か思いついたようで、その両手を握る。


「ちょ! いきなり何よレーヴ!」

「スマン! 急で悪いが今時間空いてるかアーシャ!」

「え、えっ? い、今さっきママに報告した所だから空いてるけど……」

「事情は後で話すがアーシャ! 俺とのデートに付き合ってくれ!」

「えっ、えっっっっっ!?」


 レーヴに言われたい言葉ナンバースリー(アーシャ調べ)を突然言われ、顔を真っ赤にしたアーシャの叫びがラーハに響くのであった。



「……」

「そう機嫌を悪くするなアーシャ。今度何か奢ってやるからさ」

「べっつに~。機嫌なんて悪くありませんけど~」


 状況を聞き自分がただの助っ人として呼ばれたのを知って明らかに機嫌を悪くするアーシャ。

 だがレーヴの奢るという言葉を聞き逃さなかった。


(まあこんな状況でもデートには違いないし、二人きりならその時にでもなれるしね)


 そう考えなおすとアーシャはレーヴに近づき耳打ちをする。


「で? レーヴ的にはこのデートは成功させたい。それで間違いないのよね」

「ああ。完璧にデートをこなした上で振られたら、流石に堪えるだろうからな」

「オーケー。でもさっきから見てるけど、あの貴族相当デート力が低いわよ」


 そう二人が話してる横でも、未だにマイストスは家の自慢をイヴに聞かせ続けている。


「やっぱりそう思うか?」

「イヴだから成立してるだけよアレは。覚えておきなさいレーヴ、デートは主導役が相手を喜ばしてこそなんだから」

「肝に銘じておきますよ先生」

「ん、よろしい」


 レーヴにニッと笑うとアーシャは周囲を確認してある場所を見つける。


「さて。それじゃあお仕事開始としますか」


 そう言うとアーシャはマイストスに声を掛ける。


「貴族様? よろしいですか?」

「つまり……ん、何だい?」

「そこに評判のカフェテラスがあるんです。歩いてお疲れでしょうし、一度休憩となされては如何でしょう?」

「ん。確かにそれなりに歩いたが、休憩するほどでは……」


 少し渋るマイストスにアーシャは断りを入れて耳打ちをする。


「イヴも疲れているはず。気を回せる男はモテますよ?」

「あ~! やはり少し疲れてしまったなぁ! イヴさんカフェで休みましょうか!」

「はい、分かりました」

「そうと決まれば急いで参りましょう!」

「疲れているのでは?」


 そう言って先行して歩いていく二人を追いかけ、アイコンタクトで頷き合うレーヴとアーシャも追いかける。


 こうしてイヴのデートは初めてまともな展開を見せるのであった。




 あとがき

 という訳でイヴの初めてのデート、其の一でした。

 筆者がデート経験があまりないのですが如何でしたか?

 補足ですがレーヴのデートは全部依頼で行ったもので、望んでのデートは一度もありません。

 恐らくあと一話だけマイストスのお話が続きます。

 このデートがどんな結末を迎えるのか、ご期待ください。


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