名探偵は迷宮にはいらない~モブ生徒は名探偵に弟子入りし学園最強を目指す~

@sensyuNO1

第一章 自分殺しのパラドックス

プロローグ

1.

「人間、身の程ってぇのを弁えて生きていかなくちゃぁならない。それが道理ってもんだ」


 ばあちゃんの口癖だった。


「出る杭は打たれるし、あぶく銭は身を亡ぼす。何事も程々が一番。日々の暮らしの中で小さな幸せを見つけて生きる、それが一番だねぇ」


 僕はそんなばあちゃんの考え方が生き方が大嫌いだった。辺境の田舎のちょっとした地主の家長として、偉い顔をして自尊心を満たしたい、いつまでも自分の思い通りにコントロールしたいが為の詭弁、そうとしか思えなかった。


 コトブキ、苗字も持たないような辺境の田舎の地主の長男。生まれは裕福とまではいかないが生きるのに困ることはない程度の生活。物心がついた頃には将来の仕事も結婚相手も全て決まっていた。決められたレールの上を走り、子供の為にレールを敷く、それが僕の人生だった。だけど、僕はそのレールから外れることを望んだ。

 僕の人生は父さんや母さんの物でもないし、ましてやばあちゃんの物でもない。僕の生きる道を僕が決めて何が悪い。

 地主として波風立たない、風通しの悪い辺境の村で生涯を終えることは幸せなんかじゃない。僕の望むものじゃない。

 あの人のように、僕はあの人のような探䃔家になりたい。井の中の蛙として身の程にあった幸せを生きるのではなく、例えその先に待つのが何だろうと大海を知りたかった。

 だからこそ、何もない荒野を一人で進むことを選んだ。

 やっぱりそれが身の程を弁えていなかったのだろうか。


 コトブキは朦朧とする意識の中で口の中に血の味が広がるのを感じた。生臭い鉄の味で一瞬現実に意識が引き戻されそうになったが、腹に与えられた鈍痛が再び地の底へと叩き落す。


「僕にマカデミイア学園の入学試験を受けさせてください」

 一世一代の大舞台、僕は初めてばあちゃんに対して自分の意見を進言した。

 国内、いや世界最高峰の学舎として名高いマカデミイア学園への入学意思を示すと不思議なほどすんなりと認められた。


「よかろう。ただし、不合格になった場合は大人しくばあやの言うことを聞くんじゃぞ」


 倍率百倍強、それも世界中から優秀な子供たちが集まる試験、万に一つも受かるまいと考えていたに違いない。頭ごなしに否定するよりも現実を見せた方が諦めもつく等とばあちゃんが父さんと話していたのをふと耳にしたこともあった。


 それからは勉学と訓練に勤しむ日々だった。血反吐を吐きながらも地獄のような日々に耐えた。


 そして合格したのだ。村創設以来初の快挙だった。


 合格発表を見た時のあのばあちゃんの鳩が豆鉄砲を食ったような顔は二度と忘れないだろう。自分のことのように歓喜に湧く村の人々を前にさしものばあちゃんも何も言うことはなかった。最終的には涙を浮かべ、素直に送り出してくれた。


 かくして僕は村きっての天才としてマカデミイア学園に入学したのだった。


 順風満帆なように見えたのはそこまで。夢と希望に満ち溢れた学園で待ち受けていたのは地獄のような日々だった。


魔法都市アルケーの路地裏でコトブキは激しい暴行を受けていた。とっくの昔に魂躯アルマは剥がされ生身の身体に拳や蹴りが突き刺さる。

 助けを求めようとしても声は出ない。口から洩れるのは肺を潰されて押し出された乾いた空気と血反吐だけだった。


「おやおや。そんな可哀想なことをするものではない。いい子だから」


 路地裏のビルから体格のわりに背丈の大きい男が顔を覗かせた。頭には鹿撃帽子ディアストーカーハットをかぶり茶色がかったインバネスコートを着ている。何とも世界観にそぐわない奇天烈な恰好をしていた。


「あ? 何だおめえは?」


「ふむふむ、キミはマカデミイア学園一年9組のシケタ ツラーネ君だね」


「な、なんで俺の名前を。っじゃなくてお前は何者なんだ?」

 シケタは突然自らの名前を当てられ戸惑いの表情を浮かべる。リーダーであるシケタが後ずさりするのに合わせて取り巻きの二人もその背中に隠れるように後ろに下がった。


「私はしがない、いや、名探偵。シュウビ オワリさ。事務所前で暴行事件を起こされて見て見ぬフリをしていたら流石に沽券に関わるからね」


「名探偵? なんだそれ? どうせ賤業だろ? 男娼かぁ?」


「いやいや男娼にしては面が悪すぎでしょ」


「大道芸人とかじゃねーですか?」


「あーそれだそれ。奇天烈な恰好してるしな」

 シケタ達はギャハハと下品な笑い声を上げる。


「で、俺たちが誰か分かった上で邪魔しようとしてるからには、どうなるか分かってんだろうな?」

 シケタの口元から邪悪な笑みは失せドスを利かせるように声色も低くなった。


「所詮は地方貴族の三男だよね? アルケーここじゃそんなに威張れるような身分じゃないでしょ、キミ」


「な、調子に乗ってんじゃ」


「ま、だからこそ10組の生徒を見下すことでしかプライドを保てないんだろうけど。それじゃお郷も知れるよねー」


「ぶっ殺す!」


「ホラ、図星を突かれたらすぅぐキレて誤魔化そうとする。典型的な小物ムーブありがとう。後、聡明なシケタ君ならご存じだとは思うけど殴られる前に一言」

 オワリは両手を前に出して制止する。


「さて、マカデミイア学園の生徒についてはアルケー都市条例ではなく校則を優先するとされている。キミ達がそこのをボコボコにしても衛兵が飛んで来て牢屋にぶち込まれないのも、校則で生徒同士の争いについては学園の風紀委員会により対処、裁定されるという条項があるおかげだ。尚且つ、Ⅹ組の生徒落ちこぼれに対しては何をしてもいいという不文律があるから、学園側でも裁かれないというわけだね」


「あぁ? 何が言いてえ?」


「残念なことに私はⅩ組でもなければマカデミア学園の生徒ですらない。君たちを守る法的根拠は一切存在しない。そして衛兵としても治安維持部隊として自分たちがいるのに悪事に手を染める輩に手を出せないというのは実に歯がゆいものなのだよ。今回の現場では無垢な市民に対する暴行の現行犯、彼らにとっては鬱憤を晴らすいい機会だろうね」


「お前まさか」

 シケタが歯軋りをして悔し気な表情を露にする。


「さて、時間稼ぎの歓談にお付き合いいただきありがとう。そろそろ通報に応じた衛兵たちが嬉々として現着する頃合いだろう」


 そこからの判断は早かった。シケタとその取り巻きは道路に転がっているコトブキに目もくれず逃走を図ったのだった。


「通報なんて面倒なコトしていないのだけれどね」

 オワリは静かに呟いた。


2.

「ここは一体? 僕は?」


 くたびれたソファに寝かされていたコトブキがゆっくりと上体を起こす。かけられていた薄汚い毛布を小脇にどけた。ゆっくりと視線を周囲へと向ける。


 コンクリート質剥き出しの無骨な壁は長年風雨に曝されていたかのように汚れている。窓ガラスも外の様子がほとんど見えない程の汚れがこびりついていた。高さ的には三階相当だろう。一部に至っては割れたまま放置されている。そこからまだ肌寒い春の夜風が室内に流れ込んでいた。


 室内の家具もごちゃついていて今寝ているソファに事務机、そして大きな棚が並べられている。その他調度品が色んなところに散乱して整理整頓とは対極の部屋だった。


「あれ? 目、醒めたんだ。アタシの見立てだともうちょい寝てる計算だったんだけどね。まぁいいか」


 すらりと長い手足、華奢だがしなやかな身体、長く尖った耳、ドアから部屋に入ってきたのは金髪のエルフだった。エルフらしく鼻筋の通った整った綺麗な顔立ち、頭にはメイドカチューシャを乗せ金髪をサイドで結びツインテールにしている。サラサラの金髪だがツインテールで結んでいる先はウェーブが掛かっていた。


 恰好は普通の町娘のファッションなだけに頭の上のメイドカチューシャだけが異質だった。


「ええと、あなたは?」


「アタシはトワイライト エレクトロン。気軽にトワちゃんと呼んでいいわよ」


 と言われても、確かエルフって外見と年齢が一致しないんだよな。ずっと若々しい見た目の上に長寿だという話だったはず。この人も見た目的には僕と同じくらいの年齢に見えるけど、きっと相当年上に違いない。そんな人に気安く声を掛けていいのだろうか。それに気軽にトワちゃんと呼んでいいわよって言う時の表情じゃない。気安さとは程遠い高級人形のような表情だよ。無表情だよ。

 それにエルフとは何よりも自由を貴ぶ高潔な種族と聞く。どちらが正解だ。

 コトブキはポリポリと頬を掻いて悩んだ。


「ええと、僕はコトブキです。姓はありません。トワイライトさんは、というか今ってどういう状況ですか?」


 コトブキの問に誰も答えない。気まずい沈黙だけが流れる。


「と、トワちゃん、今どういう状況ですか?」


「コトブキ君ね。コトブキ、んーブッキーでいいか。ブッキー、よろしく」

 コトブキは無愛想な表情のまま差し出された細く白い手を恐る恐る握った。


「で、今の状況だった? 今の状況を説明すると長くなる。まぁいいか。掃除するのも面倒だし、ケチが帰ってくるまで話してあげるわ」


「そう、あれは何年前のコトだったか。アタシは旅エルフの子として生を受けたわ……」


「いや、ストップストップ。トワちゃんの伝記に興味ない! いや、興味なくはないけど、今じゃない今じゃない。聞きたいのは僕の置かれている状況だよ」


「あ、そう。ビルの前で虐められていたブッキーをケチが拾ってきた。ボロ雑巾よりボロボロの身体だったからアタシが治癒魔法をかけてあげたってわけ。ブッキーを助けたケチは今急用とかで出かけてるわ。目を醒ます頃には帰ると言っていたから後三十分以内には帰るはず。大体、早く目覚め過ぎなのよねぇ」


「あ、ありがとうございます」


 コトブキは立ち上がって屈伸運動や手を軽く振ったり上に跳ねたりして身体の様子を確認する。

 道理で身体が軽いわけか。ここ最近ボロボロだった身体が嘘みたいだ。


「にしてもマカデミイア学園も中々にハードね。大怪我だった。治癒したのがアタシでなければ後遺症が残ってたわよ」


 トワイライトは細い腕をコトブキに差し出す。


「あ、ありがとうございます」

 そう言いながら手を握った。


「違う」


「え?」


「金」


「お金取るの?」


「勿論。対価なき労働は存在しないわ。アタシは治した。ブッキーはそれに見合った対価を用意するべき」


 押し売りなんだけどなぁ。けど身体を治癒してもらったのは事実だし。

 コトブキはポケットから財布を取り出し、口を開けてひっくり返す。カランコロンと床に五エン硬貨と一エン硬貨が転がった。合わせて六エンである。

 トワイライトは風のような滑らかな身のこなしで六エンを回収した。


「え、これっぽっち?」

 今まで無表情を崩さなかったトワイライトの顔が大きく歪む。余命を宣告されたかのような絶望色に染まっていた。

 

「ごめん、全財産これしかなくて……。仕送り、全部あいつらに毟り取られて」


「いくら?」


「二十一万エン程です」


「倍額取り返す。分け前は9:1ね。勿論アタシが9」


「ちょっと待ってください」

 コトブキは部屋を飛び出そうとするトワイライトを慌てて制止する。


「何? 人間の寿命は短い。善は急げでしょ」


「違う。これ以上アイツらを刺激するような真似は辞めて欲しいんだ」


「どうして?」


「下手にやり返したところでより一層攻撃が激しくなるに決まってる。21万エン取り返したところで次は30万エン取り上げられるだけなんだ。そんなの無意味だよ。それにもし仮に僕に後ろ盾があるからって、手を引いたとしてもターゲットが他のX組のクラスメイトの誰かに向くだけ、他の誰かに押し付けるくらいなら僕が我慢した方がましだよ」


「お、少年。素晴らしい正義感だね。だが、身の丈に合わない正義感は身を滅ぼすだけだぜ」

 オワリは入り口のドアの少し低くなった天井にぶつからないように前屈みになって入ってきた。そして先ほどまでコトブキの寝ていたソファに腰を下ろしタバコに火を付けた。


「身の丈って言葉は嫌いだ。それでも僕は」


 誰も彼も何なんだよ。身の丈身の丈って。僕はそんなに何もできない惨めな雑魚なのかな。分かってる。僕の実力じゃⅨ組には手も足も出ないことも。だから耐えた。どんなに理不尽な命令も暴力も耐えた。アイツらが僕に構っている間は他のクラスメイトに手出ししないから。せめて肉壁でも良いから誰かの為になりたい、そう願うことすら罪なのかな。それすら僕の身には余るというのかな。


「おっとごめんごめん、じゃあ言い換えよう。やる気のある雑魚程有害なものはない。今のⅩ組に必要なのは現実を受け入れて我慢することではないのだよ。かといってお金に目の眩んだトワちゃん突撃案は無しだけどね」

 オワリの吐き出した白い煙はドーナツ状に広がるとすぐに霧散した。


「そんなこと言ってどうすりゃ良かったんだよ。僕たちはこうするしかなかったんだよ! 部外者に何が分かる」

 コトブキが悲痛な叫びを上げた。その目からは涙がポタポタと頬を伝い床を濡らす。


「さて、ここは探偵事務所だ。僕はここの所長にして偉大で聡明な名探偵のシュウビ オワリ。そっちのエルフはまぁさながら事務員ってところか。そしてアンタは依頼主だ。つまり、我々はもはや部外者ではないのだよ」


「勝手に依頼主にすんな! というかそもそも探偵ってなんなんだよ! 勝手に首を突っ込んでくんなよ」


「ふ、名探偵とは森羅万象ありとあらゆる難事件を解決に導くことを生業としている者さ」

 オワリはタバコを灰皿に押し付けて火を消す。そして最後にフーッと白い息を吐き出した。


「まぁ、とにかく話してご覧よ。話せば楽になることもあるはずさ」

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