第2話「ゾンビを助けよ」

キースは裏口に足を運んでいた。

けたたましいチェーンソーの音。奥にいるのは女囚人のゾンビたちだ。女性だからと

優しくすることは無かった。キースは問答無用で一体の首を即座に斬り落とした。

振り下ろされたチェーンソーに臆することなく懐に入り込み、胴を切り裂く。

死骸を容赦なく踏み潰す。


「次はお前か?」


奥で静かに立っているゾンビに声を掛けた。彼女だけは他と違う。囚人の姿では

無い。修道女らしい。たどたどしい口調で彼女は意外な言葉をキースに投げる。


「あり、あ、ありが…とう…ありがとう、う」


顔や服の隙間から見える肌には縫い目が見える。彼女はゾンビだが、自我を

保っている。どうやら他のゾンビから言葉にするのも悍ましいほどの虐めを

受けていた様子。


「構わん。こいつらが襲い掛かって来たから殺したまでだ。行く当てが無いなら

中に入っても良い。…手間のかかる娘が気になって仕方ねえ。俺は行く」


キースは屋内に戻り、ユニを探し始める。見れば表口は木っ端微塵だ。他にも

ゾンビが侵入している。ユニの安否確認を急がなくては、とキースが動こうと

したときだった。上から爆音と悲鳴が聞こえた。


「ユニか!」


上へ逃走し、追い詰められたと考えた。キースはその桁外れな脚力で駆け上がる。

ユニの方は身を隠していたはずだが居場所がバレてしまった。彼女は転がっていた

物に気付く。


「こんなところに…えぇい、どうにでもなれ!」


闇雲だった。だが運よく扱うことが出来たらしい。爆音と共に屋内に煙が充満する。

ゾンビたちは煙を取り払おうとガムシャラにチェーンソーを振り回している。扉が

開いている。抜き足差し足で、しかし急ぎ足でユニはこの部屋を出て、そっと

扉を閉めた。そして走り出す。元々自分がいた部屋は最上階だ。そこまで行って

部屋に閉じこもって耐えようと考えたのだ。部屋に入り、中にある机や椅子で簡単な

バリケードを作って扉を塞ぐ。大して時間稼ぎにはならないだろうが…。

荒れた呼吸をゆっくり整える。窓から外を見るが、ゾンビの姿が無い。大した数は

跋扈していなかったのだろうか。窓を全開にしておく理由はいざという時の

避難経路の確保。

下の階から威嚇するような音が聞こえる。そしてゾンビの唸り声。


「き、来た…!」


ベッドの上で構える。高望みをするならば、この部屋に来ないで欲しい。だが

そんな願いはあっさり裏切られ、チェーンソーの刃が扉を突き破った。わざとらしく

丸い穴が出来た。そこから覗く二体のゾンビ。数秒の沈黙の後、チェーンソーが

火を噴いた。バリケードを蹴破ってゾンビたちは狭い部屋を走る。


「嫌ァァァァァッ!?」


この声がキースが耳にした悲鳴だ。慌ててユニは窓の外へ出る。だが彼女は

逆に追い詰められる羽目になった。


「どうしよう!?」


上に上がる手段が無い。下へ安全に降りられる道が見つからない。自我を失いつつ

このゾンビたちは多少頭が良いようだ。一体がチェーンソーを捨て、ゆっくりユニの

もとへ近づく。彼女はゆっくり離れようとするが限界がある。不気味に歪むゾンビの口。威嚇するような唸り声に身を縮ませるユニ。だが運よくキースが到着した。


「無事か、ユニ!」

「キース!」


キースに気付いた黒髪のゾンビはチェーンソーを振り上げた。


「そんなモン、振り回すなよ」


振るわれた脚によってチェーンソーがゾンビの手から吹き飛んだ。四本の剣が

ゾンビを床に張り付ける。オマケに、と踏みつけて金髪のゾンビに接近する。

彼は鎖によって四肢を拘束された。


「こいつらは正気に戻れば良い奴らだ。だが今は離れるぞ、しっかり掴まれ」

「わ、わわっ!?」


キースの背中から蝙蝠の羽が現れた。空を飛んでいる。一先ず危機を脱出した二人。

キースとユニは館の裏口に来た。そこにはまだ修道女のゾンビが突っ立っていた。

青白く、そして継ぎ接ぎだらけの肌のゾンビ。


「まだいたのか」

「あ…あ…」


頷きながら何かを言おうとしている。


「あ…あぁ…」


彼女は何かを示しているようだ。自分の胸を指さしている。


「胸?」

「胸に何かあるみたい。あのさ、ゾンビさん。それってもしかして自我が

失われた事と関係があるの?」


ユニが聞いてみると彼女はその通りだと言いたげな顔で何度も頷く。

そして彼女はユニの手をギュッと握った。体温が感じられないヒンヤリした

感触だ。


「言葉が分かるっていうか、今の状況から考えただけだよ」

「胸…まさか心臓か?」


またもやゾンビは頷いた。


「ありがとうゾンビさん!行こうよ、キース。良い奴だって言ったでしょ?」

「分かった分かった。ってついて来る気か?」

「え、駄目?」

「…」


あのゾンビはかろうじて自我があるらしい。きっと元々は自我があっただろうに。

ユニの手をそのゾンビが握った。何を考えているのだろうか。だがユニはすぐ

分かった。一緒に行きたいのだろう。声の掛け方が分からず、こうして手を握った。


「一緒に行こう、ゾンビさん」

「ハーミット…私、ハーミット」


今度は滑らかな口調で自分の名前を名乗った。


「そっか、ハーミットって言うのか。私、ユニ。よろしくね、ハーミット」


二人の様子をそっと近くでキースは見守っていた。人外と人間がこうして会話を

する場面を見ることになろうとは。


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