第6話 相互


『どちらかの願いを叶えてくれ。さすれば私が癇癪を起こすことはなくなる』

『癇癪の自覚あったのかよ……』

『日本語学塾か、私に合う洋服か。明日、また返答を伺おう』


 そして、その回答提出期日である今日。

 宅浪はそれとなく調べたうえである問題点に頭を悩ませていた。


 一つに、大前提として小人のサイズの洋服が売っているはずがないということ。

 赤ちゃんよりさらに小さい、手のひらに収まるほどのサイズだ、特注でもしない限りはこの世に存在することはないだろう。


 二つに、洋服といってもなにが着たいのかということ。

 これは盲点だった、服といっても種類は数えきれないくらいにある。履歴を調べているときに中身の傾向まで目を通せていれば対応できることだった。何より、俺が後から聞くのはハードルが高すぎる。


 だから……


【プレゼントに何をあげればいいかな?】

【1・洋服 2・お金 3・苗字】


 こうして普段やることのないゲームを彼女の前で堂々とプレイして訊くことにした。


「なあ、これどうすればいいと思う?」


 宅浪は液晶越しの女の子ではなく、隣に座る彼女に尋ねた。


 一回り小さい液晶に釘付けだったサヤカは、首は動かさずに横目で超然と見る。

 見るからにうんざりしたような顔で、ボソッと独り言のように言葉を吐いた。


「……二人きりの時間を邪魔するのは野暮だろう。私は口出ししないでやる」

「いや、助言を訊きたいと思ったんだけど」

「だからこそ、浪人が選ぶべきだろう。気持ちを込めたモノを」


 当然と言わんばかりの平然な眼差しで俺の瞳を凝視する。


「さてはお前……」

「どうした、相手に失礼だろう。さっさと答えてやらないか」


 サヤカが、まだこの人間世界の文明レベルについていけていないのは分かった。

 自然な感じで行きたかったが、こうなれば逆に訊いてみるか。


「洋服にしようと思ってるんだけど、どんな服がいいかアドバイスもらえるか?」

「私か? 私なら……」

「うんうん」

「私なら、お金か苗字を譲渡するな」


 ずっこけー。


「そういうことじゃねえよ!」


 思わず芸人並みの大きな声が出た。

 サヤカは俺のツッコミに思うところがあったのか、タブレットから目を離し、泰然自若の風貌で身体ごとこちらに向けた。どうやら、やる気になったらしい。


「この世界において通貨は欲しいものを権利も必要なく、自由に買うことのできるモノ、金がなければ何もできない。そして苗字は、片方が養われるためにある将来の資産だ」

「状況を考えろ、状況を」

「さらに言えば、金のない弱者は薄汚い公園で鳩たちと一緒に寝る定めであり、結婚という見積もりのない逃避行は子孫繁栄程度にしか役に立たない。これから言える結論は?」


 言いたい放題言いまくってくれる。だが矛盾点はあるな。


「子孫繁栄は大事なことじゃないのかよ」


 あれだけ自分が重視していた言葉に、サヤカは眉をひそめる。


「……? 蚊の私にとっては、関係ないことだ。さっさと絶滅してくれていい」

「他人事かい。聞かなかったことにするよ……それで結論は?」

「働かない者だけが不幸を味わうことがない出来レース、というわけだ」

「結局、俺への皮肉かよ!」


 なんか悪いイメージばっか拾ってきたな……主婦の愚痴投稿でも目にしたか?

 まあ、それが真実な場合もあると俺も思うが。


「ただ……」

「ただ?」

「――洋服は、相手に対してアピールする際に使える武器であると私は考えている」

「へぇ……そうか」


 視線は明後日の方向に。サヤカはまるで他人事のように持論を唱えた。


「浪人はどう思う?」

「武器、か。たしかに『女性の化粧はマナー』なんてのはよく言われるな」

「浪人は女性の『素』は失礼にあたると考えている口か?」

「別に。考えたことなかったな」

「世間知らずめ」


 余計なお世話だ。


「で、見解は?」

「私か?」

「アンタ以外の女がどこにいるよ?」

「私にとって、容姿の見た目は子孫繁栄につながる誘惑の材料になるものだ」

「中身が大事なんてのをよく聞くが、アンタは外見至上主義か?」

「中身がいいなら外見もいいはずだろう。気高きオスは昔からそう定められているのだ」

「つまり、両方と」

「そう捉えてくれても構わないが、彼女には悪いことをしたな」

「彼女?」


 指差したのは液晶上に映る三つ編みヘアの美少女。


「貴公の醜態をこうもあっさりと目の前で晒してしまったのだから」

「大丈夫。こいつはなにもしなくても、もう俺の虜だよ」


 宅浪はそう言った後、コントローラーを握った。


【『1・洋服』をプレゼントした】

【ロウくんからのプレゼント、嬉しいなぁ……。大切にするね】


「こいつ、頬が赤くなっておる‼ 熱でもあるのか?」

「俺に濡れてんの。これで見る目がないのはどっちかはっきりしたな」

「ぐぬぬ。こやつ、弱みでも握られておるのか……?」


【どの模様の服にしようか?】

【1・水玉 2・水色と白色のストライプ 3・リボンの付いたヒラヒラ白ワンピース】


「模様まで選ぶのか」

「ここは間違いなく、3のワンピースだ」

「いいや、髪飾りをよく見ろ。白色の髪留めをしているだろう」

「だから、白のワンピースしかないんだろ。それにあの髪留めはたしか設定だと、死に別れた妹からもらった最後のプレゼントだったと思うぞ」

「なんと……彼女にそんな目を背けたくなるようなつらい過去が⁉」

「あったんだな、それが」

「ならば、尚更2の水色と白色のストライプ模様だろう」

「どうしてそう思うか、一応聞いておこう」

「彼女は死に別れた妹のことを大切に想っているため白を捨てることはできない、しかし想い人である貴公に自分の色を見つけてほしいという気持ちを同時に持っているのだ」

「だから、交互に水色と白色が連鎖するストライプ模様がいいって?」

「それしかない。相手のことを想うなら深読みでもしなければ理解することは……」

「ご意見どうも。俺はこれにする」


 宅浪は有無を言わせずボタンを押した。


「貴公、それは――」


【『3・リボンの付いたヒラヒラ白ワンピース』をあげた】

【ありがとう。髪留めにも似合いそうで嬉しい!】


「喜んでくれてるみたいだな」

「……左様か?」


 サヤカはかがみこむように腕を頭に乗せておそるおそる液晶画面を見る。


「ほら、この清々しいくらいの笑顔を見ろ」

「違う、きっと彼女はなにかしらの……って、あ?」

「腕にしがみついてきたな」

「なに~⁉ そんなバカな……本当に彼女の好きな色は何者にも染められる白なのか?」


 サヤカはまるで劇を演じるみたいに大げさに両腕で頭を抱えた。


「だから、深読みしすぎなんだって」


 何はともあれ、これで俺の恋愛テクは立証。

 少しは威厳を見せられたかな。


【だけど……】


「え?」


 まるで、サヤカの訴えに応えるみたいに、液晶上の攻略対象は口を漏らした。


【だけど、私が着るには勿体ないかな~。あはは……】

【好感度が2下がった】


 女の子は謙遜とも似ても似つかない表情でプレゼントを断った。


「やった‼ 私の乙女心は的確だった‼」


 サヤカは勝鬨を上げるかのように両手でガッツポーズをした。

 まるで少女のように純粋に喜びを噛みしめた。


「な……一体、どういうことだ?」

「ククク、やはり弱みを握られていたか? ん?」

「画面に話しかけても返ってこないぞ」

「貴公と付き合うことはできないが、こんな腑抜けよりかは良いと思うぞ?」

「腑抜け言うな。だいたいこんな三択問題、誰でも……」

「正解したのは私だ。女心を理解していないのは貴公だぞ、浪人」

「……あっそ」


 宅浪は突き放すような言い方で相槌を打った。


「なにか見直したことは?」

「アンタにそんな配慮的能力があったことは意外だよ」


 なんせ、俺がおやつ用に買った菓子は躊躇なく食い散らかすのだから。

 〇イフルも〇ッキーもき〇この山も忍〇めしもピュ〇グミも、とっておきの甘いお菓子はすべてこいつの胃袋の中に入る。俺がただでさえ少ないお小遣いで買ったやつなのに。


「ふっ、ようやく理解したか。私はエリートなのだ」

「エリート……ね。たしかに、俺とアンタだと過ごしてきた密度は違うらしい」

「そうだ! 今度浪人にも教えてやろう」


 サヤカは閃いたように手を叩いた。


「……なにを?」

「私の成功体験を基にした、社会で役立つ、人を口説くやり方をだ!」


 お節介にしかならない……と言おうとしたところで宅浪の思考は固まる。


 この前向きな態度がある一つの可能性を生み出したから。


「お前……もしかして、暇なのか?」


 宅浪は煽りでもなく、単純な疑問として訊いた。


「それは……」


 一瞬、眉をしかめたサヤカだったが、俺に悪意がないことを汲み取ると、和らげた。

 そうして抜きかけていた鞘を収めた後、サヤカは現状を分析するように言葉を続ける。


「それは……暇だろう。私は毎日、しゅのために労働に勤しんでいたのだから」


「その感覚、俺にはさっぱりなんだけどな~」


 宅浪はあっけらかんとした対応ですかしたように、上を向く。


「また罵倒してほしいのか? 浪人は」

「罵倒できるくらい、俺には非がいっぱいあるか?」

「ん? ……まあ、浪人の非は数えきれないくらいあるな」

「俺も同じで、サヤカには数えきれないくらいの非を持ってる」


 それも、とは真逆ってくらいの量の非を。


「それは浪人が……」

「でも、暇っていう感覚は俺にも分かる」


 反発するサヤカに、宅浪は人差し指だけをサヤカの元にゆっくりと差し出した。


「俺も、ずっと暇だった」

「…………」

「退屈で、なにもかも憂鬱でずっと刺激を求めてた」


 サヤカはいつもの塩対応は見せずに、素直に俺の差し出した指に手を乗せた。


 赤ちゃんより小さいミニチュアな手のひら。

 だけど、意志の強さはあるように映る、そんな手のひら。


「それが私と浪人を繋ぐ、唯一の共通点……と?」


 その人差し指に乗せられた手のぬくもりに、つながりに。


「そういうこと」


 俺は少しだけ、舞い上がったりして。


 これから言う台詞の羞恥を少しだけかき消した。


「だから、その暇を俺とサヤカで、ぶっ潰しに行こうぜ」


 サヤカは俺の人差し指に身を任せると、二つの意味で尻に敷き、二本足をぷらぷらと俺の人差し指の上で揺らした。

 身体が一緒に動くたびに、高めに縛られたポニーテールも一緒に揺れていた。


 俺の人差し指は鉄棒扱いらしい。


「……服を買いに行くと、最初から言えばいいものを」

「は、うるさっ」


 当たり前だけど、女のコを運んでいる感覚を忘れてしまうくらいには軽かった。

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