第11話:宵の明星たちの軌跡⑤



 ――どごおおおん!!!


 えっ、と思った瞬間、思い切り引き寄せられる。たった今離れた場所に真上から降ってきた、いや、叩きつけられたのは、見間違いようもなく人の腕だった。

 ただし、手のひらだけでもリオンの背丈を越しそうな大きさで、指先から付け根まで黒一色。人間でいえば上腕の辺りからが、やや離れた地面の落ち葉を掻き分けて生えてきていた。およそ尋常な生き物ではないはずだが、異質ながら奇妙な存在感があって、はっきり言って気持ち悪い。

 しばらくは叩いた辺りを探るような動きをしていたが、すぐに仕留め損ねたと気付いたらしい。ひとつひとつが人の胴体ほどもある指を、ばらばらに蠢かせて突っ込んでくる。

 「ひえっ!?」

 「リオン、こっちに!」

 恐ろしく気色悪い動き方を、うっかりまともに見てしまったリオンが硬直しかける。その肩を抱くようにして向きを変えさせると、アスターは山の稜線を越える方向に走り出した。そのあとを、わさわさと指をくねらせながら『手』が追ってくる。夢に見そうなほど異様な光景だった。

 「や、やっぱり追手でしょうか!?」

 「十中八九間違いない! 普段はイメージに関わるからと控えているが、陛下はああいった傀儡の使役が得意なんだ! 地の果てまで追いかけて捕まえる気でいるらしい!!」

 「捕まえるっていうか、始末する気満々なのでは!?!」

 あんな勢いのハンドスラップをまともに食らったら、脳震盪くらいじゃ済みそうにない。もしも五体満足でなくなっても、とにかく生きてさえいれば生贄には使えるから、ということだろうか。いくらほとんど血の繋がりがないとはいえ、果たして自分の孫に対してそこまで冷酷になれるものなのか……

 (……なれるね! うん、今さらだった!)

 物心ついてからこっち、辛い時期はずーっと放置を決め込まれた苦い思い出が蘇ってきっぱり結論付ける。でなければ『お前が贄に決まったから心の準備をしておきなさい』なんてこと、紙切れ一枚で通達してはいおしまい、などという扱いはしないだろう。少なくともリオンだったら絶対やらない。

 (どこまで人のことを馬鹿にすれば気が済むんだ、あのばあ様は……!!)

 今までのことと、現在進行形で大変な目に遭っているのが相まって、胃の腑が焼けるような強烈な感情が沸き起こる。老成までは行かないものの、前世で一通りの年季を得て落ち着いたと思っているリオンにとって、久しぶりに感じる本気の怒りだ。

 走りながら利き手を後ろに回し、腰にしっかり固定した『導きの星』を掴む。久しぶりのはずなのに不思議と手になじむ柄を握りしめて、迫り来る『腕』を肩越しに睨みつけた。そして、

 「――あったま来た!! 成敗してくれる、そこへ直れッ!!!」


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