第11話 弟子入りはお断わり――⑥

「……私、そんなにしつこく弟子入り頼んでた?」

「そりゃあもう。確かひと月くらい? 毎日のように来てたわよ」

「う、うそっ! それは話を盛ってる!」

「嘘じゃないわよぉ。その頃はヴァイオレットさんもよくウチに来てたんだから。

 何年経とうが、その日来てくれたお客さんの顔をアタシは忘れないわ〜」


 パチン、とウインクするマカに、オルティナが「そっか……」と肩を落とす。


「ならまだ三分の一なわけか……」

「あら、なんの話?」

「……実は、私に弟子入りしたいって子が居て――」

「なんですってぇ!?」


 マカが盛大に驚く。

 店に居た他の客が全員『何事か』と振り返るほどの大声だ。


「うるさいよ、マカ」

「あらやだ、ごめんなさい。

 ……それで? 念の為聞くけど弟子ってあの弟子よね?

 迷宮区に出た新しいモンスターの名前とかじゃなくて」

「違う。師弟関係の弟子」


「そう……そうなのね。やだ、アタシ泣きそうだわ……。

 良かったじゃない、ティナちゃん」

「いや、全然よくない」


 オルティナが新しく注がれたジュースをやけ飲みしながら、気炎を吐くように言う。


「毎日毎日ウチに来ては弟子にしてください、弟子にしてくださいって!

 無視したらしたで朝から晩まで家の前に居座るし……今日で10日目だよ!?

 たまったもんじゃない!」

「あぁ、なるほど。それでウチの店に避難してきたってわけね」


「私に助けられたのが2回目だかなんだか知らないけど。

 これだけ袖にしてるのに、どうして諦めてくれないの……」

「うふふ。それ、ヴァイオレットさんも言ってたわよ?」

「え? 私、弟子になるより前に師匠に助けられたことなんてないけど?」

「そっちじゃなくて。『どうして諦めてくれないの……』って。

 似るものね〜師弟って」


 素敵だわ、と笑うマカに、オルティナが苦虫を噛みつぶしたような顔になる。


 その話が本当なら、昔の自分は恩師に今の自分と同じ気持ちを味わわせていたということで。

 そんな彼女にはラピスの行いを咎める権利もないということだ。


「弟子入りのこと、前向きに考えてあげたら?」

「冗談でしょう……絶対にイヤ」


「まぁまぁそう言わずに。

 ところで……その弟子入り希望の子って、先週ティナちゃんが助けてた女の子?

 確かラピスちゃん、って言ったかしら?」

「名前は忘れたけど……多分そう」


「いや覚えていてあげなさいよ、弟子入り希望してるんだから……」

「弟子にする気はないからいいの。マカの方こそ、よく覚えてたね?」

「ティナちゃんの古参ファンですもの。

 それよりそのラピスちゃんって――もしかして、あの子?」

「……えっ」


 マカが遠くを見てそう言うのに、オルティナが弾かれたように振り向く。


 視線を追うと、そこには入り口の辺りでキョロキョロと何かを探すラピスの姿があった。

 何を、いや、誰を探しているのかなど決まっている。

 やがてパチっとオルティナと目があって、ラピスは忠犬のように彼女のもとへ駆け寄った。


「こんばんは、オルティナ様!」

「な、なんで貴女がここに居るの……?」

「まだ本日は弟子入りの件でお返事を頂いていませんでしたから!」

「いや、そうじゃなくて……どうやって居場所を……」


「道行く人にお聞きしました。

 オルティナ様は美人ですから、皆さんよく覚えていらっしゃって。

 すぐに分かりましたよ!」

「は、恥ずかしいことしないで……!」


 オルティナが耳を赤くしながらラピスに抗議する。

 今更だが、自宅を突き止められたのもそういうわけだった。


 マカがそんな二人の様子を見て「これはティナちゃんには強敵ねぇ」と楽しそうに笑う。


「いらっしゃい。ラピスちゃん……って呼んでもいいかしら? 何か飲んでいく?」

「こんばんは、店主さん。はい、お好きに呼んで頂いて構いません。

 でも、もうお店を閉める頃ですよね?

 すみません、閉店まで外で待っていようかとも思ったんですが……」


「あら、いいのよ。そんなに気を使わなくても。

 残っているのは常連のお客様ばかりだし……それに、お話し合いするなら飲み物が欲しくなるでしょう?」

「ちょっと、マカ!?」


「それじゃあ……アルコールの入っていないものを1つ」

「はい、かしこまりました。

 ティナちゃんが飲んでいるものと同じジュースでいいかしら?」

「是非それでお願いします!」

「マカぁ!」


 オルティナが『味方じゃないの!?』と恨めし気な視線をマカに向ける。

 それに苦笑するマカは、声を潜めて言った。


「だってあの子、本当に昔のアナタそっくりなんだもの。

 だからきっと諦めないわよ。ちゃんと話し合いなさいな」

「うぐっ……。そ、そんなことしなくても答えは決まってる。

 ……マカならよく分かってるでしょ?」

「えぇ、そうね。

 でも――ちゃんと向き合わなきゃダメよ。例え傷つくことになろうともね。

 だって立ち向かった時についた傷と、逃げた時についた傷じゃあ痛み方が違うもの」

「っ、それは……」


 マカの言葉はオルティナにとって耳の痛いものだった。

 他でもないその『逃げ出した時についた傷』は、今も消えずに彼女の心を苛んでいるからだ。


 オルティナがラピスの方を見る。

 彼女は内緒話する二人をチラチラ横目で見ていたが、オルティナと目が合うとニコリと微笑んだ。


(能天気な子……)


 誰のせいでこんなに悩む羽目になってるんだ、とオルティナが顔をしかめる。

 そうして見つめ合い黙りこくってしまった二人に、見かねたマカが助け舟を出す。


「さっきティナちゃんから少し聞いたんだけど。

 ラピスちゃん、彼女のお弟子さんになりたいんですって?」

「はいっ、そうです!」

「あら元気のいい返事。

 でもね、ティナちゃんにはどうしても弟子が取れない事情があるらしいのよ……」

「(コクコク)」

「事情、ですか……?」


「そう。それは話し合いでどうにか出来るものじゃないと思うわ。

 彼女、とても頑固屋さんだから」

「(コクコク……!)」

「あぅ……でも……」


「だからね、こうするのはどうかしら。

 ――ティナちゃんがラピスちゃんに、弟子入りを認めるかどうかの試験を出すの」

「(コク……)えっ?」

「試験……?」


「そう。それに合格したら、ティナちゃんは弟子入りを認める。

 代わりにその試験に落ちたら、ラピスちゃんは弟子入りを諦める。

 どうかしら?」

「なるほど……!」


「いや、なるほどじゃないから。

 なにを言ってるのマカ、私がそんな条件を飲むわけ――」

「あら、じゃあ頑張って説得する?

 別にいいのよ〜アタシは。

 ティナちゃんがうちの店に来てくれる分には大歓迎だもの〜」

「ぐっ……!」


 すっかり主導権を握られたオルティナが歯ぎしりする。

 というか自分がこの店に避難しに来ることが確定事項になってしまっている。

 そして多分その通りになるだろうことは目に見えていた。


 勝手に話を進められたくはないオルティナだが、他に代案が無いのもまた事実。

 このままだとラピスは昔の自分のように1ヶ月……いや、もっと長期間、家を訪ねてくるかもしれない。


「若いうちは一分一秒が貴重なんだから。

 いつまでも押し問答してないで、これで白黒つけちゃいなさいな」

「分かりました! 頑張ります!」

「なんで貴女の方が先に返事するの……。

 ……はぁ、分かった。

 その代わり、試験に落ちたらきちんと諦めるんだよね?」

「っ、はい。もちろんです」


 ラピスが緊張した面持ちで答える。

 オルティナは『言質は取った』とばかりに意地の悪い顔をした。


「分かった。それでいこう。

 試験の内容はもちろん私が決めていいんだよね?」

「そうだけど……あんまり理不尽なものは駄目よ〜?

 きちんとラピスちゃんが合格出来る可能性のあるものでないと、試験とは呼べないわ」

「分かってる。

 大丈夫……そこまで理不尽な内容にはしないから」


 それが意味するところは、ある程度は理不尽な試験にするつもりということだ。


 大丈夫かしら、と不安そうなマカをよそに、ラピスは「頑張ります!」と握りこぶしをつくっていた。

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