第13話 弟子入り試験――②

「おっと、言い忘れてたがこのイベントの様子は9層全体に浮かべたドローンカメラが生配信中だ!

 お前らも自分で枠を立てるのは構わねぇが、タグにイベント名を付け忘れるなよぉ!?」


 司会の男がそう言うのに、ラピスが慌ててイベント運営元の配信を表示する。

 するとすぐに、視界の端をたくさんのコメントが流れていった。



 <コメント>

 うおおぉぉぉぉ!

 今年もこの時期がやって来たか

 頑張れ新人さん達〜

 やっぱ優勝はバニーちゃんかなぁ?



 内容はほとんどが応援や冷やかし、誰が優勝するかの勝敗予想といったものだったが、何よりも彼女を驚かせたのはコメントの量だ。


 凄まじいスピードで流れて行くコメントに、ラピスはそれだけ大勢の視聴者から観られていることを実感する。


 普段のオルティナの配信や、前回が初配信だったラピスからすれば未知の世界だった。


「あわわわわっ!」


 思わずパニックになりかけるラピス。

 だがすぐに目的を思い出した。


(そうだ……緊張してる場合じゃない! 私は絶対に優勝して――オルティナ様の弟子になるんだ!)


 自身の配信のことや、このイベントで目立つことなどは考えない。

 配信者として有名になる機会はこれからいくらでもあるだろうけれど、オルティナの弟子になれるかどうかはこの瞬間にかかっているのだから。


「絶対に弟子にしてもらうぞー!」


 一人だけ周囲の参加者とは違う掛け声を上げながら、ラピスはエメラルド・バード探索へと乗り出した。









 エメラルド・バードは個体数の少ない生物だ。

 それゆえに鮮やかな緑の羽根は、装飾品として希少価値を持っている。


 とはいえたった1羽しか存在しないというわけでもない。

 このイベントが開催された以上すでに繁殖期には入っていて、この第9層でも姿が確認されたのだろうが……、


「ぜ、全然、見つからない……」


 ラピスが息を整えながら、うめくように呟く。


 見れば周りの参加者も血眼になりながら、一向に見つからない緑色の鳥に苛立ちを募らせていた。


(これ、もし見つからなかったらどうなるんだろう?)


 ラピスが今更ながらに公式が発信しているイベントの内容を見る。

 そこには『なお、時間までにエメラルド・バードが捕獲できなかった場合はくじ引きで優勝者を決定します』の一文が。


 そんなぁ!? と、あまりの適当さにラピスが素っ頓狂な声を上げる。


 他の者たちにとってはどうか知らないが、彼女からすれば人生の大一番――と思っている――なのだ。

 運任せで決められてはたまらない。


(ぜ、絶対に捕まえないと……!)


 もしかしたら、オルティナがその優勝者を弟子にするかもしれない、とズレたことを考えるラピス。


 そんなことは絶対に有り得ないのだが、とにかく危機感を抱く彼女は再び廃墟となった街並みを探索しようとして、


「居たぞぉぉぉ!」

「えっ!?」


 遠くから声の上がった方を見る。

 そこには上空を優雅に飛ぶ鮮やかな緑の鳥が居た。


 間違いない。

 エメラルド・バードだ。


「どけぇ!」

「きゃあ!?」


 と、綺麗なその姿に思わず見入っていたラピスが、他の探索者に突き飛ばされる。

 そして続々と周囲の探索者たちが、ようやく見つかったエメラルド・バードへと殺到した。


「わ、私も行かないと……!」


 慌てて立ち上がり、参加者の後を追うラピス。

 すると背後からゴウッという音が鳴り響いた。

 今度は何だと振り返れば、熱い空気が辺りを吹き抜け、一人の人影が集団から飛び出していく。


「えへへー、ごめんねみんなー! おっさきー」


 そう言ってウインクするのは明るい赤髪の少女だった。

 胸元を大きく開けたシャツに短く折ったスカートというやや扇情的な格好をしている、悪く言えば遊んでいるような印象を受ける少女だったが、重要なのはそこではない。


 彼女は空を飛んでいた。

 革のブーツから吹き出した炎を推進力の代わりにして。


「そ、そんなの有りなんですか!?」


 有りである。

 魔法の使用はルールで禁止されていないのだから。


 驚くラピスをよそに、赤髪の少女はぐんぐんとスピードと高度を上げていく。

 そして――エメラルド・バードのすぐ後ろにピタリとくっついた。


(あっ……)


 ――終わった。


 ラピスの頭にそんな諦観がよぎる。


 彼女には空を飛ぶような手段はない。

 例え方法があったとしても、この距離ではどうやっても赤髪の少女が捕まえるほうが先だろう。


「優勝は……このバニーちゃんのものだ!」


 赤髪の少女が高らかに言って、エメラルド・バードへと手を伸ばす。

 そしてもう少しで捕まえられるというところで、


「うきゃあっ!?」

「えっ」


 どこからか放たれた石のつぶてが、空を飛ぶ彼女に命中する。

 赤髪の少女はバランスを崩すと、そのまま地上へと落ちていった。


「よっしゃ、命中ぅ!」

「ぼ、妨害……。そっか、そういうのも有りなんだっけ」


 <コメント>

 は?

 おい誰だバニーちゃんの邪魔したやつ!

 ナイス妨害

 いやないわー

 この人キライ


「うるせぇ、こっちもこのイベントに賭けてんだよ!

 あの鳥捕まえれば、借金地獄ともおさらばできるんだ!」


 どこからか男がそんな切実な叫び声を上げる。

 ラピスはそれを大変だなぁと聞き流しつつ、


(でもこれでエメラルド・バードを捕まえるのはもっと難しくなったよね……。

 妨害が有効だって分かったんだし。

 それに捕まえるにしろ、妨害するにしろ、やっぱり魔法を使えないとすごく不利だ……!)


 やがて彼女の分析が正しいことを証明するように、参加者たちが次々とお互いをけん制するべく戦い始めた。


 <コメント>

 盛り上がってまいりました!

 これだよこれ、こういうのが見たいんだよ

 白熱してきたな


 乱闘さながらの状況に、コメントの勢いが増す。

 ラピスは知らなかったが、このイベントの目玉はエメラルド・バードを捕まえることだけでなく、探索者たちの合法的なド突き合いが見られることも含まれていた。


「な、なんか大変なことになってきた……」


 流れ弾の魔法にヒヤリとしながら、ラピスが必死にエメラルド・バードを追いかける。


 そのさなか、


 <コメント>

 誰かバニーちゃんを助けて!


 にぎわうコメント欄、そこに流れた助けを求める声がラピスの目に留まった。

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