第3話 ダンジョン配信なんてクソくらえだ――③

 <コメント>

 速い速い!

 うおおおおお!!

 目が回る……おえぇぇ……


 上下左右が高速で入り乱れ、目まぐるしく変化する視界に、視聴者たちが悲痛なメッセージを打ち込んでいく。

 それを当たり前のように無視するオルティナは、ものの数分で中層にある森林地帯にたどり着いた。


「ブモオオオォォォ……ブモッ!?」

「邪魔」


 道中、現れるモンスターたちをかわし、時に踏み台にして目もくれずに突き進む。

 その立体的な動きが余計に視聴者の三半規管にダメージを与えるが、そんなことはお構いなしだ。


 <コメント>

 ティナ嬢、動き激しいのにどうしていつも一人称視点なんだ……

 ヒント:俺たちはリスナーとすら思われていない

 それでもブレ補正パッチ当てるとかはしてほしい

 まぁこれはこれで貴重と言えば貴重な映像

 強者の視点って意味では勉強になるよな、俺はグルグルしてなんも分からんけど


 リスナー達から不平不満の声が上がる。

 だがそもそもオルティナが使っている配信デバイスはとても高価で性能の良いものだ。


 届けられる映像は彼女自身が見ているものとそん色ないレベルである。


 つまり彼らが音を上げている現在の光景は、そのままオルティナの見ているものと同じなのだ。

 鍛え方が違う、と言ってしまえばそれまでだった。


「D地区……ここか」


 <コメント>

 すげえ、もう着いた……

 走り出してまだ5分も経ってないんだけど!?

 なんでこんなすごい人が上層部に居るんだ?

 思った、もっと下の階層に潜れよ

 ↑今日は野暮用で来てるだけで普段は下層で配信してるよ

 下層!? そりゃ強いわ、しっかり上位陣じゃん


「……コメントディスプレイ、オフ」


 ラピスの痕跡を探すのに、ちらつくコメントが邪魔になった。

 しれっと流れるコメントを非表示にしたオルティナは、次いで足跡などを丁寧に探していく。


 移動中、オルティナもラピスの配信を確認し、彼女が最後に映していた場所をおおよそは理解している。

 だが何分ここは鬱蒼とした木々が生い茂る、中層でも有数の大森林地帯だ。


 どれも同じように見える森の景観の中では、よほどの土地勘でもない限りラピスの正確な居場所は分からない。

 加えて配信が途切れてから時間が経っていることもある。


 もしもアングリー・エイプから逃げ出したのであれば、どこまで移動したかも分からないのだ。

 そのため、手探りで痕跡を集めるしかなかった。


「…………」


 オルティナ自身、助けに行くとは言ったものの。

 もう手遅れになっている可能性が高いとも思っている。

 その場合は、最悪、遺体の一部だけでも持ち帰ろうと考え、見落としがないよう慎重に森の中を進んでいく。


 すると、不意に鉄さびの匂いが鼻をついた。

 生き物の死骸から漂うような、生臭く濃密な死の香り。


「……遅かったか」


 経験則から相当な出血量だと判断したオルティナが、歩みを速める。

 どんどんと血の匂いは濃くなっていき――やがて、四肢を投げ捨てて倒れる人型の死体が目に入った。


「……え?」


 ただしそれは少女のものではない。

 毛むくじゃらで、成人男性より二回りほど大きい体躯の怪物――アングリー・エイプのものだ。


 4本腕のうち2本を斬り落とされたらしい大猿が、血だまりの中に沈んでいた。


「どういうこと?」


 ――私より先に誰か他の人が助けに来た?

 ――あるいは単に全く関係ないただの死体?

 ――それとも……。


「まさか……自力で倒した?」


 口に出しておきながら、信じられないとばかりにオルティナが顎に手を当てる。


 ラピスは少年の率いるパーティに今日入ったばかりの新人という話だった。

 同時に、彼女はダンジョン攻略自体も初めてだったという。


 もっとも探索者養成学校に通っていると話していたそうだから『実習などでダンジョン自体に潜ったことはあるのだろう』とオルティナは考えていたが。


 それでも中層のモンスターに勝てるとは到底思えない。

 加えて相手は一度怒らせると手がつけられないことで有名な大猿だ。


 しかし……と、オルティナはアングリー・エイプの亡骸を見る。


 斬り飛ばされた両腕の鮮やかな断面。

 これを成し得るほどの剣の腕があるなら、ありえない話でもないと思えた。


(……そういえば、思いのほか腕が立つって話だっけ)


「――ォォォォォン」


 そうしてオルティナが考え込んでいると、遠く、森の奥の方から咆哮が轟いた。


 アングリー・エイプ……のものではない。

 今の鳴き声は確か、初心者にとってより面倒な相手――2つの頭を生やした大型の狼、ツインズ・ウルフのものだ。


 オルティナが記憶を引っ張り出すのと同時、死体の周囲に残っていた足跡が、咆哮の聞こえた方へ続いていることに気づく。


(もしも、そのラピスって子が単騎でアングリー・エイプを倒したのだとしたら……)


 そしてその後、立ち続けに別のモンスターに襲われ、今なお戦っているとしたら。


 可能性の低い話だ。

 そもそも、それだけの実力があるのなら4人居た時点で逃げ出さずとも十分に勝機はあったはずだから。


「見に行ってみるか……」


 それでも、とオルティナは声の聞こえた方向へ進むことを決めた。


 本来であれば、ラピスの配信に映っていたと思しきこの付近を詳しく探すべきだ。

 しかし幾度となく修羅場を越えてきた彼女の第六感が"そうだ"と告げている。


 自身の直感に従い、オルティナが駆け足気味に森の中を進んでいく。


 果たしてそんな彼女の予感は当たった。


「グルルルゥゥ……アオォォォォン――!」

「はぁ……はぁっ……!」


 森の奥地。

 遠吠えを上げる双頭の狼と対峙する、金色の髪の少女――ラピスの姿がそこにあった。

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