第5話



 触れれば分かる、ウサギのようにピンと伸びた耳、猫めいたもふもふの顔つき、柴犬に似た巻き尻尾。そのくせ、骨格は慣れ親しんだ人間寄り。

 これを謎マスコットキャラと呼ばずして、なんと呼ぶ。

 ……本当、なんて呼ぶんだろ。


「なんじゃこりゃああああああああああああああああ!?」

『――うまくいったようだね』

「な、」


 聞こえてきたのは、首の辺りから。触れれば、ハート型の可愛らしい首輪がついていることに気づく。いつの間に。


瀕死ひんしだった君の肉体を、この首輪に一時保管した。今の状態は、この世界限定の仮の姿だと思ってくれ』

「思ってくれ、って……」


 たまたま端にあった銀製の鎧に顔を映せば、言っていることが嘘や冗談ではないことが如実に理解できた。


 本当に、アラサー成人男性の俺が、謎のもふもふマスコットキャラと化している……!


 ヤバい!

 キツい!

 どうしよう!


「いやあの、相応の対価は追加で支払うんで、お願いだからもうちょっとまともな見た目が欲しいというか、せめてホモサピエンスがいいというか、これじゃ家にも帰れな――」

『今の状況を見て、それでも無事に家へ帰れると思えるかい?』

「――あ」


 そうだ、と現状に思い至る――俺は、得体の知れない怪物に襲われて、今まさに死のうとしていた。

 最悪は回避できたとしても、次悪くらいには悪い状況の陥っている。それをよく考えなければならない。


「そういえば、どこなんだ……ここ……?」


 廊下と思われる広々とした空間には、銀製と思しき鎧が立っていた。毛足は短いが、繊細な肌触りから値打ちが窺い知れる絨毯じゅうたん。床から天井まで、贅の粋を結集したと評して相違ないだろう。


「確か俺は……少し残業して、帰ろうとして保健室を出たら……この、よく分からない空間にいて……そして……」


 ――そして、異形の怪物に襲われ、なすすべもなく腹を引き裂かれた。


 謎のもふもふマスコットキャラと化している今も大概夢見心地だが、それ以前から悪夢は始まっていた。そのうえ、今もなお脱しきってはいない。


「ここはどこなんだ? というか、あんたは誰なんだ?」

『僕の名前はアストティティア――、と呼ばれていた者だよ』


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