第8話 覚悟

「神の書は、旧約聖書の創世記に並ぶ時代に記された書物で、聖書では外典と扱われていた。また神との契約ではなく、神の力を授かった文章体であるため、取り扱いは禁忌とされ、現代では国家の機密レベルと考えられている。しかし厄介なことに神の書は持ち主を選ぶんだ」

声の主はどこにいるのか、自分の背後にいるかもしれないと思うほど、近くから聞こえているような気がする。

「最初、神の書は神との繋がるため、神と対話するためのものとして神から与えられたものとされている、真実は分からないが。

その神の書は世界の権力を二分して奪い合われるようになった。それを望まなかった神の仕業か、神の書はしばらく歴史の中から姿を消すことになる。それでも神の書と称されるものはあったが、おそらくそれら全ては紛い物だ」

少女も薙刀を下ろし、黙ってこの男の声を聞いている。

「神の書は人の間には立たない。自ら、求めている人や持つべき者のもとへ向かう。

君も私も持たざる者だったということだ。歴史上の権力者と同じように、偽物を奪い合っていたんだよ」

ビジョン内の男はあちら側から画面に迫り詰めて、姿を見せない声の主の代わりに俺と少女を睨み付けた。

「だからその神の書を手に入れようとしたんじゃないか! 神の書の持ち主がもう一人現れたことは本当だ。これの意味が分かるか?

俺とお前たちで保ってきた均衡が何処の馬の骨かも分からん奴に滅茶苦茶にされるかもしれないんだぞ」

「均衡を乱してたのはあんたじゃない!!」

少女が鋭い声で叫んだ。

「き、君に何が分かるか? 君はただの小国の一端ひとっぱしの偶像じゃないか」

少女は堪忍袋が切れたかのように、メガホンで耳の横から叫ばれるような大声で言い返した。

「偶像じゃない!!!! 列記とした神だ!!」

少女は明らかに悔しさをあらわにした表情でビジョンに映る男を睨み返す。

「落ち着け、イザナミ。神の怒りは何処かしらに皺寄せが及ぶ。控えるんだ」

少女は怒りを抑えたが、睨みつける目は改めなかった。俺は彼女に腕をつかまれたまま宙ぶらりんになっていた。彼女が感情的になると、自分の腕がへし折られそうになるほど握り込まれるのでヒヤヒヤする。

「まあいいや。君らのせいで僕の計画は台無しだ。だけど、今日はせっかくのクリスマス、持ってきたプレゼントは一つじゃない」

少女は薙刀を構えて警戒をする。ビジョンに映る男がきっちりとネクタイを整えた。

「賭けをしようじゃないか、神の書を持つ少年よ」

男が指を鳴らす。すると遠くから時計の針の音が響いてきた。

「1分後、。さあどうする、少年?」



俺はまるで自覚がなかった。自分が神の書を持つ少年だということにも、到底受け入れられる心理状況ではなかった。

少女が俺にビンタをする。

「何ボサッとしてんの!! 君は自分自信も殺して、みすみす私たちも見殺しにする気!?」

少女が薙刀を俺に向ける。

「君は神の書の持ち主でしょ。なんのために選ばれたと思ってるの!」

少女は必死の表情で俺に訴えかけてくる。姿を見せない男の声も、冷静さを保ったまま俺に深刻さを伝える。

「残念ながら私は、1分では先程のように並行世界を飛び移ることはできない。本当にすまない」

男の声はまっすぐ俺の耳に届く。誰かに頼ることができないのはとても怖いと思った、しかし状況をひっくり返すことごできるのは自分以外にいないことを悟った。

「その本に願いを書けば、必ず叶うだろう。世界の破滅も、その逆も」

「何を使って書けばいいですか?」

声の主は、一点の疑いもなくただ俺を信じるように伝えた。

「君の血で書くんだ。副作用は大きいが今はそんなことどうでもいい!」

俺は静かに頷く。

少女が下ろしている薙刀の刃先に手をやる。勢いよく手を引くと指先から血がこぼれだした。それを見ると少女は取り乱した。

「馬鹿! そんなに血を使ったら!」

それを聞くまでもなく、少女から手を振りほどく。俺はスクランブル交差点の上空に解き放たれた。

「え!! 本当に死ぬつもり!?」

少女は俺を追いかけて急降下してくる。俺は重力により加速している中、空中で本を開き、血が溢れる指を紙面に当てた。

思えば、俺の親が姿を眩ましたのもクリスマスぐらいじゃなかったかな。







雪が上空から舞い落ちてくる。俺は渋谷のスクランブル交差点の真ん中で寝転がっていた。体で痛いところは何処もなく、意識もはっきりとしていた。ただ指先は真っ赤に染まっていた。

隣に少女が目を閉じて横たわっている。誰だか分からない。程なくして、その少女も目を開けた。









「やれやれ、クリスマスごと消し飛ばすなんて。君は洒落にならないね、マジで」

「先生、クリスマスってなんのことですか? あとこいつ誰ですか」

椅子に腰かけた見知らぬ男と、スクランブル交差点で隣に横たわっていた少女が話しているのを、俺は横目で見て府に落ちずにいた。

「………あのー、ここ何処ですか?」

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