第4話

「ああ。資料によると五名いる」

「教師ね……。さっき“犯人”の奴が言っていた、子供に対する愛情云々も、教師の言葉なら当てはまる」

「それに、もし他の職業の人間なら、子供を狙うのに早朝の繁華街や駅前に出向くもんかね? 普通、そんな時間帯、そんな場所に小さな子供がいるとは考えまい。だが、この事件の犯人は、狙い通りに子供を見付けた。確信があったんじゃないか? 教師なら、教室で生徒が遊びに行く相談するのを小耳に挟むことだってあるだろう」

「なるほどな。教師の立場からなら、夜遊びイコール不良と見なす傾向が強いだろう。それをやめさせるために、出向いたのかもしれない」

 吉野らは頷き合った。ただし、全てを合点できた訳ではない。どこをどう間違えたら、殺人にまで発展するのかは、理解の範疇を超えていた。

「とりあえず、このアパートを重点的に調べていいんじゃないか。こうして声を録れたんだし、声紋を比べるのもありだ。対象を、車を運転できる男に絞って」

 およそ二時間後、被害者らの通う中学校で国語教師を務める綿貫わたぬきという男が、殺人容疑で逮捕された。部屋からは眼鏡や付けひげ、入れ歯など、変装に用いたと思しき道具が多数発見された。


            *            *


「もちろん、存じ上げています。二年前の一時、大変に世間を騒がせた事件でしたから」

 探偵の流次郎は、依頼人の問い掛けに如才なく答えた。

「中学生が二人とも他殺体で見付かるという結末は最悪でしたが、解決自体は比較的早かった。そのせいでしょうか、じきに話題にならなくなりましたが」

「それでも、類似の事件が起きたり、区切りの日を迎えたりすると、瞬間的に話題にされるのです。特に、マスコミの手によって」

 依頼人は忌々しげに言った。流は顎に右手をやり、理解を示す風に首肯した。

「教師が犯人だったというセンセーショナルさに加え、当事者は裁判を待つ間に自殺してしまった。結果、犯行の詳細はつまびらかにならず、犯人の動機にも理解しがたいものが残りましたからね。巷間の記憶の奥底に刻まれたのは、間違いない。それが今も、何らかの問題になっているのですね?」

 察しを付けて流が聞くと、依頼人は胸を張るように視線を挙げ、「その通りなんです」と頷いた。依頼人の名は、緑山英達みどりやまえいたつという。二年前の事件で殺された盛川真麻、その母である公恵の別れた夫だ。

「私は不憫でならんのです。事件が思い出される度に、あらましがざっと語られることが多いが、真麻と保志朝郎君に関してはほぼ間違いなく、夜中から早朝に掛けて遊び歩いた中学一年生が、と説明される。そんな時間に子供だけで遊び歩いた二人にも落ち度はあった、保護者の責任も問われる、などとはっきり指摘されたことだってある。そりゃあ、親には責任があるかもしれない。私がどうこう言える立場じゃないが、元妻は、真麻の行動を全然掴めていなかった。子供の自主性を尊重するという名目で、放置したも同然だ。だが、子供は違う。少なくとも、自業自得などと非難されていい訳がない」

「お気持ちは分かりました。それで、ご依頼とは?」

「親の欲目かもしれんが、真麻はしっかりした子でした。中学生のあの子はよく知らないが、公恵から聞いた限りでは、変わらずに育っていると思えた。朝郎君も同様だった。少し気の弱いところはあったが、頭がよく、危ないことや悪いことをするようなタイプじゃない。そんな子達が、深夜に家を出て、夜明けまで街を遊び歩いていたとはとても信じられんのです」

「お子さん達の名誉回復、ということでしょうか」

 流が確認するかのように問うと、依頼人はしばし考え、やがて首を傾げた。

「そうかもしれないし、違うかもしれない。事実を知りたい。真麻達が本当に夜遊びをしていたのなら、それは仕方がない。受け入れる。だがもし違うのだとしたら……今、世間に広まっている『事実』をただすべきだ」

「私の記憶では、駅前や商店街の防犯カメラに映っていた真麻さん達の姿は、夜の九時前までで、それ以降は確認できなかったんでしたね」

 二人は、コンビニエンスストアに寄っていた。若干のお菓子と飲み物、それに虫除けスプレーを買い込んだあと、店の駐車場にしばらくいて、それから自転車に乗ってどこかに移動した。

「ああ、そうです。そのことも、真麻らが夜遊びしていたという話に疑いを抱いた根拠の一つです」

「他にも根拠がおありで?」

「そうだな……事件よりも前の日にいくら遡っても、深夜の時間帯、防犯カメラにあの子達は映っていなかったと聞いた。習慣的に夜遊びしていたのではないという証拠だ」

「ちょっと待ってください。確か、同じ年の春先、早朝の時間帯にカメラに映っていたはずです」

 そのときも、同じコンビニエンスストアに現れていた。

「ああ、それは認める。だが、早朝の何が問題なんでしょう? 新聞配達の子が駆け回っている時刻でした」

「なるほど。夜更かしではなく、朝早くに遊びに出たと」

「ええ。時季も、中学に入る前の春休みだ。特に悪いことだとは思えない」

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