第55話
「自爆装置?」
アンジュがマリカの言葉を復唱する。
「そう! あいつ、自分自身に爆弾を埋め込んでいたのよ! ああ、ごめんなさいアンジュ。あたし気づかなかった!」
「でも今のマリカは全てを制御できるんでしょ? その爆弾も止めればいいじゃない!」
「やってみたわ! やってみたけど、無理だったのよ! 自分の頭脳に完全にロックをかけて、あたしでも解除できないようにしてある!」
「それって……」
「この研究所が爆発することは避けられないわ! 下手したら世界が崩壊するくらいの威力なのよ! だからアンジュ、早く逃げて!」
部屋に響くマリカの声に従わず、アンジュは立ったまま動かない。
「アンジュ?」
「……マリカは、マリカはどうなるのよ?」
アンジュが天井を見上げる。そこにマリカの姿はないが、確かにマリカはそこにいるのだ。そもそも彼女を助けるという目的のためだけにここまでやってきた。マリカを置いて逃げるなんていう選択肢はアンジュにはなかった。
科学者の体は依然、微動だにせず。しかし、体の内部では着実に爆発までのカウントダウンを刻んでいた。それがアンジュにはわからなかったが、コンピューターであるマリカには
――やばい。時間がない。なんとかしてでもアンジュを逃さないと!
「あたしは大丈夫! なんとかなるわ!」
「なるわけないでしょ!」
マリカのお気楽な声に、アンジュが声を荒げる。珍しく大きな声を出したアンジュに対して、マリカも驚いて声が出なかった。
「世界が崩壊するレベルの爆発なら、どこに逃げても一緒でしょ。だったら私もここにいるわ。私がこの科学者を抱きしめて、爆発を抑える!」
「だぁーっ! 説明してる暇があんまりないんだけど、私一人なら、この研究所にバリアでもなんでも貼って、爆発の被害を最小限に食い止めることができるの! アンジュはこんなところで死んじゃいけないの!」
「死ぬって……どうせ私は機械だから死ぬことはないわよ」
「バカヤロー!」
バチン! とアンジュはマリカに頬を打たれたような感覚になった。思わず左頬を左手で抑える。
「!?」
「人間だとか機械だとか、そんなことどうでもいいでしょ! 大事なのはハートよ、ハート! 科学者の頭脳をコピーされて生まれたけど、あたしはあたし! あたしは科学者じゃなくて、かわいいくまのぬいぐるみのマリカ様! アンジュはアンジュ! 人間だったときのアンジュも、今のアンジュも、ぜーんぶまとめてアンジュなの! だから……お願い……生きて」
突然、アンジュの立っていた床から、彼女を包み込むようにしてカプセルが生成された。これも、研究所のコンピューターと繋がっているマリカだからできることである。どうせ逃げてと言っても言うことを聞かないアンジュを、強引にでも逃がそうとする作戦だった。
ちょうど足元に落ちていたくまのぬいぐるみ――先ほどまで科学者が抱いていて、そして突然マリカの声で喋り出したもの――も、カプセルの中に一緒に取り込まれた。
「マリカ、ちょ……待って!」
内側からアンジュがドンドンとカプセルを叩く。もちろんびくともするわけがない。
「そのぬいぐるみ、あたしだと思って大切にしてよ……じゃあね、アンジュ」
「マリカ! いや、こんな終わり方嫌! マリカ、ねぇ、マリカ!」
アンジュの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。それを拭うこともせず、カプセルの外に向かって大声を出し続ける。
「アンジュ……大好きだよ!」
「いや、いや! マリカ、マリカ!」
シュン! という音がして、カプセルはそこから天井を突き破り、外に向かって飛び出した。
それから間もなくして、研究所は大爆発を起こした。
観測された振動や衛星写真から判断すると、その威力は核弾頭数十発分とも言われていたが、小さな島が消滅しただけで済んだのだという。何か神がかり的な力が働いて、世界を救ったに違いない。そんな噂も飛び交っていたが、しばらく経つと誰も話題にしなくなった。
海の上にカプセルが浮いている。波に漂いながら、どこに向かうこともなく。その中に、一人涙を流している少女がいた。
「マリカ……私もマリカのこと……大好きだったよ」
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