第8話「マリカっていう素敵な名前があるんだから!」

 荒野を一台のバイクが猛スピードで駆け抜けていく。


 運転しているのは赤いポニーテールをなびかせているアンジュ。その背中にはしっかりとくまのぬいぐるみであるマリカがしがみついている。さらにマリカが吹き飛ばされることがないように、ロープを使い、抱っこ紐の要領で二人の体はしっかりと結びつけられていた。


「『ダン・ガン』のアジトは荒野を抜けた先。元々ショッピングモールだった所に住み着いているんだ」

「王はとにかく残酷なやつだが……たのむ、なんとか嬢ちゃんの力でやっつけてくれ!」

「――だってさ、アンジュ」


 ヘルメットはカッコ悪いからとかぶらず、だけどヴィンテージのゴーグルは超カッコいい! と装着し、すっかりご機嫌でライダー気取りのマリカが言う。


「問題ないわ……やっと復讐の機会が巡ってきたんだもの」


 アンジュはさらにアクセルを回し、スピードを上げる。

 ブオオオオオオン! 土埃を上げながら、二人を乗せたバイクは進んでいく。はるか遠くに見えていたショッピングモールらしき建物の姿が、少しずつ大きくなってくるのがわかった。


「それにしても……アンジュはバイクの運転もできるのね。どこで覚えたのよ?」

「別に……なんとなく乗ってみたら動いたのよ」

「はぁ? バイクって乗ってみたら乗れました……ってそんなもんなの?」

「そんなもんなんじゃない?」


 戦争から三年。舗装された道はほとんど残っていない。が、できるだけ平坦な場所を選びながら、アンジュはバイクを走らせる。もしかして自動運転とかなんじゃないの? とマリカは思ったが、アンジュもバイクを運転しながら満更でもない表情をしていたので言わないことにしておいた。


 ――あんまりアンジュが楽しそうにしているところ、見たことないもんね。


 ◇


 究極の戦闘集団「ダン・ガン」の本拠地である、元ショッピングモールの最上階。といっても、戦争でほとんど破壊され、買い物客で賑わう当時の面影は全く残っていない。窓ガラスも外壁もなく、部屋の中は瓦礫だらけ。


 そんな中、やたら立派な椅子に座ってタバコをふかしているマッチョがいた。全身何も羽織っておらず、履いているのはブーメランパンツただ一つ。一見、ただの変態かと思われたがそうではない。「ダン・ガン」の「王」と呼ばれている男だった。その隣には側近のマッチョが一人、こちらは黒い革ジャンにホットパンツを履いていた。


「なんだか下が騒がしいな」


 王が眉をしかめると、側近がすぐに「様子を見てきます」と言って、奥にある階段を降りていった。「何事だ、静かにしろ! 王がお怒りだぞ!」とはじめはそんな声が聞こえてきて騒々しかったが、次第に静かになってきた。


――馬鹿どもは大したことじゃなくても、すぐに大騒ぎするから困る。それに比べて、俺様は冷静沈着。どんなときだろうと慌てずにどっしり構えるのが「王」の器ってもんよ。


 彼はそんなことを思いながら、もう一度タバコを深く吸い込み、そして「ふーっ」と細く長く息を吐いた。顔の前に白い煙が集まる。

 

 しばらくするとコツコツコツと側近が階段を上がってくる音が聞こえてきた。

「どうだった、下の様子は?」

 タバコを咥え、階段も見ずに王が尋ねるが、返事はない。「おいコラ、無視すんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ!」そう言って階段の方に目を向ける。


 するとそこには、側近のマッチョではなく、一人の少女――アンジュが立っていたのだった。


「誰だてめぇは」


 王は驚きながら、しかしあくまでも冷静に、アンジュの様子を細かく観察する。赤い髪を一つに束ね、整った顔立ちではあるが冷たい目でこちらを見つめている。上下ともに迷彩柄の服を着て、左手にくまのぬいぐるみを抱きしめている。右腕は――


 ――おそらく他の「王」に雇われた殺し屋か何かが、俺を仕留めようとここまでやってきたというわけか。それならば下が騒がしかったのも納得がいく。んで、こいつは下っ端たちと戦って、……のだろう。武器らしい武器は持っていない。隠し持っている様子もない――怪しいとすればあのクマ。クマはフェイクで中に爆弾が入っているのかもしれんな。


 王はそう判断して、心に少し余裕ができた。マッチョ対少女。普通に考えて負ける相手ではない。爆弾にだけ気をつければ良さそうだ。よく見るとなかなかいいオンナじゃないか。力で押さえつけた後はその体をもてあそんでやろうかとさえ考えていた。彼は失った右腕の先から血が滴り落ちていないこと、そして衣服や素肌が全く傷ついていないことには全く意識が向いていなかった。


「あなたが……王ね」


 アンジュが表情を変えずに話しかける。その声はまるで機械のように冷酷で、感情を持っていないかのように抑揚がなかった。――やはり殺し屋に間違いない。王はそう思った。


「ああそうだ。ところで……誰に雇われた? 『新世界』か? それとも『ニューエイジ』か?」

「……何を言っているのかしら?」

 

「とぼけても無駄だ。お前は他の『王』に雇われた殺し屋だろう? しかし残念ながら。その時点で、どうあがいてもお前は俺には勝てない」

「……」


 裸同然の格好で筋肉を存分に見せつけながら、王はアンジュを威嚇した。大抵の相手はこの筋肉を見て萎縮するものだ。しかし――

「あなた……私の腕を切り落としたことを覚えているかしら?」

 もちろんアンジュは王の筋肉を見ても全く表情を変えず――興味すらも示さずに再び尋ねた。


――何を言っているんだ、こいつは?

 王は目の前にいる少女を今更ながら不思議に思った。


――右腕がないのは、今、下っ端たちと下で戦ったからじゃないのか? もともと右腕がなかった? そして切り落としたのは……俺? どういうことだ?

 混乱する王であったが、それを相手に悟られてはいけないと虚勢を張って答える。


「これまで多くの人間を殺してきたからな……腕を切り落とした相手などいちいち覚えてはおらんな!」


 すると、少女の声ではない別の少女の声がどこからともなく聞こえてきた。

「ねえアンジュ。こいつ絶対アンジュの探している『王』じゃないよ。適当なことしか言ってないじゃん」

「ええ、私もそう思うわ」


 第三者の声に、王はびくっとしてきょろきょろと周囲を見やる。しかし誰の姿も見えない。そしてようやく、喋っているのが少女の抱いているくまのぬいぐるみだということに気づいたのだ。


「ク……クマが喋ってやがる」

「何よ、失礼ね! マリカっていう素敵な名前があるんだから!」


 くまのぬいぐるみ――マリカはアンジュの手からすり抜けると、トテトテトテ……と王の目の前まで歩く。そして、ピョン! と王の目線と同じ高さまでジャンプすると、そのまま体をひねって勢いをつけた右足で王を蹴り飛ばした。




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 こんにちは、まめいえです。お読みいただきありがとうございます。

 書けば書くほど王が小物に見えてくるのですが……気のせいではありません。彼はあくまで噛ませ犬。端的に言うと「雑魚」です。

 少しでも「面白い!」とか「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひぜひレビューやフォロー、応援コメントをいただけると嬉しいです。

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