きどあい!

紙月三角

第1話

【事件だ!】

「たいへん、たいへん、たいへん……たーいーへーんだよーっ!」

 私立江守潮えもりしお高校の廊下を、女子高生の春喜ハルキが叫びながら走っている。

 教員や風紀委員に見つかれば、即刻手厳しい説教が飛んできそうではあるが……幸いなことに、周囲には今、そういった人たちはいない。


 廊下を歩いていたクラスメイトの秋楽アキラが、その声に振り向く。

「え? ど、どうしたの……って……⁉」


 ドンッ!

 猛スピードで走る春喜ハルキの肩が、秋楽アキラの肩にぶつかる。コマのようにその場でクルクルと回転してしまう秋楽アキラ。それでも春喜ハルキは少しもスピードを緩めず、そのまま走り続ける。

「あ、秋楽アキラちゃん! 部室に集合だから!」


 頭の上に無数の星やヒヨコのイメージを浮かべながら、

「も、もおーうっ! 春喜ハルキはいつも、勝手なんだからーっ!」

 秋楽あきらはかろうじてそう叫ぶのだった。



――――――――――――――――――――

【四季部】

「「「えぇーっ⁉ 今度のテストで部員の平均点が60点以下なら、四季部が廃部ぅーっ⁉」」」

 江守潮えもりしお高校四季しき部は、日本特有の四季の美しさを楽しむ……という名目の、放課後集まってダベるだけの部だ。その部室に、部長の春喜ハルキと、彼女に言われたとおり渋々ついてきた秋楽アキラを含む、四人がいる。

 春喜ハルキ以外の三人が、声を揃えて驚きの声をあげた。


「ねぇー⁉ やっばいよねーっ⁉ あっははーっ! 60点とか、私、今までの人生で取ったことないよー⁉」

 おそらく、この部で一番勉強が苦手なのは春喜ハルキだろう。

 しかし彼女は、いつもどおり楽しそうにそんなことを言う。


「ハルキ、笑い事じゃないネ! 廃部なんて、絶対ダメだからネ⁉ あんまりナメたこと言ってると……ぶっ殺すヨ⁉」

 留学生のフューリー・ウィンターが、あまり意味を理解していなそうな片言の日本語で叫ぶ。きっと、漫画かアニメで見たセリフをそのまま言っているのだろう。


「え……困る……。この部がなくなったら……私はこれから、どこで昼寝すればいいの……?」

 まるで、この世の終わりかと思うほどに悲しそうな顔でそう言ったあと、今も眠そうに大きなアクビをする哀夏アイカ

「いや……。寝るだけなら、どこでもいいでしょ……」

 その隣で、この部で唯一の常識人担当の秋楽あきらは、苦笑いを浮かべていた。



――――――――――――――――――――

【試験対策】

「こうなったら、なんとしても平均60点以上取らないとぉー! そのためにはぁー……」

 部長の春喜ハルキが、部員たちを見回す。

 いや。顔は動かしているが、その視線は最初からたった一人に向けられている。秋楽アキラだ。

「え……?」


 春喜ハルキだけでなく他の二人もこちらを見ているのに気づいて、秋楽あきらは大きくため息をつく。

「はあ……。分かってる、私もできるだけ協力はするよ。でも、私だけ頑張ったってだめでしょ? 春喜ハルキたちも、少しは頑張ってよ? たとえば……」


 各自が、声を合わせて言う。

「「「……勉強会?」」」「カンニング?」

「え?」

 だが……一人だけ、明らかに言葉が違う。


「もおーうっ! 冗談だよー! あはははーっ」

 誰も何も言っていないのに、勝手に自白する春喜ハルキ

「は、はは……あはは……」

 相変わらず、深いことを何も考えずに全力で楽しそうに笑う彼女に、圧倒されてしまう秋楽アキラだった。



――――――――――――――――――――

【勉強会……?】

 秋楽アキラの家。テスト対策の勉強会をするために集まった四人。

 の、はずだったが……。

「よぉーし、ちょっと休憩しよーっ!」

 そういって、コントローラを置く春喜ハルキ


NOノー! 勝ち逃げはダメっ! もう一回やるネ!」

 ゲームに負けてエキサイト気味のフューリーは、春喜ハルキに掴みかかる。

「二人とも……ここに何しに来たと思ってるの……? ふわぁーあ……」

 ベッドの上の哀夏アイカが、寝言のように言う。そういう彼女も、実は来てからずっと寝てるだけだった。


 秋楽アキラが、ちょうど部屋に戻ってくる。その手には、台所から持ってきたジュースやケーキを乗せたトレイがある。

「はあ……」

 彼女は、先輩からもらったらしい過去問のプリントやその紙片が、机の上に白紙のまま散らばっているの見て、特大のため息をつく。


「あ、ありがとぉーっ! ここからは、秋楽あきらちゃんの番だからねぇー⁉」

 そう言って、行儀悪くトレイの上のケーキを手づかみで口に放り込む春喜ハルキ

 結局、勉強会はちっとも進んでいない。だが、この部のこういうゆるいところが嫌いではなかった秋楽あきらは、

「……はいはい」

 と、呆れ顔でつぶやくのだった。



――――――――――――――――――――

【決戦の日!】

 試験当日。

「……うーん。……うううーん」

 答案とにらめっこをしながら、小声でうなっている春喜ハルキ


 隣の席の秋楽あきら。彼女はもう、だいぶ前にすべての答えを埋めている。

(…………)

 だが、自分とは違ってそうとう苦戦しているらしい春喜ハルキのことが心配で、不安な表情だった。

 そんな彼女の気持ちが、通じたのか……。


 春喜ハルキがチラッと隣に視線を向ける。

 秋楽アキラは、(もちろん、今は試験中なので)何も言わずに……ただ、ゆっくりと春喜ハルキに頷く。それだけで、彼女に気持ちが伝わると信じて。


「……うんっ!」

 秋楽アキラから熱い想い・・・・を受け取った春喜ハルキは、もう迷うことはなかった。さっきまでとは別人のように、時間ギリギリまで、真剣な表情で答案用紙に取り組んだ。

 そして、その結果は……。



――――――――――――――――――――

【審判の日……】

 四季部の部室で、机を取り囲んでいる四人。

 互いに視線を合わせて、

「……せぇーのっ!」

 一斉に、採点済みの答案用紙を机の上に出す。


 秋楽アキラ……98点。

 哀夏アイカ……70点。

 フューリー……52点。

 そして、春喜ハルキ…………61点。

 平均60点は……超えた。目標は、ギリギリで突破したのだ。


「や、や……やったぁーっ!」

 秋楽アキラに抱きつく春喜ハルキ

「これって全部、秋楽アキラちゃんのおかげだよぉーっ!」

 今回の点は、おそらく彼女にとって今までで最高の得点だ。努力が報われたことが、相当嬉しいのだろう。


「違うよ……。これは、春喜ハルキの実力……でしょ? 春喜ハルキが、頑張ったからだよ!」

 春喜ハルキのことが、自分のことのように嬉しい秋楽あきら。目にはうっすらと涙が溜まっている。

「ヒューヒュー」「もおうっ! 相変わらず熱々なんだから、この二人ワ! 嫉妬させるなヨっ!」

 そんな哀夏アイカとフューリーの冷やかしも、全然気にならなかった。

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