その4 チビドラゴン


 なんてこった……。

 ドラゴンが人語を理解できるとは思っていなかった。

 さらに俺の仇であるドラゴンを知っているような口ぶりだった。


「死んだ……」


 さっきまで会話していたのが嘘みたいだ。彫刻のように固まったドラゴンは叩いても乾いた音しかしなくなり、物言わぬ屍と化した。


「くそ……!」


 俺がその辺の石を蹴り飛ばしながら悪態をつく。そこへ甲高い声が聞こえて来た。


「ぴぃー! ぴぃ!」


 俺が殺したドラゴンの子供の声だ。こいつに気を取られたせいで話が中断し、重要な話を聞くことができなかった。


「……」

「ぴ? ぴぃー♪」


 声のする方へ行くと、卵の中に下半身を埋めたチビドラゴンが俺を見て歓喜の声を上げた。こいつは親からの庇護が無くなってしまったわけだが、餌などはどうなるだろう? ドラゴンだから自分で獲れるか?


 ……いや、そんなことは無理だろう。


「……お前も運が無かったな」


 俺は親ドラゴンの皮や鱗、角に肉といった素材を解体していく。

 その後はチビドラゴンだ。今後こいつがどうなるかわからないけど、ドラゴンなので人間に害を成すかもしれない。だから成長する前に処分しておくのが一番だろう。


「ぴぃー」


 俺が解体をしている間、ずっと鳴いていた。この後のことも分からずに。

 ひとしきり作業が終わり、少し離れたところに置いていた荷台に素材を乗せていく。何往復か必要だろうが、村に証拠を見せる分としては十分だろう。


「……その間にあいつを処理しておくか。ん?」

「ぴぃー!? ぴぃぇぇぇぇぇぇ!!」

「なんだ!?」


 ドラゴンの下へ戻っているとチビのひときわでかい声が聞こえて来た。なにごとかと思い駆け出すと――


「ビットバイパーか……!」


 そこには大人三人を繋げたくらいの体躯をもつ蛇の魔物、ビットバイパーが居た。

 毒性が強い個体だが人間ならしっかり防具を装備していればそう簡単にはやられない。そうはいっても嚙む力と締め上げは強力ではあるがな。


「ぴ……ぴぃ……」

「シャァァァ……」


 ずっと鳴いていたからどこかで聞きつけたのだろう。ドラゴンの子供ならごちそうに違いない。

 そこで俺を見つけたチビドラゴンが小さい手を振りながら叫ぶ。


「ぴぃー! ぴぃぴぃ!!」

「……なんだ? 助けを求めているのか?」


 ドラゴンは賢いしそうかもしれない。だが、どうせ処分するんだ。このまま食われても問題は――


「ぴ!? ぴぃぃぃぃぃ!」


 その瞬間、ビットバイパーが仕掛けた。しかし咄嗟に卵の中に隠れたのでごろんと転がっただけにとどまる。


「シャァ!」

「ぴぴぃ!?」


 抵抗なき獲物を逃すはずもなく、執拗に卵を攻撃するビットバイパー。頑張って隠れているが時間の問題か。すぐに食われるだろう。抵抗できなければ。


「ぴぃ! ぴぃ! ぴぃぃ……」

「……」


 卵から覗き見るチビドラゴン。まるで俺を待っているように、鳴く。

 だが、俺は首を振ってから踵を返す。


(ああ……私の可愛い子……最後に一目見れて……良かった……。ラッヘよ、この子も私が居なければ【竜鬱症】にかかる可能性がある……私が死んだ後……殺しておけ……)


 ドラゴンは殺せと言っていた。だから、これで――


「シャァァァァ♪」

「ぴぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「はぁ!!」

「シャ……」


 ――これで良くは、ない。


 卵の殻に頭を突っ込もうとしたビットバイパーの頭は左右に分かれて絶命する。駆けつけた俺が大剣を振るったからだ。ドラゴンさえ切り裂ける得物でビットバイパーを殺す。


「ぴぃ♪」

「……後は自分でなんとかすることだ」

「ぴ? ぴぃぃ!?」


 こいつを見殺しにしたら町を襲ったドラゴンと同じだ。人と意思を疎通できるなら、生かしておいてもいいだろう。


「ぴ、ぴぃい……」


 寂し気に鳴く。が、俺は今度こそ振り返ることは無い。


 すると――


「ぴ、ぴぃぃぃぃ!!」

「お!?」


 チビドラゴンは卵の殻から飛び出して俺を追いかけて来た。よちよちと短い手足で這うように。


「……」

「ぴぃ♪」


 よろよろと立ち上がって手を広げるチビ。

 俺はなんだか泣きそうになりながら抱え上げた。今後きっと不利になる。そういうものなのだ。だけど俺は正面を向かせて口を開く。


「一緒に行くか?」

「ぴぃぴ♪」


 元気よく鳴いた。なら、そうしよう。

 それが人語を話すドラゴンへの罪滅ぼし……になるかは分からないが、それがいいような気がした。

 

 それに――


「もしかすると、俺の仇を探すのに役に立つかもしれないしな」

「ぴ?」


 人語を話せるとわかった今、そういう個体を探す方がいいかもしれない。

 気になるのは竜鬱症とやらだ。

 正気を失わなければ喋れるのであれば、そうなる前の個体を見つけたい。


「……治せる、とかはないか」

「ぴぴぃ?」

「なんでもない。行くぞ」

「ぴ!」


 子猫くらいのサイズなので懐に突っ込んで首だけ出してやる。そのまま荷車を引いて、俺は山を下り始めた。

 

「連れて行くのはいいんだが成長した時が大変だよな……」

「すぴー」

「なんだ、寝たのか。……赤ちゃんだし、そんなもんか――」


 滅竜士ドラゴンバスターの通り名で呼ばれる俺がドラゴンを連れて歩くことになるとはな……。

 

 だらんと首を下げているチビドラゴンを見て俺はため息を吐くのだった――

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