002 謎のアプリ

「スマホの通知だよ。〈コクーン〉ってアプリでスキルを習得したらしい」


 自分で言っておきながら「何言ってんだ俺?」と思った。

 まず、コクーンというアプリに覚えがない。

 おそらくソシャゲだろう。

 暇つぶしに適当なソシャゲを入れては消してを繰り返している。


 そんな俺に対する麻衣の反応は驚くものだった。


「それってこの島に転移したと同時に入った謎のアプリじゃん!」


 なんと彼女はコクーンを知っていた。


「謎のアプリ? なんだそりゃ。ていうか、やっぱりここって島なの?」


「マジ? そこから? あー、でも、そっか、今までスマホの存在を忘れてたわけだし無理もないか。じゃあ外部と連絡がつかないのも知らないんだね」


「ああ、知らない」


「だったら教えてあげる」


 麻衣はスマホを取り出した。

 俺と違い慣れた手つきで操作している。


「まず、この島は――」


 麻衣曰く、ここは地図アプリには載っていない島とのこと。

 ゴーグルマップで座標を確認したところ、駿河湾の辺りに位置していた。

 地理的には東西のどちらに行っても静岡県のどこかに着く。

 もちろん北に向かっても本土が待っている。


 この島についてはコクーンに搭載されている〈地図〉で確認可能だ。

 〈地図〉は島にフォーカスしたもので、島と周辺の海以外は見られない。


 情報が確かなら、島は結構な広さだ。

 そして、おそらくその大部分が森に囲まれている。

 おそらくと付くのは、〈地図〉のクオリティが低いから。

 ゴーグルマップよりも表示内容が簡素だ。


「風斗ってグループチャットに参加してる? 発言してるの見たことないけど」


「そもそもグループがあることすら知らなかった」


「三つあるよ。学校全体と学年全体、あとクラスのグループ」


「どれも知らねぇ……」


「なら全部に追加しておくね。電話やチャットは使えるから」


「え、電話できるの? だったら――」


「救助要請もできるじゃんって言いたいんでしょ?」


「そうだ」


「それは無理」


「なんで?」


「島にいる人としか話せないの。どうしてかは分からないけど」


 警察や消防、果てには両親とも連絡できないわけだ。


「島にいる人って?」


「同じ学校の生徒と教師のこと」


「なるほど……って、学校の連中がこの島にいるのか」


「全員かは分からないけど、少なくともほぼ全員がいるのはたしかよ」


「それなのに誰とも出会わないとは……〈地図〉の通り広いんだな、この島」


「だねー。で、話を続けてもいい?」


「頼む」


 麻衣はスマホを弄ったまま「ほいほい」と話を再開した。


 外部に情報を発信できない一方、外部の情報を受信するのに制限はない。

 例えばSNSを見たり動画サイトのYOTUBEヨーチユーブを視聴したりすることは可能だ。

 ただし、SNSで呟いたりYOTUBEの動画に感想コメントを書いたりはできない。


 最後に、コクーンという謎のアプリ。

 アイコンは白い繭のようなもので、開くとタイル状のボタンが表示された。

 ボタンはたくさんあって、それぞれ〈ショップ〉やら〈販売〉やら書いている。

 中には〈ステータス〉や〈クエスト〉などゲームを連想させるものもあった。


「さっきスキルを習得したって言ってたよね? 試しに〈スキル〉ってボタンを押してみたら?」


 麻衣に言われて、「それもそうだな」と〈スキル〉を開く。

 ゲームのように長々と大量のスキルが表示され――はしなかった。

 画面に映っているのは、先ほど習得したであろう【狩人】というスキルだけ。


「習得したスキルのみ表示される仕様なんだねー!」


 麻衣が「ほら」と自分のスマホを見せてくる。

 彼女も〈スキル〉を開いているが、何も表示されていなかった。


「この【狩人】ってなんだ?」


「押してみたら?」


「それもそうだな」


「このやり取り何回するの」と笑う麻衣。


 俺は「失敬」と返し、スキル名を押した。


=======================================

【狩人】Lv.1

・魔物を倒した際の獲得ポイント:+10%

=======================================


 ゲームみたいだな、というのが率直な感想だった。


「魔物ってなんだ?」


「さっき風斗が倒した角ウサギのことだと思うよ。〈履歴〉で確認したら?」


 麻衣は俺よりも適応している様子だ。

 彼女に言われるがまま〈履歴〉を開いた。


=======================================

・スキル【狩人】を習得した

・ホーンラビットを倒した:10,000ptを獲得

=======================================


 ホーンラビットというのは角ウサギの正式名称だろう。

 俺はあのウサギを倒した後、【狩人】を習得した。

 つまり、〈履歴〉は新しいものから順に表示されている。


「つくづくゲームぽいな。ついでだから〈ステータス〉も確認しておくか」


 麻衣に言ったつもりだったが、彼女は答えなかった。

 目は俺のスマホに向いているものの焦点が定まっていない。

 考え事をしているようで何やら独り言を呟いている。


「謎の転移……ホーンラビット……これって……」


「おーい、麻衣?」


「え、あ、なに?」


 ハッとする麻衣。


「大丈夫か? 〈ステータス〉を確認しようと思うんだけど」


「あ、うん、いいんじゃない?」


 なんだか心ここにあらずの反応だ。

 急にどうしたのか気になるが、まぁいいだろう。

 俺は〈ステータス〉を開いた。


=======================================

【名 前】漆田 風斗

【スキル】

・狩人:1

=======================================


 なんという簡素さ。

 ゲームみたいという思いが一瞬で消えた。


「せめて攻撃力や防御力くらいは書いていてほしかったよなー」


 麻衣に話しかける。

 しかし、彼女は未だに考え事の最中だった。

 今は血眼になって自らのスマホをポチポチしている。


「考え事をするなら海に行こう。ここは魔物が出るから危険だ」


「うん、ごめんね」


 スマホに目を向けたまま返事をする麻衣。


「俺が先に歩くからちゃんとついてくるんだぞ」


「ほい」


 歩きスマホの麻衣と共に海へ向かう。

 彼女はスマホに夢中で、俺は黙々と歩いている。


(なんだか気まずいな……)


 何かしらの話をしたいものだ。

 話しかけていいタイミングかは分からないが。


「さっき〈履歴〉にポイントを獲得したって書いてたよな。あのポイントって何に使えるんだろうな?」


 適当に話を振ってみる。

 振った後にチョイスを誤ったと思った。

 適応力の高い麻衣でも流石に分からないだろう。

 と思ったが、彼女はあっさり答えた。


「ポイントは〈ショップ〉とかで使えると思うよ」


「〈ショップ〉か……。あったな、そんなボタン」


 俺も歩きながらスマホを触る。

 コクーンを起動して〈ショップ〉を選択。

 ネット通販サイトのamozonみたいな画面が表示された。

 見慣れた画面なので直感的に操作できる。


「本当だ、ポイントで何やら買えるみたいだぞ」


 amozonもどきの品揃えはamozonに匹敵するレベルだった。

 これはあるかな、と思った物はなんだって売っている。

 武器や戦車、果てには生き物まで。


 それらを買うのに必要な通貨がポイントだ。

 ポイントがあれば食料品から戦闘機まで買えてしまう。

 ただし戦車などの売値は天文学的な額で買える気がしない。


(戦闘機を買うなら角ウサギを何年も狩る必要があるぞ)


 そんなことを考えていると、サーと血の気が引いた。

 今の状況がとても楽観できるものではないと気づいたからだ。


 救助の要請ができず、住居や食糧もない。

 木に生っている果物は分かりやすく毒属性で、火を熾す術もない。

 火を熾せないのだから野生動物を狩っても食えない。

 にもかかわらず、野生動物の角ウサギは倒すと消えてしまった。


 森の中がいかに快適であろうと関係ない。

 生活面での状況は過酷極まりないのだ。

 冷静になると絶望してしまう。

 そんな環境にいることを今の今まで失念していた。

 麻衣と出会ったことで浮かれていたせいだろう。


(ダメだダメだ、しっかりしろ俺!)


 俺は顔を左右に振り、何食わぬ顔で麻衣に言った。


「角ウサギを狩って得たポイントで水でも買おうかな? 誰がどうやってここまで運ぶのかは分からないけど」


 スマホの画面下部には所持金が表示されている。

 俺の所持金はぴったり1万pt。

 対して飲料水は500mlのペットボトルで100pt。

 送料と手数料の合計が9900ポイント以下なら買えるはずだ。


「いいじゃん! 買おう買おう!」


 麻衣の反応が思っていたよりも明るい。

 いつの間にやらスマホの操作を終えていた。


「よーし、買ってやるかー!」


 自分の気持ちが沈まないよう元気に言い、水の購入操作を進める。


「本当に購入しますかだって? 答えはもちろん『はい』っとな!」


 amozonと同じ要領でペットボトルの水を購入。

 画面が切り替わる。


『購入した商品を設置してください』


 カメラモードになった。


「商品を設置しろって出たけど、どういうことだ?」


「買った水を召喚できるんだと思う。スマホのカメラを設置したい場所に向けて撮影ボタンを押せば出てくると思うよ。撮影じゃなくて設置って書いてると思うけど」


「なるほど。それにしても麻衣、妙に詳しくないか?」


「ま、まぁね。とにかくやってみて!」


 麻衣が「ここに召喚!」と右手を出す。

 俺は彼女の手の平にカメラを向け、設置ボタンに親指を運ぶ。


「押すぞ!」


「どんとこい!」


 どこからともなく買った物が召喚される?

 そんなことが現実に起きたら、それはもう科学の次元を超えている。

 現実世界の常識では絶対にあり得ないことなのだから。

 魔法とすら言えるだろう。


 なのに、俺は魔法が起きると思っていた。

 この異常な状況がそう思わせているのかもしれない。

 結果を確かめるとしよう。


「おりゃあ!」


 大きく息を吐いた後、ひと思いにボタンを押した。

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