050 衝撃

「突っ込むぞ! 衝撃に備えろ!」


 空が曇ろうと俺達は止まらない。

 俺は全速力で船を突き動かした。


 ドドドドドドオ!


 最初に雷鳴が轟く。

 引き返せと警告するかの如く。


「見ていろ水野、俺達は生き抜いてやる!」


 雷鳴を無視する。

 船は小笠原諸島へ向けてまっしぐら。


 ザー! ザー!


 今度は雨だ。

 一瞬にして警報レベルの大雨が降り始めた。


「すんごい雨! 大丈夫なのかよ!? 大地!」」


「問題ない! このクルーザーなら!」


 船に雨の水が溜まることはない。

 排水機構がしっかりと備わっているから。

 だから、警報レベルの土砂降りでも問題はない。


「それも想定通りなんだよぉ!」


 今度は霧だ。

 周囲が見えないレベルの濃霧が辺りを覆う。


 そんな中で雷鳴が轟き、土砂降りの雨。

 通常なら不安で精神がどうにかなりかねない状況。


 しかし問題ない。

 この船には方角を自動で調整する機能がある。

 視界不良でも道を誤ることはない。

 俺はただ全力で船を走らせれば良いだけだ。


 グォォオン!


 船が大きく揺れる。

 いよいよ最後の強敵が現れた。

 暴風だ。しかも完璧な横殴りの風。

 波が荒ぶっている。


「きゃっ」


 女子達の悲鳴が聞こえた。

 皆は必死な顔で船にしがみついている。


「限界までいく! 絶対に落ちるなよ!」


 それでも俺は速度を緩めない。

 濃霧も相まって、船が動いているのかは不明だ。


 念の為に確認しておくとしよう。

 右手でスマホを操作してマップを開く。


「大丈夫だ! 進んでいるぞ!」


 船は順調に進んでいた。

 しかし、荒波のせいでスピードが落ちている。


「大地!」


 由衣の声。

 彼女が何を言いたいのか分かる。

 船が転覆するのではないか、と心配しているのだ。


 先ほどから船は激しく傾いている。

 強烈な波が横から襲ってくるせいだ。

 いつ転覆してもおかしくない。


「まだだ!」


 それでも俺は攻め続ける。


「まだ限界じゃない!」


 この船で限界まで攻める。

 判断を誤ると全滅するハイリスクな勝負だ。

 それでも攻めるしかない。


「そろそろだ」


 いよいよその限界が近づいてきた。

 もはや平衡感覚がまともに機能していない。


 グォオオオオオオオオオオン!


 船がこれまでで最大の傾きを見せる。

 直角に近い角度で傾いた。


「よし!」


 これが限界だ。


「脱出するぞ!」


 俺は船を自動操縦モードに切り替え、操縦席を離れる。

 女子達と一緒に救命ボートを持ち、デッキに向かう。


「吹き飛ばされないよう気をつけろよ!」


 何度もバランスを崩しそうなる。

 それでもデッキに到着した。


「乗れ! 乗るんだ!」


 全員を救命ボートに乗せる。


「大地も!」


 由衣が手を伸ばしてくる。

 俺はその手を掴み、救命ボートに乗り込んだ。


「あとはクルーザーがどこで転覆するかだな」


 クルーザーは無人だ。

 しかし、無人でも使い道はある。

 それが自動運転だ。


 俺達の乗っている救命ボートとクルーザーは繋がっている。

 事前に紐で連結させておいたのだ。

 これによってスタミナの消費を節約する考え。

 クルーザーが転覆するまでは自分達でオールを漕ぐ必要がない。


「雨きっつ! やばいっしょ!」


「風も……痛い。痛いよ、大地君」


「耐えろ! 耐えるんだ!」


 俺達を乗せたボートがクルーザーに引きずられていく。

 今の俺達はただしがみついてその時を待つだけ。


(想像以上にきついな……大丈夫か!?)


 ボートの揺れが凄まじい。

 クルーザーより先にこのボートが転覆しかねない。


 また、ボートが転落せずとも、吹き飛ばされる恐れがあった。

 横殴りの風は依然として続いており、俺達の体を煽っている。

 波に持ち上げられてボートが縦に揺れる度、体がふわっと浮く。

 そこで踏ん張れないと吹き飛ばされてしまうだろう。

 吹き飛ばされたらおしまいだ。二度とボートには戻れない。


「水野の奴、こんなのに挑んだのかよ。あの小舟で」


 水野がどこで脱落したか分からない。

 しかし、彼も今の俺達と同等の経験をしたのはたしかだ。

 クルーザーがない分、彼の方が大変だったに違いない。


(本当にすげー男だよ、お前は)


 俺は胸元で踊り狂うシルバーのリングを掴む。

 歩美が作ってくれたネックレスだ。


「水野、俺達に力を貸してくれぇええええええ!」


 俺が腹の底から叫ぶ。

 その声を待っていたかのように、“その時”がやってきた。


「大地! 船が転覆するよ!」


 歩美の言った通り、クルーザーが転覆の時を迎えた。

 満を持して船底から起きた波にひっくり返されたのだ。


「ここからが正念場だ!」


 俺は救命ボートから伸びる紐を剣で切った。

 徘徊者との戦いで残った武器だ。

 危ないので使った後の剣は海に捨てる。


「漕げ! オールを! 漕げぇええ!」


 全員で必死にオールを漕ぐ。

 どちらに進んでいるかも分からない中。

 そもそも進んでいるのかすらも分からない中。


 それでも俺達はオールを漕ぎ続ける。

 漕いで、漕いで、漕いで、ひたすらに漕ぎ続けた。


 そして――。


「大地君!」


「ああ……!」


 俺達は手を止めて見上げる。

 嵐が去り、天気が晴れてきたのだ。


「乗り切ったぞ! 俺達は!」


「「「うおおおおおおおおおお!」」」


 由衣以外の女子が叫ぶ。

 由衣は真剣な表情でスマホを見ていた。


「由衣?」


「待って、今、マップで確認しているから」


「そうか。逆走していた可能性もあるのか」


 喜びから一転して不安になる。


「どうなんよ? 由衣!」


「もう少し待って。分かるでしょ? マップの位置情報が正確になるまでには少し時間がかかるってこと」


 急かす波留に対して、由衣が棘のある口調で返す。

 俺達はただ静かに結果を待つのみ。


 島との戦いに勝って嵐を切り抜けたのか。

 それとも、いつの間にか逆走して島に近づいていたのか。


「結果が出たよ」


 由衣が顔を上げた。

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