048 最後の戦い

 仮眠をとって夜を迎えた。

 ライフジャケットを着て船内で過ごす。

 高級クルーザーなだけあり、夜も明るくて安心だ。


「あとは蓋を閉めて……終わりっと」


 燃料を補給する。

 この船の欠点は燃費がそれほど良くないことだ。

 小笠原諸島まではしばしば燃料を補給する必要があった。


 だが、問題はない。

 船を買っても俺達の所持金は10億を超えている。

 正確には11億2521万9831ptだ。

 燃料を買うお金に困ることはなかった。


「あー、この人、なまで見たことあるよ」


「本当に? 波留はよく見間違うからなぁ」


「いやいやマジだって! これはマジ!」


 波留と歩美はソファに座ってテレビを見ていた。

 千草はその隣で座ったまま目を瞑っている。


 俺と由衣は彼女らの向かいに座っていた。


「さっきはありがとうね」


 由衣が話しかけてくる。

 さっきというのは、ベッドで抱きついてきた件だ。


「かまわないよ。俺も嬉しかったし」


「そうなの?」


「そらそうだろ。男なんだから」


「なになに何の話ー?」


 波留が見てきた。

 すかさず由衣が「別に」と返す。


 波留は「そっかー!」とあっさり流した。

 そしてまたテレビに視線を向ける。


「でも、流石だよね、大地は」


「なにがだ?」


「徘徊者に警戒するの」


「ああ」


 俺達は今日の夜を起きて過ごす予定だ。

 その理由は徘徊者を警戒する為。


 海に徘徊者が現れない可能性は高い。

 なにせ水野は無防備だったのに襲われなかったから。

 それでも、万全に万全を期すため、徘徊者の警戒を怠らない。


 徘徊者対策は万全だ。

 クルーザーだけでなく、その周囲10メートル程も照らしている。

 船内には徘徊者と戦う為の武器も用意済み。


 その武器とは――拳銃だ。


 ガラパゴには銃が売っていない。

 それなのにもかかわらず銃を所持している。


 そう、俺達は銃を作ったのだ。

 業務用の3Dプリンターを使って。


 インターネットには銃の設計図がアップロードされている。

 おおよそどの国でも違法行為だ。

 公的機関に発見されるとすぐに削除される。

 下手をすれば……日本なら下手をするまでもなく逮捕だ。

 アップした翌日には警察が家に来ているだろう。


 それでも、ネットには違法アップロードが後を絶えない。

 俺達はそんな違法にアップロードされた設計図を入手した。


 設計図さえ入手すれば、あとの作業は簡単だ。

 必要な材料を3Dプリンターに放り込んで動かすだけでいい。

 それで勝手に銃を製造してくれる。


 当然ではあるが、3Dプリンターで作れる銃の性能はそれほど高くない。

 威力はともかくとして、とにかく耐久度が低いのだ。

 島で試したところ、数発で本体がオシャカになってしまった。

 だから100丁ほど用意してある。質より量だ。


 銃が徘徊者に有効なことも検証済み。

 まともに命中すれば、当たった箇所に問わず一撃だ。

 徘徊者には色々な種類がいるけれど、どのタイプでも問題ない。


「まるで武器を違法に密輸している闇の業者だな」


 大量の拳銃が入った箱をデッキの近くに設置。

 箱の中の銃は本物なのに、まるで玩具のように見える。


 由衣はその隣に籠を設置した。

 籠には歩美の作った剣が10本ほど入っている。

 近接戦を想定してのものだ。


「これらを使わずに済めばいいのだが……」


 俺はスマホで時間を確認する。

 時刻は午前1時50分。


「皆、そろそろ準備しろ」


 全員に声を掛ける。


「さぁて、やってやりますかい!」


 波留が武器を持ってデッキに向かう。

 左手に剣、右手に銃。

 歩美と千草も同じスタイルで波留に続く。


 俺と由衣は両手に銃。

 俺達は射撃の腕が良いから射撃メインだ。


 デッキに出ると、腰のポケットに向けて話しかける。


「オーケー、ググール。カウントダウンを始めろ」


 ポン♪


「午前2時までのカウントダウンを始めます。残り330秒……」


 機械音声が一定のリズムでカウントを減らしていく。

 あと5分で徘徊者の時間だ。


「そういえば徘徊者を最初に倒したのって大地だっけ?」


 歩美が尋ねてきた。

 もはやその顔に船酔いの疲れは見られない。


「たしかそのはず」


「それまでは猛獣って呼ばれていたんだよね?」と千草。


「そうそう」


 初めて徘徊者と遭遇した日を思い出す。

 異様に頭が大きい人型と、複数の首を持つ犬。


「思えば徘徊者とは殆ど無縁だったな」


 徘徊者とまともに対峙したのはこの数日だけだ。

 射撃の練習で300体ほど殺させてもらった。


「35……34……33……」


 機械音声のカウントが0に近づく。


「いよいよだ」


「10……9……8……」


「気を引き締めろ」


「5……4……3……」


「どうか何事もなく平和でありますように」


 歩美が言う。

 それと同時にカウントが0になる。

 その瞬間、俺達の表情が変わった。


「歩美、残念だったな――敵だ」


 どこからともなく徘徊者が現れたのだ。

 異様に大きな頭部を持つ化け物が、クロールでこちらに迫ってくる。


「やはりこいつらは蛾と同じで光に寄せられるな」


 徘徊者は光に敏感な節があった。

 初めて俺が襲われた時も明かりを灯していた。

 そして、海上で夜を過ごしている時の水野には光が無かった。

 奴は襲われたらそれはその時と腹を括って寝ていたからだ。


 おそらくこいつらは光で獲物を察知する。

 その光とは、自然光とは異なる光――スマホや船のライトだ。

 これは仮説で正しいかは分からないが、おそらく間違いないだろう。


「だからといって船の明かりを消すわけにはいかない」


 俺は銃の引き金を引く。

 強烈な銃声が響き、1体の徘徊者が消えた。


「これから2時間、最後の戦いといこうじゃないか」

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