042 俺達の決意

 水野の墓を作ることにした。

 彼の死体を拠点まで運び、土地の一つに埋める。

 土地の外だと獣や徘徊者に掘り起こされかねない。


 死体を担いで移動するのは本当に辛かった。

 それが仲間の死体であれば尚のこと。


「これでいいな」


 水野の死体を棺桶に入れる。

 そこには大量の花も一緒に入れておく。


「ありがとう、そして、ごめんな……」


 棺桶を土に埋め、その上に墓石を設置した。

 設置前の加工によって、墓石には水野の名が刻んである。


『水野泳吉之墓』


 その文字を見ているだけで悲しくなった。

 涙がこみ上げてくる。


「完成だ……」


 埋葬作業が終了した。


「こんな時でも動けるって、私達、なんだか非情だよね」


 歩美がポツリと呟く。


「こんな時だからこそ、だよ」


 由衣が返す。


「水野君は私達の為に頑張ってくれた。だから、私達は立ち止まって泣いているだけじゃ駄目なの。どれだけ悲しくても、精一杯、生きないと、駄目だから……」


 由衣が涙で言葉を詰まらせる。

 それを皮切りに、俺達は再び泣きじゃくった。


 ◇


 水野の遺品はウェットスーツとスマホだけだ。

 他の物は何も残っていなかった。


 ウェットスーツは乾かせて水野の部屋に飾る。

 彼のスマホは俺が持つことにした。


「もうすぐご飯できるから、ちょっと待ってね」


 キッチンで、千草が朝食兼昼食を作っている。

 俺達はダイニングに集まっていた。


 誰もが暗い表情でスマホをポチポチしている。

 スマホで何かをしている、というわけではない。

 手持ち無沙汰だから触っているだけだろう。


 俺は水野のスマホを操作していた。

 水野のことだから何か残している可能性がある。

 そんな気がしてならなかった。


「やっぱり〈ガラパゴ〉は無理か」


 水野が死んでも、彼の〈ガラパゴ〉は起動できないままだ。

 アイコンをタップしても反応しない。


(他人のスマホを覗くのはいい気がしねぇな)


 そう思いつつも、俺は手を止めない。


 まずはメールを開いた。

 メルマガが数千件もたまっている。

 日に数十件というペースで送られてきていた。

 ――が、それらは島に転移する直前で止まっていた。


 次にラインを開く。

 しかし、開いた次の瞬間には閉じた。

 リストに表示されているのが俺とグループしかなかったから。


 彼の参加しているグループは3つ。

 同学年、全学年、そして俺達の専用グループだ。

 どのグループからも新しい情報が得られないのは明白だった。


(やはり何もないのかな)


 画像と動画の一覧を表示する。

 そこでもこれといってめぼしい情報は得られなかった。

 俺達と一緒に撮影した写真や動画だけ別のフォルダに分けられている。

 フォルダ名は「仲間」になっていた。


「ご飯が出来たよ」


 千草が暗い声で言う。

 皆がゆっくりと立ち上がり、キッチンに向かう。

 俺もそうするべく、水野のスマホを閉じようとした。


 しかしその時、誤って〈メモ〉アプリを開いてしまう。

 スマホに初期搭載されているが、使っている人間を見たことがない。

 ところが、水野はこのアプリを使っていた。


「おい、皆こっちに来てくれ」


 水野のスマホをテーブルに置き、全員を呼ぶ。


「音声メモが残っているぞ」


 メモアプリには、文字だけでなく音声の記録を残せる。

 俺との通話が切れたあと、水野はメモに何かを残していた。


「遺言に違いない」


「でも、どうしてメモに?」と由衣。


「たぶん咄嗟のことだったのだろう。それか、ラインが繋がらなかったか。なんだっていい。今は内容が肝心だ」


 メモにはタイトルが書かれていない。

 だから、どういった内容なのか想像がつかない。


「押すぞ?」


 確認する。

 全員がコクリと頷く。

 俺はゆっくりと再生ボタンを押した。


『先輩! 聞こ……聞こえ……っすか』


 水野の声だ。

 しばしば声が途切れているのは、波のせいだろう。

 立ち泳ぎしながら喋っていることが容易に想像できる。


『この島……距離……先輩!』


『聞こえる……島……ぱい!』


 何を言っているか分からない。

 だが、聞き続けていてピンときた。


「これ、同じことを繰り返し言ってない?」


 由衣も気付いたようだ。


 水野は何度も同じ言葉を繰り返している。

 おそらくセリフ自体はそれほど長くない。

 何度も繰り返すことで伝えようとしている。


「たぶん始まりは『先輩』だ」


 俺は紙とペンをテーブルに置き、彼の言葉を書き込む。

 音声の再生が終わると、再び最初から流す。

 この作業は難航することなく、数十分で終了した。


「これで完成だな」


 出来上がった文章を確認する。


『先輩、聞こえてるっすか。この島、ある程度まで離れると、絶対に天気が荒れるっす。たぶん島が脱出を拒んでるっす』


「島が脱出を拒むって、どゆこと?」


 波留が首を傾げる。


「そのままの意味だろう。島から離れると天気が荒れて押し戻されるわけだ。脱出を拒むかのように」


「そんなことってありえるの?」と歩美。


「常識的に考えるとありえないが、この島では非常識なことばかりだから」


「じゃあ、水野君は強引に突破しようとしてああなったの?」


 千草が話しながらテーブルに皿を並べていく。

 それを見て、他の女子達がキッチンに向かう。


「そういうことだろう」


 引き返してくればいいのに、と思った。

 命を張る場所を間違っている。

 勇敢と無謀をはき違えている。

 水野にそう説教をしたかった。

 けれど、その水野はもういない。


「無茶しやがって……」


 俺は水野のスマホに目を落とす。

 俺と通話を行う前にも音声記録を残していた。


 タイトルは――絶対に聴いてほしい魔法の言葉。

 変なタイトルは音声を再生させたくする為のものだろう。

 逆に聴いて良いのか悩んだが、そちらも再生してみた。


『自分の名前は水野泳吉。全生徒が失踪していることで有名な私立めいどう高校の生徒です。自分をはじめ、鳴動高校の生徒は経度約139度、緯度約27度にある未知の島で生活しています。島ではどういうわけか外部との連絡ができません。自分は救助を要請する為、そこから約330km東の小笠原諸島を目指して航行中です。もしもこの音声メモに気付いたのであれば、お願いですから、鳴動高校の皆を救ってください』


 水野の口調は穏やかで、淡々としている。

 死を覚悟していることが窺えた。


「あいつ……どこまでお人好しなんだよ」


 大きく息を吐く。


「大地、私達はこれからどうしたらいいのさ?」と波留。


「俺達は――」


 水野がやろうとしたこと。

 そして、成し遂げられなかったこと。

 それは……。


「――全員でここを脱出し、救助を要請する」


 生きて帰る。残されたこの5人で。

 水野が命を張って得た情報や、彼の死を無駄にはしない。

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