040 逆らう者は追放に処す
晴れの日もあれば雨の日もある。
当然のことではあるけれど、それでも雨は衝撃的だった。
「おいおい、雨じゃん! やばくねぇ?」
ぼんやり外を眺めていると、波留が近づいてきた。
彼女は俺の横に立ち、水平にした右手を眉の上に当てて外を眺める。
「拠点を持っていない連中にとっては最悪だろうな」
幸いなことに、俺達は全員が洞窟内にいた。
だからこの雨の影響は特にない。
だが、樹上生活を余儀なくされていた他の数百人は違う。
そういった者達にとっては絶望の雨と言えるだろう。
「私ら以外だと、何人くらいが拠点で過ごしているの?」
「多くても50人くらいじゃないか」
これでもだいぶ甘く見積もった数だ。
谷のグループにいなかった者の大半が拠点を所持している、という前提。
なので、実際の数はもっと低いと思われる。
「今って370人くらい生きてるんでしょ?」
「うむ」
「それで拠点にありつける数が50人程度ってことは……」
「約300人が雨ざらしの中で過ごすわけだ」
「そんなの最悪じゃん」
「最悪も最悪さ。雨に打たれて過ごすだけでも最悪なのに、樹上生活で疲労しまくっているから尚更に最悪だ。で、雨が止んだら止んだで、今度は風邪やら肺炎やらといった健康面の問題が付きまとう」
「つまり最悪の3乗かよ!」
「最悪の3乗かは分からないが、そのくらい最悪だってことは確かだ」
俺はスマホを取り出し、〈ガラパゴ〉を開く。
それから、2つの商品を購入した。
「大地、なんだこれ!?」
「見ての通り看板さ」
俺が購入したのは立て看板だ。
屋外での使用を想定した物で、透明の保護シートが付属している。
それと、この看板に文字を書くためのマジック。
「ちょっと持っていてくれ」
保護シートを外して波留に渡す。
剥き出しになったホワイトボードの面に文字を書き込んだ。
『誰も入れない! 他を当たれ!』
ボード全体を使って大きく書いた。
「大地、誰か来ても助けてやらないの?」
「そういうことだ。冷たい人間でわるいな」
「そんなことない」
波留が真剣な表情で首を振った。
「私らのことを考えてのことっしょ? 立派だと思うよ」
「そうか?」
「私なんて押しに弱いからさ、すぐに流されるっていうか、自分がちょっと我慢すればいっか、みたいに考えちゃうもん。それに考えるのが苦手って言い訳して、テキトーな行動ばかりしちゃうし」
真顔で話す波留。
その姿はとても意外で、俺は固まった。
「大地や由衣って、ちゃんと自分で考えて行動してるじゃん。そういうの凄いと思う。いつもありがとね」
「あ、ああ。どういたしまして。それにしても急だな」
「急?」
「波留がそんな真面目に話すなんて思わなかったよ」
「ちょっ! なんてこと言うのさ!」
波留の顔が赤くなっていく。
「なんか恥ずかしくなってきたし! もう部屋に籠もるから! あと、さっきの話は内緒だかんな! 誰かに言ったら怒るかんな!」
波留は俺に保護シートを押し付けると、自室の方向へ走っていった。
「やれやれ」
俺は苦笑いを浮かべ、保護シートをボードに付ける。
これで雨に濡れてボードの文字が消えることはない。
「助けてくれー!」
作業が済んだので部屋に戻ろうとした時、早速、来訪者が現れた。
3人組の男子だ。
連中は全力で此処へ向かうが、数十メートル先で止まった。
見えない壁に阻まれたのだ。
彼らはその先にある更地へ足を踏み入れることが出来ない。
「なんだよこれ!」
「まさかここまで全部土地なのか!?」
「だったら俺達を土地に入れてくれ! 頼む!」
見えない壁を叩きながら訴えてくる。
俺は真顔で首を横に振り、看板を指した。
「誰も入れない……? ふざけるな! 同じ人間だろ!」
「ふっ、なんとでも言えばいいさ」
そう呟くと、俺は洞窟の奥に向かう。
外から男子の怒声が聞こえるけれど、振り返ることはなかった。
◇
全学年対象のグループラインは阿鼻叫喚の様相を呈していた。
拠点に入れてくださいなんでもしますから、と懇願する者。
拠点があるのに入れない奴は人間のクズ、と喚き散らす者。
そんな声が溢れている。
ただ、絶望の中に希望もあった。
連携して拠点を確保しよう、と呼びかけていたあのグループだ。
重村グループと呼ばれるあの連中が、拠点の獲得に成功していた。
しかも場所は谷から大して遠くない。
多くの人間にとっては短時間で行ける距離にある。
「当然の流れではあるが、ここからどうなるかが見物だな」
自室でグループラインを眺めながら呟く。
重村グループのリーダーを務める2年の重村が呼びかけている。
拠点がなくて困っている者はウチに来ればいい、と。
その代わり、拠点の拡張費用は各自で負担するように、と。
この発言によって、グループラインにある程度の沈静化が見られた。
多くの者が重村を崇め、ついでに俺をボロクソに批難している。
よく見ると、俺を批難しているのは男子が多かった。
嫉妬だろう。断言できる。嫉妬に違いない。
男は俺だけ、仲間の女子は学校屈指の美少女達。
野郎からすれば嫉妬するに決まっている。
逆の立場なら俺も嫉妬していた。
「それにしても……」
俺は気になっていた。
重村のグループは、当初、別の男がリーダーだった。
誰だったかは覚えていないけれど、3年生だったのは間違いない。
リーダーが交代しているのはどうしてだろう?
重村に尋ねてみた。
すると、別の奴等が中傷の言葉を返してくる。
うんざりしながら待っていると、重村が発言した。
『ボスとの戦いで死んだので俺が引き継いだ』
そうだろうな、と思える回答だ。
ただ、納得することはできなかった。
3年は他にもいるだろう。
それなのに2年がリーダーを務めるのは異常だ。
普通に考えると3年の誰かが次のリーダーになるはず。
誰かしらが文句を言っても不思議ではない。
「ということは……」
重村は拠点の管理者権限をかざしてリーダーに就任した。
――と考えるのが妥当だ。
でなければ、烏合の衆を従わせるのは難しい。
「案外やっていけるかもな」
俺は重村の手腕に期待して、グループラインを閉じた。
◇
翌日。
日が明けても、雨は止んでいなかった。
ただ、勢いは弱まりつつある。
この様子ならじきに止むだろう。
朝食前。
千草が調理している中、俺達4人はダイニングで話していた。
全員がスマホを眺めて顔を歪める。
「うげぇ」
「すごい数字……」
波留と歩美の顔が青い。
「2日目以来かな」と由衣。
「その時よりも多いぞ。過去最高だ」
俺達が見ているのは生存者の数。
その数は――312人にまで減少していた。
昨日だけで63人が死んだことになる。
「これが雨の力かよ!」
波留が舌打ちする。
「全てが雨のせいとは限らないさ。ボスとの戦闘でも死者が出ている。それに、雨がなくても数十人は死んでいただろう。昨日だって35人も死んでいるのだから」
「そう考えると、63人ってむしろ少ないほうなのかな?」
由衣の疑問に対し、俺は「そう思う」と頷いた。
「グループラインを見ている感じだと、重村グループが外を彷徨っていた連中の大半を収容したみたいだ」
「逆らう者は追放に処す、だっけ?」
「だな」
重村は既に拠点内でルール作りを始めていた。
先ほどは上納金システムを編み出したくらいだ。
自分は働かず、拠点のメンバーに働かせる。
そうして稼いだお金を、販売を使って自分に流す。
ノルマがあって、未達の者は追放するらしい。
「拠点の管理者権限を最大限に活かしているぜ、大した男だ」
「でも、私は嫌だな、ああいうの。独裁者って感じ」
由衣の言葉に波留と歩美も同意する。
俺は重村を評価しているが、女子達は嫌悪感を抱いていた。
「ま、これで治安も改善された。重村総帥に感謝だな」
俺は話を打ち切り、〈ご近所さん〉を開いた。
水野の反応がないかを知る為に。
無意味だと分かっていても、頻繁に確認してしまう。
もしかしたら水野が戻ってきているかもしれない、と。
「おい!」
アプリを見た俺は声を上げた。
反射的に立ち上がってしまう。
「どうしたの?」
「マップに水野の反応があるぞ!」
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