014 大地は男だから分からないだろうけどさ

「えーっと、その、だから、分かるっしょ?」


 波留が察しろよと言いたげな顔で見てくる。


「いや、分からないのだが?」


「なんでだよ! 足りない物があるっしょ!?」


「ふむ……」


「どうして分からないんだよ大地ィ!」


 波留が手をぶんぶん振りながら喚く。

 俺達のやり取りを見て、千草と歩美が笑った。


「波留も恥ずかしがりすぎだけど、大地君も鈍いなぁ」


「大地なら真っ先に設置しようって言いそうなのにね」


「千草と歩美の言う通りだよ! 分かれよ大地ィ!」


「そうは言われてもなぁ……」


 考えても閃かない。

 波留が何を言いたいのか。


 そんな俺に業を煮やしたのだろう。

 由衣が口を開いた。


「生理用品、替えの下着、あとトイレにお風呂だよ」


 彼女は波留と違ってすまし顔だ。


「そ、そうだよ! それらが欲しいんだよぅ!」


 どうやら波留も同意見のようだ。

 千草と歩美も頷いている。


「たしかに風呂とトイレは欲しいな」


 彼女らの意見はもっともだ。

 特にトイレは速やかに作るべきだろう。


「それらを作るのにかかる費用は……」


 俺は〈ガラパゴ〉を操作して価格を調べようとする。


「40万あれば全部できるよ」


 由衣が言った。

 どうやら彼女は事前に調べていたようだ。


「40万? 思ったより高いな」


 風呂とトイレはそれなりに高い。

 物にもよるが、安物でもそれぞれ5万はするだろう。

 それでも2つで10万程度。


「トイレとお風呂は中価格帯のにしたいの。贅沢なのは分かっているけど、一番安いのはちょっとね」


 気持ちは分かる。

 最安値の物は形式が古すぎるのだ。


 例えばトイレの場合、最安値は落下式便所だ。

 しかも汲み取り式――俗に「ポットン便所」と呼ばれる物である。


 調べたところ、このポットン便所で5万ptだ。

 ところが、これに3万ほど上乗せするだけで現代の洋式になる。

 その程度の価格差なら俺だって洋式にしたい。


「とはいえ、40万もしないだろ? 全員分のトイレを設置するつもりか?」


「ううん、トイレは2個でいいと思う。お風呂は1個だね。これで約23万」


「それらを設置するのにフロアの拡張などをしていくと、諸々で40万ほどかかるってわけか」


「そういうこと」


「40万か……」


 俺達の所持金は合計で約70万。

 正確には68万5218ptだ。


 ここから40万を消費するというのは痛い。

 たぶん実際には35万かそこらで済むだろうけれど、それでも痛い。

 多めに見積もって差し引くと、30万すら残らない計算になる。


「相当な出費になるが、まぁ仕方ないか」


 俺はトイレと風呂の設置を決めた。


「ただし、トイレは1個にしよう」


「ええええええええええええ!」


 波留が両手を頬に当てて叫ぶ。

 有名な画家が描いた絵を彷彿させる。


「トイレ1個は絶対に混むって! 大地は男だから分からないだろうけどさ!」


「必要ならいずれ……早ければ1週間以内に増設するさ。今回は様子見だ」


「様子見ぃ?」


「明日以降も今日みたいに稼げるか分からないからな。もしも今日がただの確変で、明日以降は全然稼げなかったらどうする? トイレを2個にして失敗したと後悔するかもしれない。だからまずは1個で様子見だ」


「なるほどなぁ。やっぱ大地はよく考えてるなー!」


「これでもリーダーだからな」


 他の女子も俺の案に反対しなかった。


「そうと決まれば今すぐ拠点の拡張を始めよう」


 俺はスマホを片手に立ち上がった。


 ◇


 拠点の拡張は順調に進んだ。


「トイレはこっち側に作ろうぜぇ!」


 洞窟の入口から見て右側の壁を指す波留。


「オーケー」


 俺は波留の指した方向に身体を向ける。


「ならここで分岐点を作るか」


 スマホをポチッと。

 真っ直ぐの一本道だった洞窟に、カーブが誕生した。


「廊下代わりに1フロア挟んで、その先にトイレを設置する感じでいいか?」


 振り返って尋ねる。

 全員が頷いたので、作業を進めた。


 今しがた拡張した拠点に奥行きを追加する。

 俺の拡張したフロアに、千草が照明を設置。

 空調の設置は歩美が行った。


「あとはここにトイレと扉だな。俺がやるよ」


 俺は購入タブに切り替え、設置する商品を探す。

 まずはトイレを買い物カゴに入れて、次は扉――と、その時。


「なー、思ったんだけどさぁ」


 波留が何やら言い出した。


「ここにトイレを設置したら臭いがこもらない?」


「今さらかよ!」


 突っ込んだ後、「やれやれ」とため息をつく。


「たぶん大丈夫だろう。空調を設置すれば。それでも厳しいなら消臭剤をおけばいい。家のトイレだってそこまで臭いがこもらないだろ」


「そっかぁ!」


「それに、心配するなら臭いじゃないだろ」


「どいうこと?」


「俺なら排泄物の行方を気にするね。どう考えても下水道なんて存在しない。だったら流したやつはどこにいくんだ? 海か? 川か?」


「やめろー! 私は川で釣りをするんだぞ! 想像しちゃったよ! 川に大地のウンコが流れてくるとこ!」


 波留は口を大きく開けて「オェー」と嘔吐えずくふり。

 それから「あ、でも」と馬鹿な話を続ける。


「釣ったらお金になるかな? 大地のウンコでも釣れたものには変わりないし」


「試してみるか? 俺が川でクソをして、それを波留が釣るんだ」


「えっ? マジ?」


「冗談に決まってんだろ」


 俺達は声を上げて笑う。


「ま、細かいことは気にしたら負けってことで――」


 話が落ち着いたところでトイレを設置し、その手前に扉を付ける。


 扉にかかった費用は2万pt。

 本体が1万に加えて、設置費が1万。


 設置費は必要経費だ。

 払うことで扉が自動で付く上に、扉の左右にある空間も自動で埋まる。


「――これで完成だ」


「「「「うおおおおお!」」」」


 こうして、俺達の拠点にトイレが備わった。

 便の臭いがこもるかどうかは、じきに分かるだろう。


「後はお風呂だね。浴室の前に脱衣所を設けたいけどいいかな?」


「もちろん。細かいことは由衣に任せるよ」


「りょーかい」


 数分後、浴室及び脱衣所の設置も完了した。

 替えの下着も含めて、かかった費用の総額は約26万pt。

 トイレを1個にしたことで12万ほど安くついた。

 それでも、俺達の所持金は68万から42万に大幅ダウン。


「おーい、大地!」


 ぼんやりしていると波留に呼ばれた。

 それによって気付く。皆が俺を見ていた。


「どうした?」


「風呂に入る順番を決めようぜ! リーダーだからって無条件で一番風呂にありつけると思うなよ! 最初はグーだかんな!?」


 波留はじゃんけんで順番を決めるつもりのようだ。


「ローテーションでいいだろう。毎日じゃんけんで決めるなんて面倒なだけだ」


「ちぇ、大地はノリが悪いなぁ。じゃあ今日は私が1番だからね!」


「他の人がかまわないならそれでいいぞ」


 由衣達は口々に「大丈夫」と頷いた。


「記念すべき一番風呂は私がいただきだぁ!」


 波留は上機嫌で脱衣所に飛び込んでいく。


「残りの順番はどうする?」と由衣。


「任せるよ。俺は最後でかまわない」


「なら勝手に決めておくね」


「おう、助かる」


 後のことは由衣に任せて、俺は洞窟から出た。


「土地も買わないとなぁ」


 足下を眺める。

 土地の単位はブロックで、1ブロック当たり10メートル四方。

 価格は5万pt。場所によって変動するのかは分からない。


「今のところ変な動物はいないな」


 深夜になると現れるという猛獣の姿は確認できない。

 いったいどんな化け物なのか見てみたいものだ。


「夜風も浴びたし洞窟の中に――ん?」


 スマホから音が鳴った。

 ラインの個別チャットで話しかけられたのだ。

 相手は幼馴染みのどうじまもえだった。

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