009 拠点を拡張してみた

「普通、拠点の奥行きが倍になったら目を疑うだろ。皆して『うおおおおお!』ってなんだよ」


 俺は笑いながら突っ込んだ。


「いやぁ、もう感覚が麻痺しちゃっててさぁ!」


 波留が後頭部を掻きながら舌を出す。


「まぁ気持ちは分かる」


 この世界はあまりにも非現実的なことが多い。

 冷静になると「ありえない!」と言いたくなることばかりだ。


「ユーザーから買った物は転売できないんだねー」


 話題を変えたのは由衣だ。

 彼女は俺から買った石コロを売ろうとしていた。

 常に仕様の把握を意識しているあたり、俺達の中で最も優秀そう。


「それよりさ! 拠点の拡張とかしてお金は大丈夫なの?」


 そう言って、波留は壁にもたれかかった。


「面積を拡張するだけなら問題ないよ。一律で5000ptだからね」


「安いじゃん!」


「ただ、空調を付けたりするのは別料金ぽい」


「空調!? 洞窟にエアコンを付けることができるの!?」


「他にも照明や飲料水が出る蛇口とかも設置できるってよ」


「すげぇぇぇぇ! さっそくやろうよ!」


「あぁ、そうだな」


 俺はなけなしの金を使って更なる拡張を行う。

 空調と照明は各2500pt、飲料水の蛇口は2000ptで設置できた。


「うお! どこからともなく光が!」


 波留の感想はまさに的を射ていた。

 照明や空調器具が付いているか、視覚的には分からないのだ。

 天井に細長い切れ込みのような穴があって、そこに備わっている様子。


 蛇口の設置場所は自分で決められるようだ。

 俺は適当な壁にスマホを向けて、設置ボタンをタップ。

 入口から見て右側の壁に蛇口が備わった。


「もう喉カラカラ!」


 そう言って波留は蛇口のハンドルを回した。

 ジョボジョボと綺麗な水が出る。

 彼女はその水を手に溜め、迷わず口に運んだ。


「うんめぇ!」


 心の底から美味そうな声を出しやがる。

 そんな波留を見て、他の女子もぞろぞろと続いた。

 俺も含めて全員が水分を欲していたのだ。


「操作パネルを設置するかは任意のようだが、ここに付けておくぞ。俺以外の人でも調整できるほうがなにかと便利だろうしな」


 蛇口とは反対側の壁に空調と照明の操作パネルを設置。


「お金を貯めたらガンガン広くして、全員の部屋を作ろうよ! この洞窟があったら外に家を建てる必要とかないじゃん! 家すんごい高いし!」


「そうしたいが、それはかなり先のことになりそうだなぁ」


「なんでさー! 広くするのは一律5000なんしょ?」


「そうだけど、広くする度に空調と照明を通す必要がある」


「えー」


 俺は更に面積を拡張した。

 新たに出来た奥のフロアには、照明が備わっていない。

 もちろん空調も。


「こんな感じさ」


「1度の拡張に必要な費用は実質的に1万ptってことね」と由衣。


「そういうこと。空調や照明を必要としないなら5000ptで拡張できるけど、快適な空間にしたいなら追加で5000ptが必要だ。個室が欲しいって気持ちは分かるけど、それはお金に余裕ができてからのほうがいいだろうな」


「仕方ないなぁ、我慢してやるかぁ」


 波留は残念そうに唇を尖らせると、再び水を飲んだ。


 ◇


「安定して稼ぐ方法を考えないとな」


 洞窟の入口付近に作った焚き火を囲みながら、俺達は晩ご飯にありつく。


 調理器具や食器の購入を避ける為、晩ご飯も串焼きとなった。

 ただし、今回は鮎ではなく牛肉を焼いている。

 商品説明に「A5ランク」と書いていただけあり、見るからに高そうな肉だ。

 そんな極上の霜降り肉の串焼きは1本当たり約300pt。鮎と大差ない。


「野菜も食べないとね」


 そう言って、千草はタマネギの串焼きを俺によこした。

 昼の時からそうだったが、調理は彼女が引き受けるようだ。

 誰が言ったわけでもないけれど、自然とそういう流れになっていた。


「今のところ分かってるお金の稼ぎ方って、クエストと狩猟だっけ?」


 由衣が話を振る。


「あとは釣りと物の販売だな」と俺。


「果物を採取してもお金になるって、ラインで言ってたよ」


 と歩美が肉に齧り付く。

 口の端からこぼれた肉汁が首筋に流れる。

 焚き火の炎も相まってか、とんでもなく艶めかしかった。


「でも、果物の採取はあんまり稼げないみたいだね。1個につき数百ptしか入らないって」


 千草が補足した。


「まぁ、果物はそこら中に生えているからな。狩猟や釣りと違って獲物は逃げないし。安定して採れるから、何人かで取り組めばその日の食費くらいは稼げるだろう。単価が安くてもね」


 俺はタマネギを食べ終えると、串を千草の前に置いた。

 これは「おかわり」ではなく、「もうお腹いっぱい」を意味している。


「今は1ptでも多くのお金が欲しい状況だから、明日は稼げるだけ稼がないとな。俺は周辺の地形を把握しがてら狩猟をするとして、波留は釣りだよな?」


「もちろん!」


「なら果物の採取は私と千草でやろうか」と由衣。


 千草は頷いて同意する。


「私はどうしようかな」


 歩美が首筋を触りながら言う。

 先ほどこぼれた肉汁が気になって仕方ないようだ。


「歩美は販売担当でいいんじゃない?」


 由衣が言った。


「波留に作ってあげた釣り竿もそうだし、動物を狩るのに使えそうな武器とか作って売ったらお金になると思う。ラインでも武器が欲しいって言ってる人がたくさんいるし」


「それは良い考えだが、歩美はそういう物も作れるのか?」


「大丈夫だと思う」


 歩美は力強く頷いた。


「もし売れなかったら完全な足手まといになっちゃうけど、それでも良かったら販売担当にしてもらえると嬉しいかも」


「別にかまわないよ。売れなかったら俺達で使えばいいだけのことだ。でも、いいのか? 手に傷がついたら事務所に人に怒られるんじゃ?」


 俺はその点を懸念していた。

 彼女はモデルの事務所に所属している現役のモデルだ。

 手を綺麗な状態で維持することは、事務所からの厳命だった。


「バレたら怒られるだろうけど、バレっこないしね。それに、私は昔から物を作るのが好きなの。パズルとか、プラモデルとか、色々と作ってきたから。こんな機会は二度とないかもしれないし、むしろ積極的に何かを作らせてほしい」


「そういうことなら」


 これで明日の役割分担が決まった。


「それじゃ、今日は寝る?」


 由衣の視線が洞窟に向かう。

 空調のあるフロアには、5人分の布団が並んでいた。

 布団の中で最も安い煎餅布団だ。ベッドを買うまでの繋ぎ。


「そうだねー! あたしゃもうクタクタだよ!」


 波留が立ち上がった。

 他の女子が続こうとする中、俺は待ったをかけた。


「なんだよぉー、もう寝る気でいたのに!」


 波留が渋々といった様子で座る。


「実は皆に謝らないといけないことがあるんだ」


 俺は真剣な顔で言った。

 それによって、全員の表情が引き締まる。


「どうしたの?」


 千草が覗き込むように見てくる。


「実は……」


 言葉が詰まる。

 この温かい雰囲気をぶち壊すのに躊躇する。


(やっぱり何も言わないほうがいいんじゃないか)


 心の中の悪魔がそう囁く。


(ここで黙ったままだと、ますます罪悪感が強くなるぞ!)


 心の中の天使が悪魔を退ける。

 俺は全力で頭を下げながら続きを言った。


「俺、本当はサバイバルのことなんてまるで詳しくないんだ」

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