第23話

 その日、パーティー用のドレスが仕上がった。3姉妹はそれに袖を通して出来上がりを確認する。問題があれば、デザイナーがその場で手直しをすることになっていた。


「皆様お美しいですよ」


 ドレスをデザインした獣人が満面の笑みを浮かべた。少し離れた椅子で、マリーとメグもこの世の春とばかりに頬を崩している。その足元で黒猫も目を細めていた。実際、新しいドレスをまとった3姉妹はそれぞれに個性があって美麗だった。


「まあまあね。こことそこを直してもらえるかしら。バラの飾りをつけたら華やかになると思うのよ」


 世那とスバルはデザイナーの仕事に満足していたが、アリスは違った。数か所、不具合を指摘した。


 デザイナーの頰がわずかにひきつった。が、言い訳や不満を口にせず、糸をほどくと魔法の針を操作して縫い直した。


「誰が一番きれいかしら?」


 アリスが縫い直したドレスを身にまとい、誰にというでもなく声にした。


「それはセナお姉さまよ」


 スバルが応じると、アリスは彼女を睨んだ。


「ドレスが虹色だからよ。私のはブラッドローズで染めたものでしょ。とてもシンプルだし……」


「アリス様もとてもお美しいですよ。情熱のバラの花のようです」


 デザイナーが姉妹の緊張関係に水を差した。


「そうよ、アリス。次はあなたの番ね。その時はどんな素敵なアリスが見られるかと思うと、ママは心が弾むわ」


「そうかしら……」


 メグの言葉に、アリスが少しだけ機嫌を直した。


 試着を終えた後、世那はアリスの部屋を訪ねた。


「少しいいかしら、相談があるのだけれど」


 彼女は世那に、それから黒猫に目線を投げた。


「その前に、朝からずっと一緒のようだけど、その猫はなんなの? どこで拾ってきたの? 臭いわ」


 ――クシュン、……ボールが抗議のくしゃみをした。


「ボールというのよ。黒水晶商店街からずっとついてきたの。賢いから粗相はしないわよ。安心して」


「フーン……」冷たい視線が注がれる。「……それで、私に何かしら?」


「アリスさん、カーズさんが好きなのよね?」


「何よ、突然! あなたに、そんなことを言われたくないわ」


 彼女の瞳に炎が宿り、覇気はきが空気を震わせた。


 荒れ狂う風がブワっと襲い、世那の髪が乱れる。世那は腕で目の前を守り、黒猫は絨毯に爪を立てアリスの覇気が治まるのを待った。


「最後まで聞いて……」


 世那が気持ちの内を話し進めるとアリスは驚き、そして徐々に表情はなごんでいった。


 世那が説明を終えると、アリスが恥ずかしそうにうつむいた。


「良かったわ。お姉さまのドレスが素敵なもので」

 

 ――フン――


 黒猫が意味ありげに鼻を鳴らした。




「本当にやるのかい?」


 世那の部屋に戻るとボールが訊いた。


「もちろんよ。やると決めたらやります」


「おいてきた奴は、そんなにいい男だったのか?」


「子犬です。オメメがクルクルした」


「犬はだめだ。第一、子犬相手では犯罪だ。青少年育成条例に反する」


 黒猫が冷笑した。


「レンは大人です。ちょっと便りないだけで。……どんな男性を好きになろうと私の勝手じゃないですか」


「それはそうだが……」


 黒猫は一回転すると青年の形を作った。


「……こんなに近くに良い男がいるのに、わざわざ異界に飛ぶなんてなぁ……」


 彼の手が肩に乗る。


「てぃ!」


 世那は彼の右足のすねを蹴った。


 ――ミャオン――


 彼が右足を抱えて跳ねた。


「痛いじゃないかぁ」


「あなたはペットなんです。猫の姿に戻ってください。それが嫌なら出ていってください」


「ちょっとぐらい、いいじゃないかぁ」


 そう言いながらも世那の威圧的な目力に敗けて、ボールは黒猫の姿に戻った。


「ちょっとでもダメです。約束は守ってください」


「んなこと言って、本当に飛べるのか。時空移動は難しいんだろう?」


「空間移動は何とかなると思います。ウイルの部屋から出ることには成功したから。……問題は時間移動なのです。しっかりイメージしないと、とんでもないことになりそうです」


 世那はレンが入院している大学病院のに戻るつもりだった。魔界に来てから108日、その間に安国の部屋の物が処分されていたら誘拐された理由を調べられない。それに、レンに新しい恋人ができてしまったら……。考えただけで胸が焼けるようだ。


 不安を抱えて〝霊界へ飛ぶ魔法〟を開いて読み始めた。

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