第16話

 世那の求めに応じ、カーズが獣人の説明をした。


「獣人は、普段は人間の姿をしていて、獣の姿になることもできる。獣人と人間のミックスは、獣化できない。一方、獣人と獣のミックスは、人間化できない」


「レンは……?」


「獣人の血を引いているが、おそらく獣人は数代前の先祖だろう。彼は、そのことを知らないに違いない」


「それじゃ、ほとんど人間なのね?」


「それはどうかな。彼には私が経験したことのない特異なものを感じた。……まだ、あいつが好きなのか?」


 彼の声は苦渋に満ちていた。


 彼が特異なものを感じたのは、嫉妬ではないかしら?……思ったものの、言葉にはしなかった。


「まあいい、俺様の気持ちは変わらない」


「さっきの獣人は……」レンのことから話題をそらすことにした。「……顔がフクロウで身体が人間だったけど、どうして?」


「彼は獣人と魔人のミックスだ。相手が人間の場合とは異なる」


 なんてことだろう。彼は平然と言うけれど、半獣半人のウイグが哀れではないか。それとも、あれが彼の個性だと認めてあげるべきなのか? 彼はそれを受け入れているのかしら?


「そうなのね……」


 整理できない感情に、言葉を失った。


「あら、お姉さま、カーズも、……ごきげんよう」


 背後からアリスがやって来た。いや、隠れているのをやめて姿を見せた。彼女は世那を冷たい瞳で一瞥すると、カーズに熱い視線をからませた。


「やあ、アリス。具合が悪いと言っていたが、調子はどうだ?」


「カーズに会えたから気が晴れました……」


 彼女が見るからに艶のある笑みを浮かべ、彼を斜め下から見上げた。


 まあ、露骨なアピール!……世那はげんなりした。


「……少し一緒に散歩をしても良いかしら?」


「あ、ああ、かまわない」


 彼が一考もせずに受け入れ、世那が拒絶するチャンスをつぶした。


 3人は水晶宮を取り巻く森の一角をぶらぶら歩いた。淡いオレンジ色の空の下、モクレンのような花、ハナモモのような花、タンポポやスミレのような小さな花々、……草木は人間の世界と同じように見えた。


 魔界なのだから、食虫植物のような人食い植物ぐらいあってもいいのに、と世那は思った。


「カーズは、いつからここに住むの?」


 いつの間にかアリスが彼の腕を取っていた。彼も拒んではいなかった。


 フィアンセの目の前で、どんなつもりだろう? ここは私の住む場所ではない。だからといって、どこに行けるというの? だれに頼ればいいの?……世那は孤独にさいなまれた。


 彼の視線が世那にまとわりつく。


「彼女次第だ」


 責任が世那の背中に乗った。


「私は……」決断できなかった。自分の気持ちがよくわからない。


 フン!……アリスの鼻息が聞こえたような気がした。


「カーズさんは、過去や未来にも行けるのですか?」


 話題を変えるために訊いた。


 当然でしょ!……アリスの瞳がそう言っていた。


「もちろん」


 彼が応じた。


「それなら、未来を見てきてもらえますか。そこで私がカーズさんと幸せに過ごしているのかどうか、見てきてほしいです」


「それは無理だ」


 彼が即答した。


「どうしてですか?」


「過去へは行けるが、そこで何かを変えることはできない。しかし、未来は変えられる。今を変えれば、未来が変わるからだ。未来で戦争が起きていたら、今に戻って平和活動をすればいい。そうして未来に平和が訪れたら、妄想癖だのペテン師だのと言われるかもしれないが、それは行動の結果と受け入れることだ……」


 彼はいつものように回りくどい話し方をした。


「……もし、俺様が未来に行って、競馬のレース結果を見て戻ったとしよう。そして、その馬券を買う」


「勝ち馬券よね?」と、アリス。


「もちろん。……しかし、未来を見ることができるのは俺様だけではない。他の馬主が見て戻り、出走予定を変えたり、あるいは優勝馬に毒をもったりするかもしれない。俺様の見てきた未来が、その後に誰かの手によって変えられる可能性は常に存在する。だから、未来に行って知った事実を信じてはいけないのだ」


「そうよね。未来は変えられる」


 感慨深く同感したのはアリスだった。


 彼女は、何かを変えようとしているのに違いない。……世那は彼女の瞳の中にその意思を感じた。

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