page15 : 優しい身代わり

「ラクさん、彼らは全てあなたが?」

「あぁそうだ。アイツらは、エスが逆らえないことを良いことに散々傷つけた。言葉で、暴力で、恐怖で……。オレが出てこなければ、ヤられていた」

「…………」


 とても10代半ばの少女から出てくる単語では無い。

 だが、この惨状を目の当たりにしては、否定するのも難しい。生き残りはたったの二人だけだった。


「では、残りの彼らはこちらで預からせていただきます。もう二度と、このような事態が起きないように、取引に関わる全ての情報を吐かせて――」

「断る」


 ラクと名乗る人格はその瞳に怒りを滾らせて額に手を当てる。伸びきった前髪を押さえて、その紅い矛先を学園長に向ける。


「そいつらを皆殺しにしない限り、オレの怒りは収まらない。何より、エスを傷つけたそいつらを生かしちゃおけない」

「また同じ悲劇を繰り返すことになりますよ」

「オレが知ったこっちゃねぇ。今、この時、オレのこの感情は、今のオレだけのもんだ。一人残らず殺すまで終わらねぇ。邪魔するなら……お前も殺す」


 怒りに囚われ正常な判断ができていない。

 それとも、……彼女にとってはそれが正常な判断なのか。


「お前ら大人はいつだってそうだ。都合の悪いことは見て見ぬふりをし、簡単に子どもを裏切る。欲に塗れ、欲を押し付け、立場の弱い者を下に見る。こいつは、エスは、一体どれだけ辛い思いをして来たと思ってやがる」


 彼 彼女ラクの想い、原動力。

――エスを守りたいと思う強い力。


 恐怖に傷つけられた記憶が、精神が、これ以上傷つかない方法を生み出した。


「皆殺しだ。それ以外に守れる方法は無い」


 現実から逃げる術。

 優しいからこそ、人を傷つけたくないと願うからこそ、抑えていた正反対の心が爆発する。


 それがラクという人格の正体。


「仕方ありません。道を踏み外さぬよう指導するのも、教師の仕事……ですか」


 まるで、誰かのような事を言う。

 きっと、こうするから。


「――目覚めよ我が奴隷ネクロマンス

「これ以上、我が校の生徒に人殺しをさせる訳にはいきません」


 死んだ傭兵や貴族が蘇る。

 新たな死体が這い出でてくる。


 その数は裕に50を超える。

――死霊術


 彼女が秘める、本来の能力だ。

 死体を操り、意のままに操る闇魔法。


「お、おいあんたっ!気をつけろ、アイツ……人だけじゃ」

「知っていますよ。生徒のことですから」


 背後で泣いていた傭兵が、警告とばかりに学園長に声をかける。


 直後、上空から枯れた木の枝が彼を穿うがたんと降り注ぐ。


「――棘の槍ローズペルシステ


 対抗した学園長の槍が、枯れた木を破壊する。


「彼女の魔法は、死霊術との融合。扱える対象は動物の死体に限られない」


 灰色で脆い枝も、少女の魔力で強力な一撃となる。


 学園長の迅速な対応が無ければ今頃体に穴が空いていた。ただし、たった一度の攻撃を防いだところで、攻防の向きに変化は無い。


 幾度となく降り注ぐ枯れ木の槍と、連携した近接戦闘を仕掛けてくる大量の死体アンデット


 厄介なのは、やはり人間だけではない不規則な連携。


 特に、兎や蝙蝠コウモリと言った小さく素早い動きの動物は、死角に入り込みやすい。一撃でも喰らえば腐食の影響を受けかねない状況では最も危険な相手だ。


「近付くには……少し手荒になりそうですね」


 迫る敵を拳に乗せた光の魔力で殴り飛ばし浄化し、遠方から飛来する植物を自然の力で撃ち落とす。


 そんな芸当をしながら次の行動を思案する技量の高さ。

 その学園長でさえ、攻めるにはやや手数が足りない。


「――大薔薇の聖花ヘブンリーブルーム


 そこで、彼はことにした。


 地面に左手を添えて、眩い魔力を注ぐ。

 すると、その魔力に応えるかのように周囲の大地から光が溢れ、無数に輝く茨が形を成す。


 背後の生き残りは、顔を上げ呆気にとられている。

 僅か数秒で、学園長の横には彼の数倍もの大きさになる大薔薇が咲き誇っていた。


 一輪の巨大な花と、中央の美しさを守るように纏う頑丈で巨大な葉。見えない茎や根から伸びる茨の触手が、学園長に迫る脅威を叩き落としている。


――設置型オブジェクト魔法。

 今の大薔薇のように、魔力で対象を形作り術者の意思によって自動で動くオブジェクトを生み出す魔法をそう呼ぶ。


 多大な魔力を消費する代わりに、それは魔力が尽きるか術者が意図的に消滅させない限り、半永久的に動き続ける。


「はっ、はは……そ、そんなの、アリかよ」

「アリなんです。魔法と言うのはそういった力です」


 その大薔薇は、少女の敗北を意味した。

 規模と、美しさに圧倒され、無意識に笑いが込み上げてくる。大薔薇に意識を奪われていた一瞬の隙に、学園長は彼女の背後に潜り込んだ。


「……いいぜ、今回のところはオレの負けだ。の後のことは、任せたからな」

「えぇ、この国で最も安全な場所へ送り届ける事を約束します」


 その言葉は、少女をの元へ連れて行く約束だ。

「――眠りの歌デイララバイ


 頭の後ろで輝いた光が、彼女を深い夢の底にいざなう。


「そう……か。そりゃ、安心…………だ」


 強い眠気に襲われた少女は、彼の腕に倒れ込み意識を落とす。魔力の繋がりが切れた死体たちは、動きを止めて大地に還る。


 彼の仕事は一旦終了した。



「後処理をお願いします」

「はい。お任せ下さい!得られた情報につきましては」

「後ほど彼から聞くことにします。まぁ、断っても話してくるでしょうから」

「承知しました。本日は急な呼び出しに対応していただきありがとうございました


 深々とお辞儀をする、白い鎧に身を包んだ騎士。

 その様子を目に学園長は小さな笑みを作る。


「私はただの学園長です。国の騎士とあろう人が私に頭を下げる必要はありませんよ」


 静かに、ただ真っ直ぐに立場を否定した。

 その表情はどこか、遠くの過去を見ているようで。しかし彼の言葉に後悔はない。


「いえ、学園長だとしても、あのスペリディア魔法学園の長の手を借りたのですから、私の頭でしたらいくらでも下げてみせます」

「はは、君のそういうところは、昔から変わっていないですね。ですが、だからこそ安心して任せられます」

「はい。お任せ下さい。ところで、そちらの少女は……」


 顔を上げて真面目な視線を交わした騎士の一人は、学園長の腕で眠る1人の少女に意識を向けた。


 ラクエス、この惨状を生み出した張本人である。


「この子は私の学園の生徒です。今回の件に巻き込まれてしまったようで、このまま引き取っても構いませんか」

「もちろんです。他の方は、私共が責任をもって元の生活に返してみせます」

「頼りになります。では、後はお願いしますね」


 穏やかな物腰で後処理を託し、学園長は眠った少女を連れて学園への帰路に着いた。


 とはいえここから数時間の道のり。

 それでも速いとはいえ、少女を抱えての道のりは、少しばかり苦労しそうである。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「なるほど、それでこんな時間にここを訪ねてきたと」

「この時間の学園でこの子を預けられる場所は、ここくらいしか思いつきませんでした」

「自分の学園だろう?そんなもの、いくらでも……はぁ、分かった。だが、目が覚めるまではここにいろ。でないと、私が不審者だと思われてしまう」


 グレイと学園長が会話をしているすぐ隣で、ベットに横になりすやすやと寝息を立てる1人の少女――ラクエス。


 彼女の今後について、話し合っておく必要があった。


「この学園で貴方のことを知らない生徒は少ないと思いますが、グレイ先生」

「彼女は1年生だろう」

「そうでしたね」


 わざとらしいやり取り。

 グレイの睨みつけも学園長には通じない。


「しかし、彼女はどうやって巻き込まれたんだ?学園内では万が一も有り得ない。外出したとして、こうも彼女が狙われる理由は?」


 ラクエスは元奴隷。

 そんな彼女が、これだけ生徒のいる学園で二度も狙われる理由。


「……ヤツらのに載っているのか」

「その可能性が非常に高いです。一人で学園を離れるのは制限しておいた方が良さそうです」


 リスト。それは、奴隷などを扱う闇商人や貴族の間でということ。


 名前や姿、魔法特性や性格など、一度出回ってしまえばあらゆる相手から狙われることを意味する。


「それも、死霊術こんな魔法を持っているんだ。さぞ価値が高いんだろう。性根の腐った大人ほど、希少性に価値を見出す。……くだらない」


 グレイはため息を吐いて椅子から立ち上がる。


「それで、どうするつもりだ」

「……どう、ですか」

「その子は間違いなく、今後も狙われ続ける。闇組織ってのはそういうもんだ。であれば、私か学園長ジジイ、他の教師でもいい。誰かのそばに置くのが最善案だ」

「では、グレイ先生。よろしくお願いします」

「断る」


 あまりに急展開な会話。

 一息の余裕すら入れさせて貰えない。


「ですが、彼女は貴方のクラスの生徒です」

「それを言うなら、ここはお前の学園だ」

「私の傍はから」

「……ちっ、はなからそのつもりだったな」

「お分かり頂けて何よりです」


 言い合いになっては、グレイには分が悪い。

 彼の超人的なまでの先読みの思考能力には、さすがのグレイと言えど敵わない。


 つまり、彼がグレイの元へ連れてきた時点で、グレイは既に詰んでいた。こうなる未来が確定していたのだ。


「だが、私は本人の意思を尊重する。彼女が否定するならば、私は喜んで引き離すぞ」

「その時は、別案を考えますよ」


 最大限の抵抗として放った言葉。

 しかし彼の平然とした返答には、その未来がやって来ないことが確定してしまった。

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