page07 : それぞれのやり方

「グレイ先生、説明していただけますか」

「何度も説明しているだろう。私は」

、なんて、そんな話を信じられると思いますか!!」


 ここはスペリディア魔法学園のとある一室。


 こじんまりとした質素な部屋には、長テーブルが1つと椅子が2つ(端に予備の椅子あり)。壁際の棚には謎の書類がびっしりと詰まっている。


 "反省文"と書かれたそれらは、この部屋がいかような目的で使用されているかを暗示している。


――生徒指導室。

 生徒たちからは"学園の監獄"と呼ばれ、主に問題を起こした生徒や成績の悪い生徒に向けた注意や警告、諸連絡、その他指導を行う部屋である。


「学園を無断で抜け出した挙句、業務を放ったらかしにして帰宅。更に、外部の情報では森の近くで子どもと遊んでいた所を目撃したと言う話もあります」

「まさにそれが、生徒を探してた証拠に――」

「どこの世に一人黙って森へ近づく生徒がいると言うのですか!!」

「いや、だからここに」

「言い訳は受け付けていません!!」


 現在、この部屋には2人のみ。


 1人は先程から鋭い目を釣りあげて怒っている、生徒指導のナタリー先生。1年Aクラスの担任であり生徒指導も行う彼女は、規則を遵守し一切の甘えを許さない厳格な性格である。


 生徒も教師も関係なく怒る時は怒る。他人にも自分にも厳しくちょっとしたミスも許さない。


 そんな彼女は、生徒から"鬼の看守"と恐れられている。当然、本人を前にしてそんな風に呼べた者は生きては帰れないだろう。あくまで生徒間でのみ呼ばれるあだ名だ。


「そもそもですね。グレイ先生。あなたは普段からもう少し真面目に生きるべきです。遅刻や早退は当たり前、授業も年間スケジュール通りに行わない。テスト内容は勝手に書き換える。些か自由が過ぎます。ここは沢山の人が集まる学園。ルールや規則は守っていただかなくては」


 もう1人は、そんなナタリー先生と対極に位置するグレイ先生。怒られているというのに、相変わらず眠そうな表情。


 学園の生徒1000人に、『この学園でもっとも相性の悪い教師ペアランキング』を取れば堂々の1位になること間違いなし。


 なんなら、生徒よりも怒られている回数が多い。


「聞いてますかグレイ先生!」

「あぁ、聞こえてはいる」


 本日、何故グレイが彼女に呼び出されているのかと言うと、昨日のジェイル少年の一件である。


 アールベスタ大森林からジェイルを連れて学園に帰還したグレイは、その後の業務も報告も全てを無視し、研究室に引きこもったのだ。


 正確には、魔力回復と身体の疲労を癒すための睡眠であるが、そんな事情は周知されていない。

 まして、祭壇についてや悪魔との戦闘があったなどと触れ回る訳にも行かず、こっそり学園長に報告しようと思案していたところ、先にナタリーに捕まってしまったのだ。


 グレイは多少の弁明を試みたが、ヒートアップしたナタリーには通用せず。


 昨日のうちに報告しなかったことや、仕事が雑にことについては弁明の余地なくグレイに非がある。

 日頃の行いがいかに重要であるかが伺える結末だ。


 故にグレイは、弁明を諦めナタリーの長い説教を甘んじて受け入れているのであった。


「反省文と始末書はきちんと書いて提出していただきますからね。全く……学園長と何やら知り合いのようですが、あの方は何故、このような雑な者を学園の教師にしてしまったのでしょうか」

「それについては同感だが、始末書に関しては勘弁願おう」

「またあなたは、そんな意見が通るとでも」


 書きなれた反省文ならともかく、今後の学園生活に支障が出そうな始末書は避けなくてはならない。

 諦めて聞き流していたグレイが、さすがに口を挟む。


「通す通さないの前に、少しは話を聞いて欲しいものだ。もっとも、この場合話をするのは私ではなくだが」


 おもむろに椅子から立ち上がったグレイは、狭い部屋にひとつしかない扉を唐突に開け放つ。


「お、おはよう……ございます。グレイ先生」

「やあジェイル少年。昨日ぶりだが元気そうでなにより。しかし、盗み聞きとは感心しないな」

「えっと、あ、あはは…………」


 そこに居たのはスカラーを連れたジェイル。

 扉の横の壁に耳を当て、中の様子に聞き耳立てていたようだ。


 当然だが、グレイは初めから気がついていた。

 特に不都合がないため放っておいただけ。


「……その生徒は?」

「私が担当するクラスの優秀な生徒だよ。そうだ、昨日の健康診断をまだ受けていないようだが、のか?」


 と、そう意味深に問うグレイ。

 口裏を合わせろと、昨日の事実を知る者の間にだけ伝わる言い方をしたのだ。


 そこには、目の前の教師は昨日の事情を知らぬという、ジェイルにとって必要な情報が含まれている。


「えっ、その……実は…………ま、迷子になってしまって」

「迷子?」


 ジェイルの口から咄嗟に出た言い訳のような証言に、ナタリーが訝しげな表情を見せる。


「は、はい!僕の契約精霊のスカラーが居なくなってしまって……、探していたら見知らぬところに。グレイ先生が探しに来て下さらなかったら、帰れなくなるところでした。だ、だよね、スカラー」


 ジェイルの問いかけに、彼の脇にいたスカラーが激しく飛び回る。それが同意なのか否定なのか、残念ながら契約者以外には読み取れない。


 読み取れないからこそ、ジェイルの問いかけに反応したという事実のみが、グレイにとって都合のいい解釈と交わり届く。


「…………確かに、そこの少年の健康診断記録はありませんね。グレイ先生、今の話は本当ですか」

「彼が嘘をつく必要は無いだろう?少年がそう証言したのだから、紛れもない真実だ」


 嘘八百、誤魔化し、イカサマ。

 全てを利用して相手を上手く騙し、都合のいい展開に持ち込む。現実書き換えはグレイの十八番である。


「……であれば、もう少し早く言ってください」

「私の話を聞かなかったのはそちら側だろう」

「そう……ですね。私のミスのようです。すみませんでした。しかし、日頃の行いについては、もう少し責任をもった行動を心がけてください」

「あぁ、今後は気をつけるとしよう。では、私はこれで失礼するよ」


 ナタリー先生との勝負は、グレイの勝利というかたちで幕を閉じた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 指導室を退出したグレイは、最高の助っ人ジェイルと共に学園の広い廊下を歩いていた。

 目的は学園長室である。


「グレイ先生、さっきのは……」

「非常に助かった少年。あのままでは、小数時間看守と二人きりで息が詰まるところだった」


 グレイの返答には、反省した様子が一切ない。

 自分の教え子を利用したにも関わらず、その堂々とした姿はいっそ清々しい。


「僕、何となく、グレイ先生のことが分かってきました。学園の皆が良い先生だと言うのも納得です」

「ほう、それはまた面白い解答だ。ここまでの私の行動で、"良い教師"だと感じた部分があったのか」

「そういう所です。……それにしても、僕があそこにいるとよく分かりましたね」

「どうせ、あの学園長ジジイの差し金だろう?大方、怒られているから様子を見てきてくれとでも言われたか」


 今度のグレイの返答には、呆れていたジェイルも驚かざるを得なかった。まさに、グレイの言った通りなのである。


「す、凄いです!」

「既にジジイに呼び出された時刻は過ぎている。真面目な君が時間に遅れるとは思えない。学園長本人が出向くはずが無い。となれば、君があの時間にあそこに来た理由など簡単に想像できる」


 多分に含まれる学園長への過度な偏見がジェイルをヒヤリとさせる。あの学園長にこのような口を聞けるのは、学園でもグレイだけだ。

 何度も念を押すようだが、スペリディア魔法学園の学園長という立場は、相当の実力を持っていなければ座ることの出来ない椅子。

 世間の印象だけで言えば、国王と並ぶほど高位の者なのだ。


「けど、やっぱり嘘はダメですよ。スカラーも怒ってます」


 一部の精霊は契約者の心と通じ合える。

 だが、スカラーの場合、怒っているのは別の理由だろう。


「あぁ、すまなかったな。大切な友に嘘を吐かせてしまった。次から気をつけよう」


 純粋で優しい友への、心配から来る怒り。

 グレイは誠意を持ってスカラーに謝罪をした。彼らの関係を、グレイ自身も大切に思っているのだ。


「ジジイは何か言っていたか?」

「えっと……、無事でよかった、と。あとはグレイ先生が来てから話す……と言ってました」

「それは面倒だな。さっさと終わらせよう」


 学園長室の前に到着した二人は、緊張をすることも無く手馴れた手つきでその偉大な部屋へと突入した。



「おはようございますグレイ先生。昨日はありがとうございました」

「囚われていた人達はどうなった?」

「現在は医療施設で治療中です。魔力枯渇が深刻なため、しばらく動くのは難しいですが……、命に別状はありません。グレイ先生の迅速な対応のおかげです」


 昨日、森を出たグレイは捕まった者を学園まで連れて来ると、ジェイルに学園長へ丸投げするようにこっそり指示を出していた。


 彼女の問いは、その後の状況について確認のために尋ねたものであった。


「それと、学園から少し離れた村の人から、行方不明だった少女を助けていただいたと報告を受けています。安全な魔法までかけて貰って、とても感謝していました。少女曰く、とても綺麗なお姉さんとかっこいい男の子が助けてくれたとか」


 意味ありげに微笑む学園長に向けて、とても綺麗なお姉さんはより強い瞳で睨みつける。


 ジェイルは平然としているが、微かに頬が赤い。どうやらかっこいいと言われ嬉しかったようだ。


「だが、あの森の祭壇は」

「安心してください。事情は既にジェイル君から聞いています。彼以外の人は、既に記憶にいます。あの森の噂が広まることは無いでしょう」

「記憶への干渉は禁忌に触れる可能性があるが」

「その禁忌に触れさせないための使用です。頭の硬い世の理も、今回ばかりは許してくれることでしょう」


 グレイと学園長の間で、随分と危うい会話が飛び交う。

 魔王を倒した賢者と、国王レベルの学園長が平然と話していい内容ではない。


 もはやジェイルにはついていけなかった。どこまでが冗談で、どこが真実なのか。深く考えてはいけない内容だと悟ったのだ。賢く純粋な少年は苦労人だ。


「んで?私たちを呼び出して、話はそれだけじゃないんだろ」

「察しが良くて助かります。まずはジェイル君。君には明後日、改めて健康診断を受けていただきます。詳細な時間と場所については、後で連絡が来ると思います」


 学園の健康診断は、この学園で生活するための必須事項である。不正や違法は絶対に通用しない。


「わ、わかりました」

「朝早くに呼び出してすみませんでした。ジェイル君は退出して構いません」

「は、はい!失礼します」


 学園長の許可を得て、ジェイルは緊張したままその部屋を後にした。今度は聞き耳を立てずに立ち去って行く。


「さて、改めて昨日の件はありがとうございました。主犯の男は発見出来ませんでしたが、誘拐犯の一味は捕らえて牢屋に入っています。明日にでも王国の騎士たちが対処してくれるでしょう」

「抜かりがないな。そこまで徹底しているならば、誘拐の方もそっちで対処できただろう」

「いいえ。どれだけ対処しようと、には勝てません。あなたに任せて正解でした」

「…………謀ったな」

「はて、なんのことでしょう」


 "厄災"、というのが悪魔の隠語である。

 ちなみに、神は普通に神と呼ぶ者が多い。


「ちっ、さっさと本題に入れ」

「はい。話と言うのは、例のZクラスについてです。先程のジェイル君の様子を見る限り生徒との接触は順調のように見えますが、他の生徒はどうですか?」

「癖のあるやつばかりで大変だ。何もせず傍観しているお偉いさんに代わって欲しいな」


 学園長は、彼らをグレイに任せた張本人。

 丸投げしたように見えても、実は割と気にかけている。当然、グレイもその事は理解している。理解した上で、このような嫌味を言うのである。


「そうですね。では、残りの1年生の情報を伝えておきます。名前はニコラ・クラーク。獣人族の集落が出身ですが、彼自身は人間と獣人のハーフのようです。入学書類には魔法勉学のためと書いてありますが、実際は人間とのハーフを嫌った集落の大人による追放に近いですね」

「また厄介な事情の生徒だ。本人は納得して入学したのか?」

「どうでしょう?入学試験では、そこそこの実力を発揮していましたし、特段嫌がっている様子は見受けられませんでした。ただ、魔法よりも身体を動かす方が得意のようです」

「獣人の特徴である身体能力の高さ……か。だが、それ故に獣人は身体強化魔法を得意とする者が多い。魔法を学ぶことも無意味では無いだろう」


 学園長の話から、グレイはニコラの分析を行う。

 同じハーフとして思うところもあるが、一番は担当する生徒のためである。嫌がる相手に無理やり魔法を教えるのは、グレイのやり方では無い。


「それと、これがZクラスに任された理由ですが、どうやらどの先生にも生徒にも、ほとんど心を開かないとか。少し聞けた話も、集落に残してきた親友が気がかりだとかで」


 ニコラという生徒の心情は不明。

 だが、追加で提示された情報は、グレイにとって大切なモノと結びつける。


「親友……、か。……まぁいい。後は直接会って話を聞く」

「そう言うと思っていました。では、後はお任せします」


 見事に学園長の手のひらの上。

 しかし、今回の件に関して、グレイは思ったより否定的ではなかった。

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