第12話 初めてのお出かけの話①

「おはよー、葵ちゃん」

「おはよ」


 ずっと悩んでいたこともいざ解決しちゃうと案外なんてことない。そう大人がどれだけ言ってたって悩んでいるときには解決する未来が見えなくて信じられないけど、解決した後だと本当になんてことなかったりするから不思議なもので。


 学校に通い始めて数日、別にフラッシュバックが起きて辛くなったりすることもなく、いわゆるの生活に戻り始めていた。まだ朝はつらいけど、それでもなんとか遅刻しないように起きて電車に揺られて、駅に着いて。

 そして駅前では、今日も大切な友達が私を待ってくれてる。


「そういえばさ、今度また葵ちゃん家に遊びに行ってもいーい?」

「えー、別のところにしない? だって私の家何もないよ?」

「それもそっかー、そしたらどうする?」


 普段外に出ないのもあって、どこか遊びに行く場所のイメージが全くない。普段みんなどんなところに行ってるんだろ。


「……公園とか?」

「えー、それもいいけど……」


 肯定と不満が同時に現れる返事を聞いて、もう一度じっくり考えてみる。

 なんとなく明るいイメージの場所で、学生二人でも浮かなくて、あまり遠すぎず……


「そしたらカフェでスイーツとか?」

「いいね! でもそれだけでもあれだし、そのあとは散歩とかする? 楽しみだな~」


 とても気に入ったみたいで楽しそうな表情をしてる。こんな私と一緒にいることを喜んでくれる人がいて、そしてその人が隣で楽しそうにしてて。私って結構幸せ者なのかも。


 ◇


 土曜日、お昼をちょっと過ぎた頃。私がいつも学校に行くときに使っている最寄り駅で待ち合わせ。

 いつも来てもらってばかりだし、今度は私が橘さんを迎えに行った方がいいかなぁ。

 そんなことを考えてたら、橘さんが見えた。思わず胸が躍って、口角が上がる。


 ピンクの長めのスカートが印象的なワンピースに、薄茶色なちょっとヒールのある靴、そして白い靴下の口ゴムがある辺りにはフリルがついている。それに軽いメイクをして、ちょっといい香りもして。要するにちゃんとおしゃれしてきた格好。

 それに対して私は無地の長袖シャツに無地のズボン、そこに上から一枚羽織って。とってもフォーマルな格好、とてもじゃないけどつり合ってない。


「あ、いたいた!」

「気合入ってるね」

「えへへ~」


 そこを褒めてくれて嬉しい、って顔で子供みたいな笑顔が返ってくる。最近はより一層笑顔が増えた気がして、見てるこっちまで楽しい気持ちになってくる。


「逆に葵ちゃんはラフだね」

「あまり服とか持ってないし、おしゃれとかもわからないもん」

「そしたら服も見に行こっか、かわいくしてあげる!」

「あんまりそういうタイプじゃないと思うけど……」


 そんなことを話しながら電車に揺られてしばらく。こういうただ人の話に相槌を打ったりしてればいい時間は気楽だからちょっと好き。


 それにしても、やっぱりかなり気合入ってるなぁ。どっちかというと恋人とかとデートに行くような格好な気がする。ちょっとドキドキしてる。

 私は友達とお出かけって思ってたからこんなシンプルな格好だけど、橘さんは違うのかな。私のこと、特別な存在って見てくれてるのかな。見てくれてたらいいな。そんなこと思っちゃうのは迷惑かな。




 15分くらい電車に揺られて辿り着くのは常におしゃれの最先端を行く、で有名なそんな地域。おしゃれに疎い私、場違いじゃないかな。周りをきょろきょろしてもクラスのファッションリーダー、って感じなおしゃれな子とか観光に来ている外国人とか。私の場違い感が引き立つような相手しかいない。


 駅から歩いて、とりあえず最初の目的のスイーツに。そうして入ったのはスフレパンケーキが有名なカフェ。粉砂糖が雪みたいにかかっててとてもきれい。

 思い出に写真をパシャリと撮って一口。柔らかくておいしい。目の前ではおいしい~って頬に手を当てながら言っている橘さん。


「それにしても葵ちゃん、よくこんなお店知ってたね。あまりそういうの詳しくないタイプだと思ってた」

「一応調べてきたからね。それに、前にいろいろ流行りのスイーツとか話してたでしょ?」

「覚えててくれたんだ、うれしい」


 そういって微笑む彼女。でも、なんか今までの反応とちょっと違う気がした。

 なんとなく友達に向ける言い方というより、恋人とかに向ける言い方な気がして。

 今まで人の表情を見て言葉を選んできたからか、そんなことを感じた。考えすぎだったらいいけど。


 なんとなく橘さんとの距離が今までより近くなったような。正しい距離感がわからなくてちょっともやもやする。


「あ、そっちもおいしそうだね~、ひとくちちょーだい?」


 そう声が聞こえて見てみると、あーん待ちをしてるのが見える。別にソースが違うくらいで、大した違いはないのに。

 そうちょっと呆れはするけど、ナイフでソースのかかってるところを一口切って差し出す。

 私の出した手が短かったのか少し体を乗り出して、フォークに刺さったパンケーキを口に入れて。


「おいし~い! そうだ、私のも一口どうぞ」


 そういって私にも一口くれた。私はそれよりワンピースが汚れないか、橘さんの手元ばかり見て不安になってた。

 ブルーベリーのソースが甘酸っぱい。


 恋はベリーみたいに甘酸っぱいものだって誰かが言ったけれど、やっぱり今の私にはよくわからない。

 だけど向こうはそんな気持ちを抱いてたりするのかな、さっきのあーんにも一言じゃ表せないほど色々な気持ちを抱きながら、橘さんをただ見てることしかできなかった。

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